シヴァン・ファロム2
私はシヴァンと共に喫茶店の席についた。
「こうしてちゃんと会うのは初めてだね。僕はシヴァン・ファロム。ファロム侯爵家の長男で、カインの兄だ。よろしくね」
・・・知ってます。
貴族相手なら本当は言葉遣いや振る舞いをしっかりとしなければいけないのだが、ここは平民の喫茶店で相手も平民の服装。郷に入っては郷に従えと言うし、さっき散々やらかしたし、このままで良いだろう。
「私はティア・アタラードと申します。両親は喫茶店を経営しているただの平民です・・・やはり、カインは貴族なのですね」
「おや、知らなかったのかい?」
シヴァンが目を丸くする。
「はい。カインは家の事をあまり話したがりませんから。・・・なんとなく、予想はしていましたが」
「そうか、ティアはカインに聞かなかったのか?婚約者なんだろう?」
「私はカインが平民だろうが貴族だろうが関係ないのです。私はカイン自身が好きなので」
そう、アリアに想いを自覚させられたあの時からずっと考えていた。カインが貴族だと私の目指す平凡ライフには少し遠くなる。でもそれよりも私はカインと共に生きていきたいと思うのだ。その為の努力なら何でもやってみせる。
決心を込めてシヴァンを見つめ返すと、シヴァンは少し寂しそうな表情を浮かべる。
「なるほど、・・・羨ましいな」
「え・・・?」
でも表情を変えたのは一瞬で、シヴァンはまた元の胡散臭い笑顔に戻る。
「では、ファロム家の事もカインからは何も聞いていないんだね?」
「はい・・・」
「では、僕が話してあげよう」
「はぁ・・・」
それからシヴァンはカインの家の状況を話してくれた。
ご両親は、教育は兄弟平等に与えるが、愛情はシヴァンに偏らせる人達らしい。それもあり昔のカインは引きこもってずっと本を読んでいるような子だったそうだ。しかし、私と出会ってから変わっていき、最近はカインの優秀さが目立って家での立場も少し変わって来たらしい。
「だから僕は君に感謝しているんだ。カインを変えてくれて、いつも支えてくれて、ありがとう」
そう言うシヴァンは先程の胡散臭い笑顔ではなく、弟思いの兄の優しい笑顔だった。
「そんな、私の方がいつもカインに助けられてばかりで・・・」
私がカインを支えているなんて・・・私の方がカインに支えられているのに。
そう伝えるとシヴァンは優しく笑う。
「そうだね。お互い支え合っていくというものなんじゃないか。・・・そこでティアに確認したい事があるんだが」
「はい、何でしょう」
「ティアは先程、カインが平民でも貴族でも関係ないと言ったね」
「はい」
「では、今後結婚する事になったら、ティアが貴族の世界に入る言う事で良いんだね?」
「・・・はい」
貴族と関わっていくのはもう覚悟した。大変だろうが、私は頑張ると決めたのだ。
シヴァンは「ああ、よかった」と息を吐く。
何がよかったのだろうと、紅茶を啜るシヴァンを見ていると、苦笑しながら答えてくれる。
「実はカインがね、『ティアが平民の身分を望むなら僕は喜んで貴族の身分を捨てるよ』なんて言い出すものだからね・・・ファロム家としては優秀なカインを手放したくない。どうしたものかと思っていたんだ」
「カイン?!」
生まれ育った身分を捨てるって、そんなに簡単なものじゃない。それほど大切にしてくれるのは嬉しいが、自分の事も考えて欲しい。
「ティアも、覚悟があるなら早いうちに慣れておいた方がいい・・・うちに、行儀見習いに来るかい?」
「行儀見習い、ですか・・・」
祖母から礼儀作法は習っているが、この国のやり方等もあったりするのだろうか。受けた方がいいのかな・・・
「カインは15歳になったら3年間、魔術学園に行くだろう?その間、うちに見習いに来るのはどうだ?」
「え?」
「やはり、カインが近くにいないと不安かな」
また胡散臭い笑顔に戻ってる。何かを試されているのだろうけれど、シヴァンは知らないのだろうか。
「あ、いえ、そうじゃなくて、私も魔術学園に通う予定なので、それは無理なんです」
「え?」
今度はシヴァンがポカンとする。
「・・・ティアは魔力が多いのか?」
「魔術学園の基準を満たす程度には」
そう言って、いつも付けている魔力を抑える腕輪を見せる。
「なるほど・・・ふっ」
ふふふっと笑いだしたシヴァン。何が面白かったのかサッパリわからない。
店に入るまでのやり取りと言い、この人、カインのお兄様だけど、変な人だよ。ゲームではこんな変人じゃなかったと思うのだが。
「いや、すまない。ちょっと面白くてね」
「はぁ・・・?」
「カインがね、両親からあまり愛情を注がれていない理由が、目の色なんだよ」
「目の色?」
「ファロム家は代々綺麗な黄緑色の目をしていてね。カインの目は暗い緑色だろう?」
確かに、シヴァンの目は綺麗な黄緑色だ。でもカインの目も綺麗なエメラルド色なのだ。そこで差別する理由がわからない。
「人の持つ魔力は目の色が薄いほど多いという迷信があってね、僕の両親はそれを信じている古い時代の人間なんだ」
「・・・迷信なんですよね?」
「そういう傾向がある、というだけかな。実際、カインの魔力は魔術学園には入れるがギリギリの量らしいし。逆に僕は多い方だ」
「そうなんですね」
そんな事があるのか。
たしかに、平民は目の色が濃い人が多いかも知れない。
「ああ。そんな迷信を信じて子供への愛情を偏らせる両親を僕は呆れたものだと思っていたが、僕は君の真っ黒な目を見て『魔力がない』ものだと決めつけていたようだ。自分の不甲斐なさに笑ってしまったよ。謝罪する」
ぺこりとシヴァンが頭を下げるので、私の方が慌ててしまう。
「いえ、私は平民なので、魔力がないと思うのは仕方がないかと」
「・・・そうだね。それに関しては僕も驚いている。ティアの魔力はどれくらいあるんだ?」
「どれくらい?」
「魔術具を使って魔力量を測っただろう?色は何色に変化した?」
「色、ですか?よく分かりません・・・」
そもそも、私が魔力を測ったのは生まれてすぐの1回だけで、それは魔術学園に入る魔力量かそうでないのかの判定だけだと聞く。
どのくらいか、は私も知らない。
そう答えるとシヴァンは「なるほど」と少し考え込んだ。
「そもそも測る為の魔術具が貴族と平民とでは違うのかもしれないね」
シヴァン曰く、貴族の魔力を測る魔術具は色の変化でその人の魔力量がわかるらしい。平民の魔術具は魔力の有無を確認するだけなので、やはり貴族の魔術具の方が性能が良いのだろう。
「まぁ、学園に入る時に魔力量も測ると思うから、その時わかるだろう」
「そうですね」
うん、と頷きシヴァンと紅茶を啜る。
と、バンッ!と誰かにテーブルが叩かれソーサーが揺れる。
いきなりの音にビックリしたが、そこにいた人物にもっとビックリした。
「カ、カイン・・・?」
カインは暗黒ドス黒オーラを纏ってテーブルに手を付いて立っている。
・・・怒ってる、超怒ってるよ。
シヴァンさん、「やぁ、カイン!」とかにこやかに挨拶している場合じゃないよ?この暗黒ドス黒オーラが見えないの?
カインは一度シヴァンを睨みつけると私の方を向く。
ひぁっ、こっち向いた!
「ティア、知らない人にはついて行かないように言ったよね?一人で行動しないように言ったよね?」
「知らない人だなんて失礼な。将来の妹君に会いたいと思うのは当然だろう」
「兄さんは黙って」
「うむ」
「そ、それは・・・カインの話だって言われて・・・ご、ごめんなさいっ!」
私が謝るとカインは、はぁーとため息をついて隣に座り、小さい子に言い聞かせるような口調で話す。
「いい?ティア。兄さんは基本的に悪い人じゃないけれど、世の中そんな人間ばかりじゃないでしょ?僕の話だと言われても簡単について行ったらダメだよ」
「う・・・ごめんなさい」
「まぁ、いいじゃないか。僕が無理矢理誘ったんだ。ティアは最初は断っていたよ。そんなに怒らないでやってくれ」
シヴァンが助け舟を出してくれる。意外といい人かもしれない。
「兄さんも、知らない女の子を無理矢理誘わないでくれ」
「いつまで経ってもカインが紹介してくれないから仕方なくね」
シヴァンさん、すごい!カインにすごく睨みつけられてるのにビクともしていない。さすが兄弟。
カインは再びはぁーとため息をつくと私に手を差し出す。
「ティア、帰ろう。帰りがあんまり遅いからニックが心配してたよ」
シヴァンと話している間に辺りはすっかり暗くなっていたようだ。気づかなかった。
カインは私の手を引き、店を出ようとする。
「あっ、待ってカイン」
「お会計なら兄さんが纏めて払ってくれるから大丈夫だよ」
「こちらが無理矢理誘ったんだ。それくらいはさせてくれ」
「ありがとうございます・・・じゃなくて、」
シヴァンの元へ行き、耳打ちをする。
「私、シヴァンさんの普段の胡散臭い笑顔より、カインの事を話す優しい兄の笑顔の方が素敵だと思いますよ」
「・・・!」
シヴァンから離れてカインの手を握る。
「じゃ、紅茶ご馳走様でした」
「・・・ああ」
ティアとカインが店を出た後、シヴァンはふぅと息を吐き、上を向く。
「困った・・・」
顔に集まった熱を冷ますように。




