9月14日午後1時頃 殺人犯 「長谷川 沙織」 来婆山の山小屋での準備
その山小屋は簡素な造りになっていた。主に木材が使用されているが、所々にトタンが使われており、耐久性には不安が残る。
さらに隙間風もひどく、囲炉裏があるとはいえ、温かく快適な睡眠は望めそうにない。それだけでなく、食糧にも問題がある。最後に街で生活したのは5日前で、ここ2,3日はまともな食事を摂ることができないでいた。山小屋に何か食べるものはないかと期待したがその期待に添うようなものは置いていなかった。これはしんどい状況だ。
だが、このような境遇も私にとっては相応しいものだ。何故なら、私は自分の家族を皆殺しにした最悪の殺人犯だから。むしろ今まで警察に捕まらず、臭い食事や固い寝床、そして絞首刑という月並みな苦痛を体験せずに済んでいる私の悪運に感謝したい程だ。
悪運といえば、この天候も私にとっては都合がいい。今はまだ小雨が降っている程度だが、そのうちに天候は悪化し今夜中にも嵐となるだろう。少なくとも5日前に街で見たテレビではそう言っていた。そうなれば警察はここまで来ることはない。そう、警察は。
しかし私の叔父は違う。警察でありながらも、彼はここまでやって来る。彼は私を警察として捕まえたいのではなく、一人の人間として捕まえたいからだ。
これは全て推測でしかないが、私の中には妙な確信があった。今夜叔父は一人でここに来る。だから私は今ここで、叔父を迎える準備をしている。そうしなければ私は、おそらく絞首刑というものを体験しないまま人生を終えることになるだろう。
これも推測でしかないが、叔父は私を逮捕する気などない。この山で思う存分私を殺し、自分を慰めるだろう。それほどまでに彼は私を憎んでいる。
しかし私は
「はいそうですか、それじゃどうぞ」
と素直に殺される気は毛頭ない。ならば人里離れた山奥まで逃げれば叔父に殺される心配は無くなるだろう、とまともな人間なら誰しもが考える。だが叔父に会う気がないかといえばそうでもない。いや、むしろ私は叔父に会いたいのだ。
そう、私は殺しも逮捕もされずに叔父と話をする為に準備を行っていた。
やがて私はナイフと糸を結びつけると、その糸を部屋の端に括りつけた。