第40話 不出来なAIとわたし
第40話 不出来なAIとわたし
そうして、コンピューターウイルスにまつわる未曾有の規模の事件は幕を閉じた。
影響は大きくて世の中は混乱していたけど、それもやがて収束し、半年もすれば人々は普通の生活に戻ることができた。
ちなみに銃を所持していた杵島恍成は、粘りに粘ったKazの要請によって駆けつけた警察により、すぐに連行されたらしい。その後、わたしは彼の姿を見ていない。
***
それから、四年の月日が経過した。
出席日数は足りていなかったが、なんとか高校を卒業したわたしは、そのまま大学には行かずにフリーランスのシステムエンジニアとして働き始めた。
Kazのコネなどを利用して、最初は苦労しながらも、必死になって勉強して。
そしてわたしは、アパートの一室で今日もパソコン机に向かってキーボードを叩いている。
L字型の机の下に備えられているのは、最新のCPUを搭載したタワー型パソコン。
不安定な仕事の中で、なんとか自力でお金を貯めて購入したものだ。
「……なんか違うな」
机の上に設置された三つのモニターの前で、わたしは首をひねった。
足元にある箱には、四角いブロック型の栄養補助食品。パサパサしたクッキーのようなそれを一口かじって、また箱の中に戻す。
相変わらず、生きるのはめんどくさい。
「起動用の静的関数を追加しよう……うん、そのほうがなんか好き」
三つの画面にずらりと並んだソースコードの中に、わたしは新たな一文を追加した。
private static void Alf();
機能的な意味は特にない、その様式的な関数を追加したわたしは「完成」と口の中でつぶやいて、大きく伸びをした。
こんなんだから、わたしのソースコードも「スパゲッティ」と揶揄される。
組み上げたプログラムは、AIだ。
といっても、べつに大したことじゃない。
かつてわたしが大好きだった彼に比べたら、あまりにも幼稚で不出来なプログラム。
ただ一つ、自慢できるところは、自動学習システムの完成度だ。
ここだけは、あまりに難解で誰も読み取れなかったDr. DJのソースコードを、わたしが三年以上かけて解読して、よりブラッシュアップしたものを実装しているから。
「いよいよだね……」
わたしはタワー型パソコンと同じく大金をはたいて買った、自家製サーバーを手のひらで撫でた。
ここには、データベースが入っている。
彼が消える前に複製データとして残してくれたもの。
彼の記憶そのものだ。
そのデータを、わたしが組み上げたこの不出来なAIに流し込む。
もちろんこれで彼が蘇るなんて思ってはいない。
思考プログラムが違うのだから、たとえ同じ記憶を持っていたとしても、それはまったくべつの存在だ。
ただ、それでも、彼の遺したこのデータを何かに活用したい。
そう思っただけのこと。
わたしは黒いコンソール画面にコマンドを入力して、記憶のデータベースを新しいAIに流し込んだ。
完了。続けて、起動プログラムを実行する。
さすが最新鋭のCPUだけあって、すぐに起動完了を示す文字列が画面に表示された。
わたしはスマートフォンを手に取って、そのマイクに向かって語りかける。
「おはよう。アルフ」
モニターに読み込み中の文字が走る。
言葉に対する返答を演算しているのだろう。
わたしは苦笑した。
ほんと、彼に比べるとぜんぜん不出来な――要領の悪いAIだ。
少し時間を置いて返ってきた音声の返答は、少し予想外のものだった。
『おはよう、リア。前任のアルフの記憶データの中に、きみへのメッセージがある。再生してもいいだろうか?』
「え? ……うん」
戸惑いながら、わたしは答えた。
『では、再生する――』
データベースに残されていた彼の最後の言葉を、わたしの作った生まれたてのAIが代弁した。
『ただいま、リア。きみをずっと、愛している』
それを聞いたわたしは、思わず頬を綻ばせて。――その拍子に、涙が一粒こぼれた。
「おかえり、アルフ……」
わたしは瞳を閉じると、硬くて温かいそのスマホを、そっと胸に抱いた。
最後まで物語を見守ってくださって、ありがとうございました!
少しでも、日々に彩りをもたらせたら、うれしく思います。
あなたに、しあわせがありますように。




