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どちらが幸せなのか答えなさい08


「うそ……」


カイルと向き合った後、帰るべき場所へと戻ってきたリムフェを待ち受けていたのは残酷な現実だった。スコウィールが死んだという。第一発見者はキースで死因は分からないらしい。最初は笑えない冗談かと思ったが、スコウィールの訃報を口にするキースの両親は悲痛な面持ちでリムフェを見ていた。彼らは慰めの言葉を挟みながら、リムフェがいなかったので自分達がスコウィールの亡骸を墓所に埋葬してくれたと言った。リムフェはお芝居を見ている様な感覚に陥っていた。現実味がまるでない。形ばかりの礼を述べたリムフェは、子供の泣き声を聞きながらふらふらとした足取りでお墓へと向かう。墓石には確かにスコウィールの名が刻まれているのが分かる。しかし墓前に立ってもまるで実感がなかった。涙は一切出ない。ただ呆然とその場に突っ立ているしか出来なかった。


(どうして?)


ぐるぐると頭の中で今までの人生を反芻する。何故、スコウィールが死ななければならなかったのか。もう二度と会えないと言うのか。リムフェはスコウィールが帰ってくるまでずっと待っていようと誓ったのに。スコウィールと別れた時のことを思い出す。あれが最期の別れだと言うのか。スコウィールの口からはもう「おかえり」も「ただいま」も聞けないと言うのか。


「イヤ、やだよ」


一人にしないで欲しい。リムフェはその場にへたり込んでしまった。リムフェの顔色は可哀想なくらいに蒼白だ。じわじわと蝕まれるようにスコウィールの死という現実がリムフェに襲い掛かる。いくら待ってももうスコウィールはリムフェの元には帰ってこないのだ。またリムフェは孤独になってしまう。そう悟ったリムフェはいつの間にか血が滲むくらい拳を強く握り締めていた。痛みはない。しかし手をゆっくりと開き、皮膚上に滲んだ赤色の血を見ているうちにふと気付く。


(僕も……)


(僕も死ねば……)


ーーどうか置いていかないで。そうリムフェが思った時だった。


「お母さん……、ダメだよ」


傍に緑色の目に涙を一杯に溜めた子供がいた。リムフェははっと息を呑み、そして子供をーーユラをぎゅっと抱き締める。ユラの体温を肌で感じたリムフェは我に返ると子供の様に泣きじゃくり始めた。


「御免。御免ね、ユラ。僕は……ぼくは」


自分は一体何を考えていたのだろう。リムフェはもう一人ではないのに。宝物の様に大切なユラがいて、自分が彼を守る立場だ。それなのに情けない。一瞬でも死にたいと思うなんて。こんな風に泣いてしまう事も母親失格だ。


「お母さん、良い子。良い子」


ユラはまだ子供だ。突然過ぎるスコウィールの死にユラの小さな心はリムフェの想像以上に傷付いてるに違いない。それなのにユラはリムフェを慰めるように健気に振る舞う。あたたかいものがリムフェの青い瞳にぽっと宿った気がした。リムフェはユラを一層強く抱き締めて泣いた。ユラもまた泣き出して、二人で泣いた。どれくらいそうしていただろう。


「帰ろうか」


どちらからともなく呟いて、しっかりと手を繋ぐ。


「帰ろう、僕達の家へ」




(来月、キースと結婚します)


両親の墓の前で両指を交互に組み合わせて報告する。ユラを五才まで育ててくれた義父のスコウィールは十五年前、母のリムフェは十年前に亡くなった。スコウィールの死因は未だ不明のままだが、母は流行り病が原因だった。当時ユラはまだ十才。何度泣いたのか分からない。そんなユラをずっと支えてくれたのは幼なじみのキースだった。


(お母さん。天国でスコウィール父さんと仲良くね)


ユラは今年で二十歳になる。子供の頃はただただ悲しかった母親の死だが、時が経つにつれそんな風に思えるようになった。もっと生きていて欲しかったのが本音だが、最期まで病気と闘った母を誰が責められようか。母は本当に父が大好きだった。だからせめて二人が天国で幸せに暮らしていますように。


(今度、キースと一緒にきます)


ユラは緑色の瞳を細めるとその場を後にした。


今日はこれからカイルに会うことになっている。カイルはユラの実父でユラの結婚をそれはそれは喜んでくれた。墓参りの後、買い物を済ませたユラは帰路へと急ぐ。


「お兄ちゃん、落としたよ」


五才くらいだろうか。突然後ろから呼び止められて振り向くと男の子が立っていた。男の子の小さな手には紐状のネックレスが握られている。ユラは母の形見の指輪に紐を通していつも身に付けていたのだが、何かの拍子に紐が切れてしまったらしかった。男の子の身長に合わせるように屈み込んだユラは、買い物袋を横へ置くとにっこり笑う。


「有り難う、助かったよ。これはとても大切なものなんだ」

「そっか。良かった!」

「君は良い子だ」


ユラが男の子の頭をくしゃりと撫でてやると男の子は誇らしげに言った。


「僕、もうすぐお兄ちゃんになるんだもん!」

「そうか。産まれてくるのは弟かな? 妹かな?」


楽しみだね、と続けようとしたユラの言葉を遮って男の子は声高々に主張する。


「弟だよ」

「へぇ産まれる前なのに分かるの?」

「うん。僕には分かるの」

「そっか。魔法使いみたいだね。弟が産まれたらどうしたい?」

「今度はうんと優しくして、いっぱい言ってあげたい、大好きだよって」


男の子の瞳の色は深い青。その瞳はうんと冴え渡っていた。

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