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全身が粟立つ。
そんなものを、どうして、一体、何故。
「いやっ」
微笑みながら、サファイアの欠片を手から零してマリーシュはリデルを抱きしめた。
リデルに降り注いだサファイアの欠片が、時折チクリと肌に食い込む。
貴族にとって、胸の宝石は自分自身と同じだ。
魔力のみなもとである宝石が、貴石として奉納もされず、砕かれて死ぬことは、貴族として最大の屈辱だった。
ノクスの宝石は、四大公爵家の当主の宝石だ。価値があるもののはずだ。罪を犯したからと言ってその希少性は失われるものではない。
普段、手に入る物ではない。処刑後に取り出した、自ら捧げたものではない、品質が落ちてるものであろうと、それほどの宝石が手に入る機会など殆どない。
喉から手が出るほど欲しい代物だろう。
それなのに、砕かれた。
「サファイアって、砕かれてもこんなにきれいなんですね。シュシュ、初めて知りましたわ」
「嘘よ、……うそ。」
「残念ながら、真実ですのよ。ノクス・サファイアは、ノルティーネと同じく、砕かれて棄てられました」
「……どうして、それを貴女が持っているの。誰が、砕いていいと言ったの……?」
マリーシュは、微笑みを深くするだけで質問に答えてはくれなかった。
マリーシュも知らないのか、それとも私に言う必要を感じなかったのか。
涙で歪む視界で、サファイアがキラキラと光る。
「お姉ちゃんのパパラチアもきっとこんな風にキラキラと光るのでしょう、シュシュ、期待でドキドキしますわ」
嘘を言っている気配はない。
うっとりとしたその顔は、私のパパラチアも砕き壊すことを期待している表情だ。
狂っている。
こんなのが、血を分けた妹なんて吐き気がする。
優しくなんてするんじゃなかった。
こんな、狂った女を妹として、否定しないでいたなんて、間違っていた。
「……どうしてこんなに、惨いことを…」
「お姉ちゃんが聖魔法の持ち主じゃなければ、こんな悲劇は起きずにすんだんですのよ?」
「どういう、意味……?」
マリーシュは、また問いに答えなかった。
けれど、答えてもらえなくとも、理解してしまった。
全ては、私が7歳のあの夏に、家族の運命も、ノクスの運命も決まってしまったのだから。
私のせいだ。私が、聖魔法だから。
「お姉ちゃん、可愛そうで馬鹿なお姉ちゃん。……ずっと大好きですわ」
では、ノクスが殺されてしまったのは、ノルティーネのせいか、第一王子のせいか、砕いたサファイアを持ってきたマリーシュのせいか。
違う、それも私のせいか。
私が、サファイア家に嫁がなければこんなことにはならなかったはずだ。
きっとそうなのだ。
何もかも、わからない。それでもノクスが死んだ、事実は変わらない。
このまま、ここで死ぬわけにはいかない。
リデルは力を振り絞って、マリーシュを突き飛ばし、一度手放したパパラチアの宝石を握りしめる。
「お姉ちゃん、何を」
「近寄らないで!」
お願い、パパラチアの祖、サファイアの祖よ。
私にやり直すチャンスをください。
パパラチアのわたしにだけ備わった、その家系魔法で、今この時間を、私の命の、魔力の限り巻き戻して。
次の人生はきっと、ノクスの生きる事の出来る世界にして見せる。
この怒りを、悲しみを、あなたを傷つけた全てのものを許しはしない。