第一話
大分遅くなりました。
~2070年 3月 3日~
あれからあの男に付いて行った。それは初めてオレが『ごみ溜め』より外の世界を出る切っ掛けとなり、たった1日でも驚きの連続であった。
もちろんそんなことは一つも表情に出していない。この少し前で歩いている男に、そんな所を見られたく無いと言う意地があったからだ。
ただ外の世界はオレにとって眩しすぎる。物理的にも精神的にもだ。
もう陽も暮れた夜になっているが外の世界は眩しすぎると感じた。『ごみ溜め』にはまず明かり呼ばれる物なんて蝋燭が基本で、電気を使ったものなどほぼ無いに等しかった。そもそも電気が通っていないので家電などない。
だからか暗くても目はよく見えるし、電気が無いので夜は基本、すぐに寝ていたので目もいい方だった。
そんなオレが今は東京という街の中にいる。この街にいる人は明るく見える。昼間には忙しそうに歩いている人がいるがそう言う人でも顔が生き生きとしている様に見える。
それはオレに持っていない物を持っている者がする表情だ。
まぁそんな話はどうでもいいか。ただ何故オレが東京の街にいるかと言うとだ、
「もう少し待っててね。多分こっちの方で合ってる筈だから。今度こそ正解だよ!」
自信を持って答える稔。だがそんな稔を見る恭夜の視線は酷く冷たかった。
「これで何度目だ?」
「いやー、だって君の家が思っていた以上に複雑で難しいんだよ。迷っちゃうのも仕方ないと思うけどね」
そう。今オレはこれから住む家に向かっている。そもそも昨日の移動から大変だった。
前を歩いている男がオレを見つけられたのが奇跡と言っても間違いない。先程から曲がり角に着くなり棒を倒して進む、コイントスをして決めるなど適当なのだ。これを奇跡と言わずなんと言おうか。
ちなみに今回はただの勘らしい。もうオレはこいつを殴っても誰にも怒られないと思う。間違いなく一撃で仕留めることが出来る自信がある。
「よーっし!着いたよ恭夜君!今日からここが君のお家ね!」
どうやらオレが考え事をしている間に着いたらしい。目の前には「霧島」と書かれた表札がある玄関が見え、その後ろには立派な一軒家があった。
外装はどこも悪くはない。まぁオレがいたところに比べるとこの街にある物は全てマシだ。
本当に何故あの場所から直ぐに出なかったのかバカらしく思えてくる。でも早くに出れば良かった、と本心から思えないのはどうしてだろうか?
今まで考えたこともないから分からない。分かりたくても分からない。それが何だか煩わしかった。
男はそのまま鍵を開けて中に入っていくのでオレもそれに続いた。生活が出来るだけの物は揃っているらしい。
そんなことよりもオレは聞きたかった。何故オレにこんな待遇をするのかと。ずっとそれが推し量れずにいて不気味だった。この男は何を考えているか読み取ることが出来ない。分からないものは恐い。
『分からないことがあればそれだけで命が脅かされていると思え』
そう何度も親父に言われたから骨の髄まで染み込んでいる。だからはぐらかされてもいいから1度聞いてみることにした。
「なぁ、何故オレを学校に通わせようとしている?お前にメリットは無いだろう?」
オレは目を真っ直ぐと見つめながら問い掛けた。それに対して男は先程までのおちゃらけた雰囲気を無くし、真剣な表情になった。
「私はね、今の学校の在り方を良しとしないんだよ。異能者を集めている学校なだけあって、富豪、平民、貧民問わずに受け入れている。異能者の学校は日本で7つあるんだ。その全てが生徒は家柄に拘らず平等を謳っている。だが実際は何処の学校も酷いものでね…。富豪の生徒が平民、貧民を支配し、更に平民が貧民を差別している。そんな学校になっているんだよ。私が理事を務めている学校もそうさ。だから私はね、君にこのヒエラルキーをぶっ壊して欲しい。君の力を持ってしてね。どうだい?やってみてくれないかい?」
この話を聞いてもまだ真の部分は分からない。男はオレを入れる目的は言ったが自分のメリットとなる部分を1つも言っていない。その時点でオレはまだ信用しきれない。裏で何が起こるか分かったものじゃないからだ。だからまだ追求することにした。
「は?オレの力を持ってしてだって?オレはそこまで強くはないさ。それに今言ったことはさっきの質問の答えじゃないだろう?しっかり答えてくれよ」
オレが意図的に威圧しながら話し掛ける。すると男は額に汗が浮き出てきた。気圧されているのだろう。そして口を開いた。
「ハハハ。それだよ。そう言う本物の力を使って欲しいのさ。君の出身は『ごみ溜め』だ。しかし、それでも。いやだからこそ貴族や平民、貧民に手段を選ばなければ勝てる。そうだろう?それを見せて欲しいのさ。今の平民や貧民はただ相手が富豪ってだけで怯えて勝てないと思ってしまう。それが私は嫌なんだ。ただ生まれの違いでそう思っていることが!ふぅ、熱くなりすぎてしまったね。そしてメリットか…。そんな物は特に無いだろうね。強いてあげるなら、学校対抗戦で総合優勝した学校が次の学校対抗戦まで、異能者学校全ての長を務めることが出来るくらいかな。それでもそんなにいいって訳じゃないけど」
そう言って苦笑いをする男。オレに真実か嘘かを見分ける能力なんてないが、男の底知れぬ意思の強さは見てとれた。その目に偽りも欲望も見えなかった。
それは信じれるものだと思えた。昨日のような曖昧な感じではない。だからオレもそれに応えることにしよう。これで全てが演技だとしたらオレの見る目が無いだけの話だ。そう言う奴だった。ただそれだけのことだ。
「本当の力っていうのがいまいち分からないが、オレを退屈させないというしな。協力するさ。その代わりにオレの金銭面の支援を行ってくれるんだろ?ならいいさ。『ごみ溜め』よりマシだ」
オレが更にこれからもお金を用意してくれるよな、と言うニュアンスで言うと、男は頬をひきつらせながら答えた。
「アハハハ…。それもさせてもらうよ………やっぱり彼の息子だ…ボソッ」
「ん?何だって?」
「いいや、何でもないよ」
先程に比べて覇気が感じられなくなったがいつまでも玄関で話していては先に進まないので中に入り、これからのことを話し合うことにした。
「なぁ、何で一人暮らしなのにこんなに広いんだよ…」
「え?それはここがちょうど安かったし、君多分さぁ、他の人が近くにいたり真っ暗だと寝れないでしょ?」
まるで全てを知っているかのように問い掛てくるがそれは正解だった。オレの情報がこの男に漏れる程出回っているとは思えないから別の理由だと思うが全く検討がつかない。
よくいっている「彼の息子だ」これだろう。つまりこの男はオレの親父を知っていてかつどちらの性格も行動パターンも知っていると言うことか?
そのことによりこの男への警戒心は更に上がった。ただし信用していないわけではない。
自分で言っててややこしくなってきたな。もう止めよう。
「そうだ?何故お前が知っている?」
「それは君と彼が似てたからかな。そうじゃなきゃ分からなかったよ。中身もそうだけど容姿も似てるから」
そう男に言われてもオレにはパッと来ない。なにせ昨日まで髪はボサボサ、身体もろくに洗っておらず垢だらけで汚かったくらいだ。
男に連れられた場所で身形を整えてもらい自分の姿を見たのは今朝だった。洗面所に行きやっと見たのだ。それまでは自分の姿などゆっくりと見ている暇など無かったから驚きの連続だった。
親父の顔は今でも覚えているがそれと似ているかと言うとそこまで老けてはいないから似ていないと思うが他人から見たら違うものなのだろうか?
そう言うことを考えていると「んんっ!」と咳払いが男から聞こえた。その表情から後にしてくれないか?と言っているのが分かったのでまず話を聞くことにした。
「それでこれからなんだけど、先に聞いときたいことがあるんだよね。君って今何歳?」
「オレは15歳だな。生まれた日は知らん。ただオレが12歳になったら親父が急に消えたからな。『お前も今日で12歳となったか。達者でな』と言ってな。日付を確認する道具……カレンダーだったか。それなんか無かったからオレは日付がいつだったかなんて知らないんだ」
「本当によく今まで生きてこれたね…。まぁ、15歳っていうなら高等生としてだね。あぁ。高等生っていうのは高校生でその下が中等生で中学生、小等生で小学生っていう風になってるんだ。言い方の違いは異能者の学校っていうことで納得しておいてね。それで高等生からの編入になるから試験を受けてもらおうと思ってるからそのつもりで。試験って言っても君は異能を測られたりするのと軽い学科の試験があるだけだから気にしないでね。因みに試験日は明後日だからよろしく!朝に迎えを寄越すから。ここまでで何か質問は?」
いや、ちょっと待て。色々と質問がありすぎると感じるのはオレだけだろうか?
まず、~等生ってなんだよ!って思ったがそれは説明があったから納得しよう。だがその後の試験はなんだ?そんなの聞いてないぞ?それは今話を聞いたから当たり前と言えばそうだが、試験とか大丈夫かオレ?
オレの不安そうな気持ちが顔に出ていたのかオレを見ながら男は笑っている。無性に殴りたくなったがそこは我慢した。
「君の不安もわかるけどそこまで大きなことじゃないから気にしないでね。異能さえ使えれば実は入れる学校だしね。正直そこからが更にややこしくもあるんだけどさ。実力主義ではあるかな異能者学校は。それだけは覚えておいてね?多分君の経歴を知られると絡まれることは多いだろうから」
それを言われて初めてオレは気付いた。オレに戸籍は無い筈だから学校には行けないのではないか?という事に。
「オレの経歴はどうした?戸籍はどうしたんだ?」
待ってました!!と言わんばかりの笑顔でこっちを男は見てくるがオレはそんな顔が見たい訳じゃないんだ。早く応えろよ。
その思いが伝わったのかは分からないが男は口を開いた。
「そんなもの詐称したに決まってるじゃないか。これでも私は偉い地位に就いているからね。それくらいへっちゃらさ」
胸を張って答えているがそれはダメだろうと思うがオレがそれを注意できる立場でないのは分かっているので聞き流した。
それからはただの雑談をして、今月分ねと言ってお金を置いていき男は帰って行った。
オレはこれからまともに暮らしていけるのか不安になったが、なんとかなるだろと思い2階の部屋のベッドで寝ることにした。
────グギュルルルル────
あっ、晩飯を食い忘れてたから腹が減ってるわ。これぐらいなら別に大したこと無いから明日でもいいか。
そして今度こそ本当に寝た。ベッドで眠るのは格別だったとだけ言っておこう。
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