奥義
---------- アイラ -----------
「アイラ様! まだ後続が追い付いておりません!」
「わかっている。あの高台で一度待つ!」
準備を整え出発した我々は、平原を見渡せる丘でケティールの足を止めた。
平原の戦闘は報告以上の激しさとなっており、指南役の兵と多くの若人たちが魔物を相手に苦戦を強いられているようだ。
「これは……何という数か」
「周辺一帯の魔物が全て集まっているのか?」
「早く突撃の号令を!」
このような事態に皆も怒りに打ち震えている中、私は戦場である平原に視線を走らせる。
ユキナと守るべき生徒たちの位置や、魔物でありながら組織的な動き。ここから見える情報を全て頭に叩き込んでから、私は後方に並ぶ兵たちへ向き直る。
「皆の者、遂にこの時が来たのだ! 初戦となるこの戦いでは圧勝し、敵味方共に知らしめよ。我々は強いという事実をな!」
「「「おおおおおおぉぉぉ―――っ!!」」」
うむ、士気は十分だ。
急遽集められたのは五百程度であるが、非常時では仕方があるまい。
皆の雄叫びが響き渡り、少しでも下にいる者たちへ届けと思っていると、私と同じく戦場を睨んでいたウルが近くに並んだ。
「アイラ様。彼はもうここにいるのでしょうか?」
「間違いなくいるだろう。すでにユキナの下へいるやもしれぬ」
クエス……か。
あの者は我々を惹きつける不思議な魅力を持ち、娘や息子からの信頼を容易く得てしまった。
そして私もまた彼と話していると親しみを覚え、厳しく接していた筈がつい本音が漏れる程に気を許してしまう。
まるで家族のような……曾祖母様を思い出させる力強さと暖かさを彼から感じる。
実は曾祖母様の生まれ変わりだと言われても納得してしまいそうなくらいだ。
とにかく彼は実に興味深い。このような事態で後回しになってしまったが、彼が思い出した記憶とやらを必ず聞かせてもらわなければな。
その為にも娘や息子、そして多くの同胞を救い出す!
「揃ったようだな。皆の者、行くぞ!」
私の号令と共に部下の角笛が響き渡り、戦場全体に救援が来たと合図を送った後、私たちはケティールを走らせた。
丘から一気に飛び下り戦場へと次々と着地していく我々は、打ち合わせ通り部隊を複数に別けて突撃させていく。
「まずは攪乱からだ! 戦場を駆け回り、仲間に我々の到着を知らしめろ!」
「「「は!!」」」
魔物を操っている者がいるとは聞いたが、実際に戦場を確認してみたところ、至る所に人と思われる姿を捉えたのだ。
しかも多くの魔物に守られているように見えるので、あれを仕留めれば何らかの動きがある筈だろう。
「その連中を捕らえて、敵の情報を吐かせるべきだとの話もありましたが?」
「捨て置け。後で二人くらい捕えれば十分だ」
まあ、捕らえたところで徒労に終わりそうな気がするがな。
こういう戦術を使う相手は情報漏洩を恐れ、捕まったら自決させるものだ。
「行け行け行け! 我等の力を見せつけよ!」
「我が隊の突破力、見せてくれるわ!」
「アイラ様は、早くお嬢さんの下へ!」
後は部下たちに任せケティールを走らせるが、娘の下へ向かうには魔物の大群を突破せねばならなかった。
「どうかお下がりを。露払いは我々が」
「それは何の冗談だ、ウルよ?」
「従者として伝えておかねばならぬのですよ。では、ご存分に」
「うむ。最短距離で向かうぞ! 続け!」
このような状況であるが、血が滾って仕方ない。
その熱を解き放つかのように、私は槍を構えながら魔物の大群へと飛び込むのだった。
「はああああぁぁぁぁ―――っ!」
邪魔な魔物を蹴散らしながら戦場を駆ける我々は、道中で敵の戦術や罠に何度も嵌められそうになったが……。
「側面から魔物の集団が迫っています!」
「後方の部隊に任せろ! 逆に連中の横っ腹を食い破れ!」
「向こうから他の集団が! 挟撃狙いかと!」
「別動隊が対処する! こちらから少し出して、挟撃し返せ!」
各々の判断で互いを補い合う、我が精鋭部隊の対応能力により、その罠をほぼ無力化していた。
敵の戦術が悪いわけではない。弱点を突くという点においては、中々に見事であり寧ろ賞賛を送りたいところだが……。
「実戦経験が足りんな」
二重、三重と念密に組まれた策であるが、個々の能力に対する想定が少し甘いのだ。
設定通りの力を発揮する盤上遊戯ならば完璧だろうが、実戦では個々が能力通りの力を発揮するかどうかはわからんのだ。事情は知らぬが、敵の知恵者は実戦に出させてもらなかったのかもしれぬな。
こうして目立った被害もなく突き進み続けた我々は、ようやく娘と学園の生徒たちが見える地点までやってきた。
「いたぞ! 突撃陣形から広域殲滅に入れ!」
一点突破の陣形から、横に大きく展開して魔物を減らす陣形へと変更する。
安全な場所を少しでも広げ、生徒たちの逃げ道や受け入れる為である。その分進軍が遅れてしまうが、今後を考えれば必要な処置だ。
だがここまで来れば娘はもう目の前である。まず娘の姿を確認しようと、小高い岩の上に立ったその時……。
「何っ!? 光翼が……」
「力が抜けて……くっ!」
「奇跡もだ!?」
「落ち着け! 光翼と奇跡が使えずとも、この程度の魔物ならば武器だけで十分だ! 個々ではなく連携で当たれ!」
「「「は!」」」
咄嗟に喝を入れて混乱は収まったが、これは一体何だ? 光翼どころか奇跡すら使えぬ事態は初めてである。
こうなると、娘と生徒たちの方が危険だ。急ぎ陣形を変え、殲滅ではなく保護を優先にするべきかと娘たちへと視線を向ければ、そこにはクエスが一人で魔物と戦う姿があった。
何故一人でと首を傾げたくなるが、その疑問は彼の槍を見て全て吹き飛んだ。
「あれは……」
「な、何と!?」
隣にやってきたウルも、彼を見て驚愕しているようだ。
流麗にして変幻自在……私の魂に刻まれし曽御婆様の槍を彼が振るっているのである。
同時に数体を相手にしようと、見事に敵を捌きつつ的確に数を減らしていくその姿は、一族に語り継がれし英雄の槍捌きだった。
「彼は……一体?」
「わからぬ。だが……何っ!?」
だが、更にそれ以上の衝撃が我々の目に次々と映ったのだ。
光翼……そして彼の掲げた槍に光が集まったかと思えば……。
「あれは!? そうか、あれが……」
光翼を一つ失ったせいで使えなくなったという、かつて曾祖母様が使っていたという奥義。
故にその技は曾祖母様以外、誰も見た事がない。
だが……私にはわかる。
彼が見せたあれこそ、曽御婆様の……。
---------- クエス -----------
※※※※※
『ほらほら、こんな感じだよ。どう思う、お兄?』
『いや、何でお前は俺に見せようとするんだ? 槍なんて扱えないぞ俺は?』
『大丈夫、ちょっとコツを掴めばお兄にだって出来るって!』
『出来るか! 何だその手首の動きは? もう別の生物みたいだろ』
『いいから見るの! だってお兄の御蔭で私はこんなに上達したんだから、お兄には私の成長を見守る義務があるの!』
※※※※※
「そいつを殺して娘を捕らえろ!」
変な寄生体が頭に付いたオウガが二体迫ってくるが……。
「我々に忠誠を誓えばこのようなー……は?」
「……やはり、弱点だったか」
けしかけた二体のオウガは瞬く間に地面へと倒れ、俺はそいつ等を踏み越えながらジンドウへと一歩、また一歩と迫る。
「……何だ? 何を……した?」
唖然としているようだが、お前が見た通りただ槍で倒しただけである。
「やるではないか! ならば、もっと増やしてやろう!」
再び数体のオウガをけしかけてきたが、四方から放たれるその攻撃を槍で受け流し、逸らし、同士討ちをさせるだけでなく、隙を見ては敵の急所を貫いていく。
「馬鹿……な。何故……何故人族がここまで出来る!?」
「種族は関係ない。これは数多の鍛錬によって磨かれた、ただの技だよ」
レイアの槍は集団戦を最も得意としていた。かつて百以上の敵に囲まれたとしても、彼女は無傷でその全てを倒していたのである。
その技を完全ではないが模倣している俺に、この程度の数なぞ敵ではない。
「お前の我儘が、こんな所で役立つとはな」
もちろんレイアの槍には程遠いだろうが、何度も見せつけてくれた御蔭で俺もある程度は再現出来たよ。
「もっと囲め! 槍を奪え! その図体をもっと生かせ馬鹿者がぁ!」
そして後頭部に付いた寄生体によって魔物の能力は上がっているようだが、逆に言えばその寄生体が弱点でもあるのだ。
相手を支配する為に脳へ干渉するので、その時点で魔物は死んで脆い寄生体が剥き出しとなるのだからな。
例えそれが狙い辛い位置にあろうと、槍のしなりを利用し、矛先を曲げる事によって弱点を的確に貫く。
「くそ! お前も、お前も……ええい、全員行けぇ!」
寄生体が尽きたのか、普通のだけでなく己を守らせている魔物全部を俺へ向かわせてきた。
更に竜の腕もこちらへ向けているので、おそらく魔物ごとこちらを焼き尽くそうという魂胆だろうが、その瞬間を俺は待っていたのである。
そんな数で前を塞いでしまえば……。
「お前もこちらを見失うって事だ」
「っ!?」
複数のオウガによってこちらの姿が見えなくなった隙を突き、魔物をすり抜けながら俺は一気にジンドウへと肉薄していた。
目の前まで迫ったところでジンドウへと槍を振るうが、奴の判断が一歩早かったのか、炎を吐くのを止めた竜の口に槍が掴まれてしまったのである。
「は、はは……残念でしたね? これで動きはー……」
「ああ、そうするしかないもんな?」
「何をー……はっ!?」
ここで俺の意図に気付いたようだが、すでに遅い。
槍を片手で振るい、反対側の手から放った小さな容器が、すでにジンドウの目の前で浮かんでいる事に。
「性懲りもなく、今度は見逃ー……ぎゃあああぁぁ――っ!?」
ピンを抜いて二秒……手製の閃光弾がジンドウの目の前で破裂し、周辺一帯を白の世界に染めた。
煙幕だと勘違いし、こちらの動きを見失わないよう目を凝らしていた相手は閃光を直視してしまい、叫び声を上げながら両腕を滅茶苦茶に振り回して暴れ始める。
あまりの暴れっぷりに攻め辛くなったが、目的はすでに達成しているので、俺は距離を取ってユキナたちの下へ一旦戻っていた。他のオウガたちも閃光に巻き込んだので、下がるのは容易かった。
「う……クエスさん……ですか?」
「ちょ、ちょっと何ですの!? 目が……」
「すまん。少ししたら戻るから、下手に動かないようにな」
ユキナたちも巻き込んでしまったようだが、閃光が弱かったせいかダメージは少なそうだ。結果オーライではあるが、もっと改良しないとな。
こちらが反省をしている間に目の眩みから回復したジンドウは、体をふらつかせながら俺を睨みつける。
「ひ、人族が奇跡を!? いや、奇跡が使えないのに、何故光が!?」
「それより、もっと気になるものがあるんじゃないのか?」
「っ!? き、貴様ぁ!」
神器と呼んでいた道具が手元から消え、俺が持っている事にようやく気付いたらしい。
当然ながらジンドウは怒りを露わするが、気にせず俺は神器とやらを調べていた。
「スイッチは……ないな。カバーを外したら止まらないって事は、使い捨てか? 待てよ、これはもしかして……」
天力を吸収する道具ではなく、周囲の天力を集めて貯蓄する電池みたいな物じゃないのか?
よく見ればどこかに嵌めるような形にも見えるし、外装の素材もあの治療装置と似ている。
「なら、惜しむ必要はなさそうだな」
「や、止めー……」
もっと詳しく調べたいとは思うが、これ以上の天族への被害と比べるまでもない。
奴の訴えは無視し、槍を数回振るって道具を完全に破壊してやった。
変化はすぐに起こり、周囲の空気が変わったかと思えば再び光翼を発現させていく天族が増えていき、戦況は再びこちらへと傾いていく。
「あ……あぁ……神器が……よくも……よくもおおぉぉ――っ!」
「天力が!? これなら!」
「いや。まだだ」
もう奴の切り札はないだろうが、まだ足りない。
レイアを馬鹿にしたこの男に、英雄の技を……その力をもっと見せてやらなきゃ気が済まなかった。
「何をー……あ!?」
「貴方、天族じゃ……どういう事ですの?」
ユキナたちの視線が、俺の背中から発現した光翼へと注がれる。
彼女に比べたら小さく背中の右側に一つしかないが、こいつはレイアがくれた大切な光翼だ。
そのレイアの光翼であれば……出来る筈。
「まさか自分が使う事になるとは、不思議なものだな」
この技の始まりは、レイアの槍と光翼が、友人がやっていたゲームの必殺技に似ているなと思った事だった。
冗談交じりでそのアイデアを話したら、レイアはそれを再現し、更に一手間加えたらとんでもない必殺技へとなったのである。
「台詞は確か、貴様の身に刻む……だったか?」
まず天力の塊である光翼の一部を切り離し、それを手にした槍へ纏わせる。
そして圧縮した膨大な天力を槍に沿って変形させれば、金属の槍が身長の三倍以上はあろう巨大な光の槍へと変貌した。
「光翼を槍に? そんな方法が……」
「何て大きさですの?」
天力を槍に込めて威力を上げる技はあるが、さすがに光翼を切り離して槍にするのは考えられなかったらしい。
「許さない……ゆるさない……ユルサナイ! 貴様がああああぁぁぁ―――っ!」
奴の怒りに反応したのか、指示待ちで止まっていた魔物の残り全てが一斉に襲い掛かってきたので、俺は光の槍を横へと構える。
「クエスさん! 私が惹きつけー……」
「来るな! 危ないから下がっていろ」
「えっ!? は、はい……」
ユキナには申し訳ないが、こいつは本気で危険なのだ。
彼女たちが俺の後にいるのを確認してから、手にした光の槍を魔物たちへと向けて一閃すれば、触れた部分がまるで消失するかのように魔物の肉体を易々と切り裂いた。
後に残ったのは、上半身が消えた三体分の魔物の死体だけである。
「凄い……オウガの体がこんな簡単に……」
「何ですあれは? 槍が……歪んで見えますわ?」
エルカが気付いたように、この槍には膨大な天力が圧縮されているだけでなく、先端……巨大な刃の部分から凄まじい熱を発しているのだ。つまり、ただ斬るのではなく超高熱で焼き切っているのである。
これは前世で見たロボットアニメ等で使われた武器をイメージしたものだが、その圧倒的な切断力と槍のリーチにより、魔物は次々と数を減らしていく。
「退かない……か。仕方がない」
奴に操られているようなものとはいえ、退く事も出来ぬとは……哀れなものである。
せめて痛みがないように頭部を狙いながら槍を振り続け、その数が十を越えた頃にはジンドウを守る魔物は全て片付いたようだ。
「さて、最後は……」
「私の……ワタシノ手で……貴様を……キサマオオオオォォォォ―――ッ!」
俺が魔物を倒している間に準備が整ったのか、体中から煙を発しながらジンドウは雄叫びを上げていた。
すでに己の身を顧みていないのだろう。自身が生み出す熱に耐え切れず全身に火傷を負っているようだが、その血走った目は差し違えてでも……という強い意志を感じる。
そんな奴の姿にユキナが任せてほしいと背後から声を掛けてくるが、おそらく彼女の結界があったとしてもこちらに被害は出そうだ。何せあれ程の怒りを見せているのだ、次に放つ攻撃の規模は計り知れまい。
「クエスさん、私が……」
「心配するな。お前のご先祖様の奥義は……ここからだ」
「レイア様……の?」
あの子から恰好いい名を付けてほしいと頼まれ、戦乙女を連想して名付けた奥義……『ヴァルキュリア・ランサー』。
その奥義の真の力は、ただ光の槍を振るう事ではない。
槍を逆手に持ったところで、ジンドウの両腕から凄まじい炎が放たれるが……。
「燃えろぉぉぉ―――っ! モエロモエロオオオォォ―――っ!」
「お前が馬鹿にした、英雄の……レイアの技……その目に焼き付けろ!」
放たれる炎と同時に光の槍を全力で投擲すれば、高速回転する先端から天力の渦が生まれ、槍は破壊の奔流を生み出しながら飛翔していく。
「スベテキエテェェェ――――…………」
まるで極太のレーザービームのような、貫通に特化したその一撃が放たれた後には……。
「な、何て威力……ですの?」
「これが、奥義?」
射線上の全てを消し飛ばし、ただ真っ直ぐに伸びる破壊の跡が残るのみであった。
格好いい事を言うわけじゃないが、消えたのはお前の方だったな。
これでこの戦いも終わるだろうと、ようやく気が抜けそうなのだが……。
「ふぅ…………しまったな」
今更ながら、俺は色々と後悔していた。
レイアを馬鹿にされたせいとはいえ、怒りに任せて本当に必要だったかわからない奥義を放ったり、そして……。
「あー……その、ユキナ?」
「はい!? な、何でしょうか?」
茫然と破壊の跡を眺めるユキナに向き直った俺は、軽く頭を掻きつつ彼女へ告げた。
「借りた槍なんだが……その、返せそうにない」
手入れの行き届いた、立派な槍だったからな。
実は親からのお下がりとか、思い入れのある槍だったとしたら……。
「大事な槍だったら、ごめんな。いや、申し訳なかった!」
「あ、あはは……大丈夫ですよ」
緊張が解けたのか、柔らかい笑みでそう答えてくれたので、俺は安堵の息を漏らす。
こうして、英雄の奥義を世間に知らしめると同時に、この戦いの勝敗は決定づけられたのだった。
続きは、明日の17時投稿予定です。




