妹の願い
---------- ユキナ -----------
「ははは、遂にやったな! ユキナ!」
クエスさんの放った技の凄まじさに、未だ余韻が抜けず立ち尽くしていると、魔物を倒した兄さんが満面の笑みで走ってきました。
ちょっと怪我はしているみたいだけど、兄さんも無事で本当に良かった。
「お前は遂に光翼を発現させたのだ! しかもあれ程の力……兄として誇らしいぞ!」
「そ、そうかな? 結局私は槍じゃなくて盾を使っただけで、守る事しか出来なかったし」
「何を言うか! 多くの仲間を守ったのだからもっと誇るといい。英雄と呼ばれてもおかしくはないだろう」
「英雄は私じゃないよ」
隣を見れば、ボロボロになった大盾の姿にエルカさんが悲しそうに肩を落としていましたが、私の視線に気付いて何時もの表情に戻りながら振り返りました。
「何か用ですの? ちょっと私は修理の費用で頭がー……おほん! 私に何か?」
「エルカさんが私を守ってくれたから、私は皆さんを守れたんです。英雄ならエルカさんだと思います」
「確かにな。俺からすれば、妹を守ってくれた君は英雄だな」
「え、英雄なんて……正義の盾として当然の事をしたまでですわ! おっほっほ!」
今のエルカさん、照れ臭いのを誤魔化しているのかな?
一緒に戦った事で、少しだけ彼女の事がわかってきた気がする。
そんなエルカさんに感謝はしているけど、本当の英雄は……。
「ユキナよ」
不意に私に影が差したので振り返れば、ケティールに乗った母さんがいました。
まだ戦いは完全に終わったわけじゃないから厳しい表情でしたが、私が返事をするとふっと口元が緩んだのです。
「遂に光翼が発現出来たようだな?」
「う、うん……」
「良かったな。後で私の前でしっかりと見せてくれ」
「うん……はい!」
「それと、私との手合わせもな。ようやくお前の本気が見られるかと思うと……ああ、実に楽しみだ」
あれ?
母さんに褒められて凄く嬉しかったのに、冷や汗が止まらないんだけど。
「母上、もっとユキナを褒めてやってください。光翼だけでなく、その盾により多くの同胞の命を救ったのですから」
「盾で? ふむ……詳しく聞きたいところだが、私にはまだやるべき事があってな。大半の魔物はあの男が消えた事で逃げたようだが、まだ残って暴れているものもいる。だからお前は一旦町へ戻り、屋敷で休んでいなさい」
「母上、俺は残りますよ!」
「当然だ。その程度の怪我で帰るとか抜かしたら、私が叩きのめしてやるところだったぞ」
盾を使った事を怒っているわけじゃない……よね?
それより、エルドラ家として私も残るべきなのかと迷っていると、母さんは隣にいるエルカさんへと視線を向けた。
「君はパラディン家のエルカだったかな? 君も娘と一緒に町へ戻るといい」
「は、はい!」
「そうだ。先程の会話が聞こえたのだが、娘を守ってくれたそうだな? 当主として母親としても感謝している。そこの誇り高き立派な大盾は、我が家が責任を持って修繕をさせていただこう」
「こ、光栄ですわ!」
そういえば、エルカさんって母さんに憧れていたっけ?
見た事もないくらい緊張するエルカさんの姿に思わず笑みが零れる中、乗ってきたケティールを探していたクエスさんが戻ってきたのです。
「あー、やっと見つけたよ。結構遠くまで逃げていたんだな」
そうだ。クエスさんの事を母さん……に……。
「ユキナ!」
「ユキナさん!」
突然体から力が抜けて私は倒れそうになりますが、駆け寄って来たクエスさんが抱き留めてくれました。
「あ……れ? 体が……」
「緊張が解けて、疲労が一気にきたんだな」
「うむ! 光翼を発現したとはいえ、お前の消耗は相当だった筈だ。後は俺たちに任せて帰って休むといい」
「クエスよ、すまないが娘を屋敷まで頼む。それと、先程の話だけでなく君の力とあの技について、必ず聞かせてもらうからな?」
「だ、大丈夫です。別に逃げませんから」
あれ……母さんとクエスさん、何時の間にこんなに仲良くなったんだろう?
不思議に思っている間に、クエスさんは連れて来たケティールへと飛び乗っていました。
「ユキナ、手を」
「あ……はい」
そして私に手を伸ばしてきたので、私は自然とその手を取っていました。
どうしてだろう?
どうして……この人に声を掛けられると嬉しくて、頼まれると断れないんだろう?
槍を貸してほしいと言われたあの時もそう。
狙われているのは私であり、自分を犠牲にするんじゃないかと思って渡したくないと思っていたのに、あの人に任せろと言われると、私は無意識に槍を渡してしまっていた。
今だってそう。英雄の家系として、家族以外に甘えるなんて許されないのに、この人にはつい甘えたくなる。
クエスさん、貴方は……一体?
疑問は沢山浮かぶけれど、ケティールに揺られながらクエスさんの背中に体を預けている内に、私の意識はゆっくりと沈んでいくのでした。
※※※※※
「……ここは?」
気付いたら、私は不思議な場所に立っていました。
周りを見ても何もなく、ただ白の世界が広がる場所で、私以外誰も見当たりません。
「クエスさん? エルカさん?」
一緒にいた二人の名を呼んでも返事はなく、私の声が響くだけ。
でも不安は感じられず、歩き出そうとしたその時、何もなかったその場所に人影が見えたのです。
「誰……ですか?」
私に背中を向けて立っているのは女性で、その手には立派な槍があります。
年は私より少し上でしょうか? でも初めて見る人なのに、何で私はこの人を知っているんだろう?
『……行くよ』
その呟きが聞こえた後、女性は槍を振るい始めました。
突き、払い、回転……どの攻撃も見た事がない程に速く鋭く、更に槍の長所を生かした体の動きは美しさを感じる程です。
気付けば彼女の周りには敵と思われる無数の幻影が現れ、完全に囲まれている状態となっていました。
幻影の数は百以上にも及び、絶体絶命とも呼べる状態。
それでも危うさは全く感じられず、彼女の振るう変化自在の槍によって次々と幻影は倒されていく。
「どこかで見たような……あ!?」
見覚えがあるかと思えば、これはあの時クエスさんが振るっていた槍だ。
そしてあの人は、ある名前も呟いていた。
つまり彼女は……。
「レイア……様?」
私の言葉を肯定するかのように、レイア様の槍の速さは更に増していく。
その凄さと美しい槍捌きに、私は瞬きが惜しいと思う程に魅入られていた。
そうか……母さんが言っていた魂に刻まれるって、こういう事だったんだ。
そして百……二百をも超える幻影を倒し、最後の一体を槍で貫いたところで、レイア様は動きを止めて私へと振り返った。
『……ちゃんと見た?』
「は、はい! その……もう言葉ないというか、素晴らしい技でした」
『よろしい! もう見せられないから、よく覚えておいてね』
その元気一杯の笑みに、自然と私の緊張も解けていく。
でも何で槍を見せてくれたのか気になって聞いてみると、レイア様は自嘲するかのように目を細めていました。
『貴方は私の心残りを継いでくれた。だからお礼として、私の本気の槍を見せてあげたかったの』
「継いだって、レイア様の槍に比べたら私なんか……」
『そうじゃない。私はね……お兄を守れなかった。槍だけじゃなくて、盾の扱いも学んでいればって……あの時からずっと後悔していたの』
詳しくはわからなくても、彼女の槍を握る手を見ればその悔しさがよくわかった。
『そんな後悔を少しでも紛らわせたくて、私は本を書いた。私の勝手な理想だから名前は偽ったけど、まさか貴方が読んでくれた上に、盾まで学んでくれたなんて……さすがに予想出来なかったな』
無名の著者が書いた本……英雄の盾。
人気は出なかったけれど、町に少しだけ流通した作品で、私とエルカさんはこの本を読んで盾に憧れた。
何で家にあるのか気になったけど、レイア様が書いた本だったんだ。
本を書きたくなるくらい悔しかったなんて、一体どれだけ大切な人をー……。
「あの、お兄ってもしかして……クエスさんの事ですか?」
『そうだよ。元の名前は……忘れちゃったな。ずっとお兄って呼んでいたから』
「ええ!? で、でもクエスさんは……その、どういう関係なんですか?」
『それはお兄から聞いてね。もう時間がないから』
その言葉通り、急にレイア様の姿が薄くなり始め、私も何か引っ張られるような感覚と共に意識が薄くなり始めた。
『ねえ、一つだけ頼んでもいい? 盾を学んだ貴方なら、きっと出来ると思うから』
もっと話したいのに、声が……出ない。
せめて……レイア様の言葉……だけでも……。
『お兄を……お願いね』
---------- クエス -----------
ロディリア平原での戦闘から数日が経過した。
あれから俺はエルドラ家の居候となっており、中々の好待遇を受けながら屋敷での生活を堪能していた。
俺はあの安宿で十分だったが、先日の戦闘で大きく目立ってしまったので、混乱を避ける為にエルドラ家の世話になっているわけだ。
そしてアイラからの提案により、俺はエルドラ家の遠い親戚として世間に広められた。
何でも俺を雇いたいとか、囲おうと企む者が結構いたらしく、親戚なら守りやすいという事でそうなった。
安宿で日銭を稼ぎ、その日暮らしていたとは思えない成り上がりだが、残念ながら俺は心地良い生活とは程遠い日々を過ごしていたのである。
「う……うーむ……」
『あ、起きた? 今日は大丈夫そう?』
「何とか……な」
あの日、平原での戦闘を終えてエルドラ家へ戻ってすぐ、体中に凄まじい痛みが走り始めて俺は一歩も動けなくなったのだ。
おそらく、レイアの力や技を使った反動だろう。
筋肉痛とは程遠い、体内の色んなものが引き千切れたような感覚は、もう二度と味わいたくない程の痛みだった。
いずれ慣れるかもしれないが、使い過ぎると寿命を削るような気もするので、下手に使うのは避けた方がいいな。まあ、あの装置で蘇った俺が、後どれくらい生きられるのかは全くわからないところであるが。
そんな全身の痛みもユキナの奇跡により大分緩和されたのだが、奇跡では治せない何かがあるのか、結果的に俺はしばらくベッドから碌に動けなかったのである。
「ふぅ……まだ痛みはあるが、歩けるくらいは出来そうだ」
『良かったね。これであの子も喜ぶと思うよ』
「まあな。ちょっと過保護なくらい心配していたからな」
ユキナは暇さえあれば俺の下を訪れてくるので、ベッドから動けずともあまり退屈はしなかった。
ただ今朝だけは何時もの時間になっても彼女は現れず、先に執事のウルが部屋にやってきたのである。
「クエス様、おはようございます。調子は如何ですかな?」
「あ、おはようございます。そうですね、動く程度なら問題なさそうです」
ベッドから立ち上がり軽く柔軟をしてみせると、彼も満足そうに頷いていた。
用意してくれた朝食をいただきながらユキナについて聞いてみたところ、何でも朝からアイラと稽古をしているそうだ。
「ようやくアイラ様の手が空きましてな。早速という事で、エイジ様と共に訓練場で手合わせをしておられます」
俺の体調が悪かったのもあるが、アイラは騒動の事後処理で忙しかったので碌に屋敷におらず、まだレイアの事について説明出来ていなかったりする。
というわけで、リハビリがてらユキナたちの様子を見に訓練場へと向かってみれば、そこには予想通り……いや、予想以上に激しい槍の攻防が繰り広げられていた。
「はあああああぁぁぁ―――っ!」
「うりゃああああぁぁぁ―――っ!」
「ふむ……」
『うわぁ……凄いねぇ』
「ああ。天族で最強とは聞いていたが……」
まさかユキナとエイジを同時に相手しているとはな。
しかも二人は本気で槍を振るっているのに、アイラの方はまだ余裕があるかというか、その気になれば二人をあっさりと倒せそうな気がする。
だが鍛錬が目的なので、アイラは二人の限界を見極めた攻撃に留めており、ユキナが振るった槍を防ぎながら反撃を放つ。
「どうした? 隙がー……むっ!?」
しかしユキナは左手の小さな盾で反撃の槍を弾き飛ばしていた。
所謂パリィとも呼ばれる技だが、よく見ればユキナの盾がかなり小さくなっており、あのサイズなら槍を両手で振るいやすいと思う。
その考え通り、流れるように槍を両手で持ち直したユキナは即座に攻撃へと転じ、エイジもまた弾かれた隙を突くように責める。
「ほう……悪くない」
普通ならこれで決まったと思うが、アイラは軽々と受け流してから二人を大きく弾き飛ばした後、不意に槍を下ろした。
「……ユキナよ。何があった?」
「何がって、全力で戦っているだけだけど?」
「先日の戦いで、お前が大きく成長したのはわかる。だがそれ以上の何かを槍から感じたのだ。まるで達人の手本を見たかのような……とにかく、あの戦いの後に何かあったとしか思えん」
「それは俺も思ったな。是非とも教えてくれ!」
「えーと……あ!」
そこで俺がいる事にユキナは気付いたのだが、何やら困惑した表情でこちらを見ていた。
「信じてもらえないかもしれないけど……」
「構わん、話せ」
「夢の中でレイア様と会い、槍を見せていただきました」
「「「っ!?」」」
レイアが……見せた?
思わず胸に手を当てるが、答えてくれる筈もない。だが、お前ならやりそうだなと思わず苦笑が漏れてしまう。
そんな俺はまだしも、エイジとアイラからすれば信じられない話だろうが……。
「納得だ。確かにお前の槍から曾祖母様の槍を感じたぞ」
「くそ……我が妹ながら羨ましい! おい、クエスよ。体が万全になったら、あの時見せた槍を振るってくれ!」
家族だからではなく、槍から本能的に信じていた。武闘派しかわからない感覚は恐ろしいものである。
内心で呆れていると、訓練はこれで終わりだったのかユキナたちが俺の下へやってきた。
「おはよう、クエスさん。もう歩いて大丈夫なの?」
「ああ、何とか歩けるくらいにはね。屋敷に閉じこもっていたから、そろそろ町に出てみたいところだ」
「無理は禁物だよ。でもどうしても出たいなら、私も一緒に行くからね」
あの戦いの後、ユキナは俺への接し方を変えていた。
俺が年上という事で丁寧な部分はあるが、全体的にかなり砕けたというか、家族へ向けるような感じになっていた。俺としては一向に構わないどころか、また妹が出来たようで嬉しいくらいだ。
「無事に歩けるようで何よりだ! お前のような男が寝たきりでは、色々と勿体なくて仕方がなかったのでな! ははは!」
以前は息が漏れる勢いで背中を叩いていたが、さすがに今は軽く叩いていた。豪快そうに見えて、こういうところはしっかりと考えられる人なんだよな。
「もっと話したいところだが、俺はこれから出かけなくてはならなくてな。ユキナではないが、無理はするなよ」
「無理は基本的にしたくないですよ」
「ははは! お前はそういう奴だったな!」
高笑いと共に訓練場を出て行ったのを見届けたところで、槍の手入れを済ませたアイラが俺の前に立った。
「おはよう。そろそろ杖でも用意させようか迷っていたが、もう必要なさそうだな」
「さすがにそこまでじゃないですよ」
「冗談だ。それでだ、私もようやく時間が取れた、急で悪いが、君の秘密について聞かせてはくれぬか?」
「わかっています。でもその前に、せめて着替えとか場所を変えませんか?」
「そうだよ、母さん。私もちょっと汗が……」
「ふ、わかった。ではさっさと済ませるとしよう」
そう言いながらウルに場の準備を頼み、訓練場をさっさと出て行くアイラである。
気になって仕方がなかったのか、冷静でありながらもその態度が隠しきれないアイラの後姿を、俺たちは苦笑しながら追うのだった。
続きは、明日の17時投稿予定です。




