家族会議
前半ティア視点、後半カイン視点になります。
あの後、カインに家まで送ってもらって帰った私は、両親と兄にめちゃくちゃ怒られた。
なんでも、私の帰りが遅いと心配した兄がテオの家に行き、そこでとっくに帰った事を聞かされ、テオの家からカインに連絡が行ったらしい。
カインは私にGPSを付けているので、私を探しに来た。という事らしかった。何だかたくさんの人に迷惑をかけてしまったようだ。
これ、テオに会ったらまた怒られるパターンだね。
カインは少し不安げに「また明日来るよ」と言って帰って行った。
カインは私が『カインは貴族だ』と知った事に気づいたのだろう。
シヴァンの話の中にはきっとカインが私に知られたくなかった事もあっただろうし、カインを心配させないように、明日きちんと話さなくてはならないと思う。
「ねぇ、お兄ちゃんはカインの家って知ってた?」
「カインの家?そういや知らないな」
「ティア、カインくんの家の事を知ったのか?!」
「父さん?」
父がバッと私と兄の間に入って来た。
「・・・父さんは知ってたの?」
「ああ。カインくんがうちに来るようになって、護衛の人から聞いたんだ」
「え?何?カインの家って、なんかあんの?」
両親にはカインの護衛であるフェルナンが伝えていたらしい。何かあってからでは遅いからだろうか。
首を傾げる兄と考え込む私に、
「座ってお茶でも飲みながら話そう」と父が声をかけ、私達はソファーに腰掛けた。
「それで、ティアのあった事を話してくれるか?」
前方に座る父がそう切り出したので、シヴァンに会った事を話す。
「えっと、今日、カインのお兄さんに会って、カインがファロム侯爵家の次男だって知ったの」
「は?!侯爵家?!カインって貴族だったのか?!」
兄が驚きの声を上げる。
当然だけど、兄は全く気づいていなかったみたいだ。私も、ゲームの知識がなかったら気づかなかったと思う。
カインの言動は普通の平民のものだったから。シヴァンは貴族らしい話し方だったし、カインも家ではあんな風に話すのかもしれない。
「ティアはそれを知ってどう思った?婚約者が貴族だぞ?」
父が心配そうに私に聞く。兄もハッとして、私を心配そうに見る。
「私は、カインと結婚するよ。貴族と結婚するのは大変だろうけど、頑張る。覚悟はしたよ」
私の覚悟が伝わるように、父の目を真っ直ぐ見て伝える。ここで家族に反対されては堪らない。私が貴族と結婚すると家族も自然と巻き込む事になるのだろう、それでも私はカインを選びたい。
そのまま沈黙が落ちる。
数秒たって、父がふっと笑った。
「そうか。ティアに覚悟があるのなら、父さんは応援するよ」
「ありがとう、父さん!」
「・・・俺も、変わらず応援するよ。カインなら絶対ティアを大切にしてくれるしな!」
「お兄ちゃんもありがとう!」
やった!家族の了承も取れたよ!
「あとは、そうだな、母さんには父さんから話しておくから、おばあちゃんに協力してもらおうか」
「おばあちゃんに?」
「ああ、ニックとティアには話していなかったけれど・・・」
それから父は、祖母の半生を話してくれた。
隣国、リオレナール王国の王女として生を受けた事。そこで医療革命を起こした事。平民の祖父と大恋愛の末、駆け落ちして結婚した事。
今もリオレナール王家とは繋がっている事等だ。
私はゲーム知識でほとんど知っていたけれど、兄には寝耳に水だったらしく、「おばあちゃんが元王族・・・?俺達、その血を引いてんの?あー・・・色んなこと聞きすぎて頭痛くなってきた・・・」と困惑していた。
「だから、ティアにはおばあちゃんに礼儀作法や貴族の事を教えてもらうといい。元王族だ、これほど良い教師はいないだろう」
「あら、わたくしは既に始めているのよ」
「おばあちゃん!」
祖母の話をしていていきなり本人が現れたのでドキッとした。
祖母はふふっと笑うと私の隣に腰掛ける。
「わたくしは、ティアには特別厳しく礼儀作法を教えて来たからね、ティアはもう大体は身につけているのよ」
「おばあちゃんも知ってたの?」
「ええ。だから、婚約が決まってからはドレスやヒールの靴で歩く練習も始めたでしょう?」
そういえば、祖母が誕生日にドレスを贈ってくれるようになったのはカインとの婚約が決まってからだった。
本当に必要なのかと思った事もあったが、私が貴族に嫁入りするかもしれない事を見越して教えてくれていたのか。さすがだ。
「おばあちゃん、これからもよろしくお願いします」
「ええ、任せなさい。更に厳しくいくわよ」
ふふふっと厳しく宣言されてしまった。頑張ろう。
「それから、今は婚約証書も提出されているし、必要ないかも知れないけれど、ティアが好きな人と結婚するのに身分が必要ならば言いなさい。わたくしが協力するわ」
「え、要らない」
祖母の言葉にブンブンと首を横に振る。
それはゲームの通りに私がリオレナール王国の王族となるという事だろう。勘弁して欲しい。
「あら、どうして?その方がファロム侯爵家もすんなり認めてくれるのではないかしら?」
「そうかもしれないけど・・・」
たしかに、ファロム侯爵家としてはただの平民よりもリオレナール王国の王族の方が利はあるのだろう。だけど、私は王族のような気品もなければタイムセールに飛び付くような根っからの平民だ。貴族と関わる覚悟はしたが、貴族より更に上の存在になるなど、荷が重すぎる。私は貴族社会の凡人がいい。現時点でカインと婚約出来ているし、シヴァンからも平民だと邪険にされなかった。とりあえずはこのままでいい。
「そう?ティアがそう言うならいいわ。でも、そういう手もあるって覚えておきなさい」
「わかった。ありがとう、おばあちゃん」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「で、兄様、いったいティアに何を話したの?」
ティアを家まで送った後、家に着くなり兄様を問い詰める。
「まぁ、そう焦るなよ。『冷血の狼』の名が泣くぞ」
「僕はそんな二つ名望んでない!」
『冷血の狼』は最近貴族の間で勝手に呼ばれ始めた僕の二つ名だ。冷酷に不正を次々摘発していっているかららしい。誰だよそんなの言い出した奴。
ムッとして言い返すと、兄様はやれやれ、と肩をすくめて話し始める。
「ファロム家の事だよ。カイン、彼女に貴族だって隠していたんだね」
言ってしまったよ、ごめんね。と、口では謝罪しているが、態度は全く悪びれる所がない。
「・・・ティアは何か言っていた?」
僕が1番危惧していたのは僕の身分を聞いてティアが僕を嫌ってしまう事だ。今まで騙していたようなものだし、信用してもらえなくなるかもしれない。
「なんとなく予想はしていたそうだ。あまり驚いた様子はなかったね」
そっか、ティアは気づいていたのか。それでも僕に聞かずにいてくれるなんて、やっぱりティアはすごく優しい子だな。
兄様の言葉からティアに嫌われるというのは避けられたようで、ホッと胸を撫で下ろす。
「僕の事も知っていたみたいだしね」
「え?」
「ん?カインが何か言ったんじゃないのか?僕が名乗る前から僕の名前を知っていたようだけど」
「ああ。そういえば、言ったかもしれない」
嘘だ。僕はティアとの会話で兄様の名前を出した事はない。どうしてティアは兄様の事を知っていたんだろう?
これも、ティアが理由は言えないけど知っている事の1つなのかな?
「他には・・・そうだな、魔力の話もした」
「魔力の話?」
「ティアは魔術学園に通うんだってね?平民は滅多にいないから驚いたよ。あと、カインが目の色が濃く魔力が少ないせいで、あまり両親から愛情を注いでもらえていない事も話した」
「なっ!」
余計な事を。ファロム家のほの暗い家庭事情などティアは知らなくても良いのに。
ジロリと睨むと兄様は苦笑する。
「そんなに心配しなくても大丈夫だ。あの子ならきっと、カインの全てをそのまま受け入れてくれるよ」
「・・・たった1回会っただけの兄様に何がわかるのさ」
僕のティアを他の誰かが知ったように語るのは腹が立つ。
少しトゲのある言い方をしてしまったが、兄様は「それもそうだな」と頷いただけだった。
「・・・ティアは面白い子だね。僕が微笑むと大抵の女の子は頬を染めて恥じらうのに、あんなに嫌そうな顔で拒否されたのは初めてだよ」
クスクスと兄様が笑う。兄様は整った顔立ちと人当たりの良い明るい性格で女性から非常にモテている。
ティアに冷たく拒否された事が逆に興味を引いているらしい。
「随分とティアに興味が湧いたんだね」
「まぁね」
「そういえば、帰り際に何を耳打ちされてたの?」
気になっていた事を聞くと、兄様は一瞬ピキっと固まった。
「・・・僕の笑顔は胡散臭いと言われたよ」
「確かに」
「そこは否定してくれよ」
ははっと笑い合うが、兄様の顔が僅かに赤く染まった事は見逃さなかった。
・・・ティアは僕のだからね?いくら兄様でも渡さないよ。




