第三話 アレスとエリス、入浴する
アレスの部屋に戻ると、二人はローブを外し、姿見の前に立った。
木枠の鏡は古いが、映る像はあまりにも異様で、そして鮮明だった。
右半分は白魔導士の青年。
淡い金髪は短く整えられ、融合時にボロボロになった白い法衣の名残が肩にかかっている。
肌は人間らしい柔らかな色合いで、指先は細く震えていた。
左半分は魔族の女王。
黒紫の髪は腰まで流れ、角が額から優雅な曲線を描いて伸びている。
尾は気まぐれに揺れ、魅惑的なスタイルのボディを彩る肌はやや褐色を帯びていた。
「……あ、あらためて見ると……すごい姿じゃな」
エリスの声は落ち着いているようで、どこか震えていた。
「すごいっていうか……なんていうか……」
アレスは鏡に映る「自分たち」から目を離せない。
右と左でまったく違う体温が伝わってくる。
かといえば呼吸のリズムは一緒なので、胸の中央でひとつの心臓が忙しなく動いていた。
「アレス、髪が……わらわの側だけ長いのじゃ。重心が偏るのじゃ」
「そ、そんなこと言われても……僕の側は短いし……」
「むぅ……このままでは生活に支障が出るのじゃ」
エリスが長い髪をつまみ、アレス側の短い髪と見比べる。
その仕草が妙に優雅で、アレスは思わず視線をそらした。
「とりあえず汚れがひどいし……お風呂、入らないと……」
「湯浴みか。わらわは魔界でも欠かさぬのじゃ。だが……」
二人は同時に鏡を見て、同時に固まった。
『……どうやって脱ぐの……』
右と左で衣装が違う。
しかも動かせるのは自分の側だけ。
当然、脱ぐだけで大事件になる。
「ア、アレス! そっちの紐を緩めるのじゃ!」
「え、えっと……ど、どれ!?」
「そこじゃ! 違う、そこは袖じゃ! わらわの肩紐は左側じゃ!」
「左側はエリスさんが動かすんだよ!」
「わらわは右側が邪魔で手が届かんのじゃ!」
二人はその場でぐるぐる回り、袖が絡まり、角に布が引っかかり、尾が暴れて棚にぶつかる。
「わっ、ちょ、ちょっと! 棚が倒れる!」
「お主が引っ張るからじゃ!」
「エリスさんが回るからだよ!」
部屋の中は軽い惨事になったが、どうにか衣装を外すことに成功した。
だがアレスは腐っても鯛、もとい男子なので、エリスの部分がその目に入った途端、肉体的な興奮は避けられない。
エリスにもその感覚が伝わり、興奮と羞恥が同じタイミングで二人を襲う。
「やばい、やばい、やばいっ!!」
「お……お主、この期に及んで、何を考えておるのじゃっ!!」
そんななか、ふとアレスは胸とヘソの間に小さな紋章を見つけた。
「これは……魔法痕?」
エリスが人差し指の爪で、その部分をさすりながら答える。
「わらわたちを繋ぐ証じゃな。かといって、無理やり引きちぎろうものなら、魔力のバランスが崩れお互いあの世へまっしぐら、じゃ」
一瞬、冷静さを取り戻した二人は、タオルで身体を隠しながら、浴室へ向かう。
◆
浴室は石造りで、祖父クロノスが魔法で改良した古い造りだ。
壁には魔法陣が刻まれ、湯気が立ち上ると淡く光る。
「火は……魔法で起こすのじゃ」
エリスが左手を軽く振ると、かまどに火が灯り、湯が静かに温まり始めた。
「すごい……便利だね……」
「当然じゃ。わらわは魔王じゃからな」
誇らしげに言うが、湯を沸かす間も問題は山積みだった。
「アレス、右側の髪を洗うのじゃ」
「う、うん……僕の側は短いからすぐだけど……」
「左側はわらわが洗うのじゃ。だが……」
エリスが左手で髪を持ち上げると、右側のアレスの腕に絡まる。
「ちょ、ちょっと! 引っ張らないで!」
「お主が動くから絡まるのじゃ!」
「エリスさんが持ち上げるからだよ!」
エリスが収納魔法で取り出したシャンプーを取ろうとすれば、右手と左手がぶつかり、
泡が顔に飛び、角に泡がつき、尾が桶を倒す。
「わらわの尾が勝手に動くのじゃ!」
「勝手じゃないよ! エリスさんの感情が動くと尾も動くんだよ!」
「むぅ……便利なようで不便なのじゃ……」
身体を洗う段階になっても、ドタバタは止まらない。
「アレス、そっちはお主が洗うのじゃ」
「う、うん……エリスさんの側は……エリスさんが……」
「当然じゃ。わらわの身体はわらわが責任を持つのじゃ」
しかし、動かせるのは半分だけ。
アカスリを持てば右手と左手がぶつかり、身体をひねれば反対側がついてこない。
「わっ、ちょっと! 滑る滑る!」
「お主が力を入れすぎなのじゃ!」
「エリスさんが逆方向に動くからだよ!」
浴室の床で二人は何度もよろけた。
◆
どうにか洗い終え、エリス側の髪をまとめ、湯船に浸かる。
湯気が立ち上り、石壁の魔法陣が淡く光る。
「ふぅ……あったかい……」
「うむ……湯浴みはよいものじゃな」
湯気の中で、二人の呼吸がゆっくりと落ち着いていく。
湯の温かさが、融合した身体の境界を少しだけ和らげてくれるようだった。
「エリスさんって……魔界ではどんな生活してたの?」
「わらわか? そうじゃな……魔族をまとめ、時に誘惑し、時に叱り……だが、ユノーのような魅了無効の者には苦労したのじゃ」
「そっか……」
「アレスはどうなのじゃ? 白魔導士の修行は厳しいのか?」
「うん……祖父のクロノスは厳しいけど……優しいよ。僕、まだまだ未熟だけど……」
「ふむ。わらわはお主の魔力、嫌いではないぞ。素直で澄んでおる」
「え……そ、そうかな……?」
ここでも心臓がひとつなので、アレスの照れがそのままエリスに伝わる。
ドクンッ
「ひゃっ……! ま、またわらわまで……!」
「ご、ごめん……!」
湯船の中で、半分ずつの身体が同時に赤くなる。
「……変な生活になりそうじゃな、アレス」
「う、うん……でも、頑張ろう……」
「うむ。わらわも協力するのじゃ」
湯気の中で、二人の声が重なった。




