シヴァン・ファロム1
フィズラン子爵夫妻が捕まった数日後。
今日はテオの家で家庭教師の授業の日だ。
「おはよう」といつも通り部屋に入ると、テオとアリアが仁王立ちで待ち構えていた。
あ、アーサーも居る。仁王立ちじゃないけど・・・なんか苦笑いしてる?
「テオもアリアちゃんもどうしたの?というか、アリアちゃんとアーサーは何でここに?」
一緒に授業を受けているのはテオだけだ。この時間、アリアは家業の勉強をしているはずだし、アーサーは騎士の訓練を受けているはずだ。
「ティア、とりあえず座れ」
テオは私の質問には答えてくれず、椅子を指差す。
「え?うん」
椅子に座ると、立っているテオとアリアからは見下ろされる形になる。
・・・あれ?これってもしかして、お説教な感じ?
私が最近やらかした事と言えば・・・
「ティアちゃん、数日前、麻薬密売人の貴族を見つけてその後をつけて行き、危うく麻薬を飲まされかけたと聞きましたが、事実でしょうか」
あっ、やっぱりその件ですよね。
「はい、事実です・・・」
アリアはきっと全てをわかった上で私に聞いているので、嘘はつけない。私が認めると、カッとアリアとテオの目が見開かれる。
「何でそんな危ない事したんですの!この、お馬鹿っ!」
「俺は関わらないように、気をつけろって言ったよな?!誰が危険に首を突っ込めって言ったよ?!馬鹿っ!」
「申し開きも御座いません・・・」
カインにも散々怒られたけど、アリアとテオにも散々怒られました。
アーサーだけは、
「俺も怒る気で来たんだけど、兄貴と姉御の怒りっぷりを見てたらなんか怒る気もなくなってきたわ。ティア、頑張れ」
と言って傍観していた。怒る気は無いが助ける気も無いらしい。
結局、テオ、アリア、アーサーからも何か行動する時は周りを巻き込んで頼るようにと約束させられた。
「そういえば、アリアちゃんとアーサーはどうしてここに?」
お説教が一段落した頃を見計らい、疑問に思っていた事を尋ねる。
「俺が、兄貴と姉御にティアの事で話があるって呼んだんだ」
「アーサーが?」
「カインに、ティアにお説教をするように頼まれてな」
あー、カインが手を回していたのか。そんな報連相しっかりしなくてもいいのに。
「そっか、心配かけてごめんね」
「おう、俺達は皆ティアを大切に思っているんだから、無茶するなよ」
アーサーはそう言ってコツンと私の頭を小突いた。
忘れがちだけど、攻略対象なだけあってイケメンだ。私以外の女の子だったら恋に落ちてるよ。私はカイン一筋だから関係ないけど。
そんな事があったので今日の授業は少し遅くなってしまった。
密売人は捕まったけれど、杜鵑草中毒者はまだいるので、暗くなる前に帰ろうと帰路を急ぐ。
市場の近くを通り過ぎようとした時に、知っている人がいたような気がして足を止める。
明るい茶髪に黄緑色の目、整った顔立ちをした少年。
・・・そうだ、8歳の時、ここで前世の記憶を取り戻して倒れた時に見た人。
前世の記憶を取り戻すきっかけとなったあの人。あの時よりはかなり成長して大人に近くなっている、その人は・・・
「シヴァン・ファロムだ・・・」
「なにかな、お嬢さん」
名前を呟くと、ひょこっと隣から声をかけられた。
「ひゃ、わあぁぁああ!」
「うわ、ビックリした」
私の奇声に黄緑色の目を丸くさせ、明るいふわふわした茶髪を揺らして一歩下がる。先程市場の中で見かけたと思っていた攻略対象、ファロム侯爵令息のシヴァン・ファロムがそこにいた。
「突然声をかけてすまない。驚かせてしまったね。お詫びにお茶でも1杯どうかな?」
人当たりの良い微笑みを浮かべて、近くの喫茶店を指すシヴァン。
・・・何考えてるか分からなくて怖いんだけど。
貴族であるシヴァンが平民の市場をうろついていて、果てはナンパの如く平民の女の子に声をかけているのだ。たしかにゲームでもプレイボーイ的なキャラだったけど。
「申し訳ございませんが、今日は遅くなってしまったので、もう帰らないといけないのです」
「そんな冷たい事言わずに。お茶1杯だけで良いから」
方向転換をすると、シヴァンもそれを阻むように方向を変える。
「私、知らない人について行くと周りの人にとても怒られますので」
「君の周りは過保護だね。大丈夫だよ、君と僕は知り合いだ。君は僕の事を知っていたでしょう。名前、呟いていたじゃない」
くっ、しつこいな。
私は攻略対象にはあまり関わりたくない。アーサーには深く関わってしまっているが、基本姿勢は変わらない。
「申し訳ございません。貴方のお名前だったのですね、シモン・フィルムさん」
「何か犯罪捜査に役立ちそうな名前だね。・・・って違うよ!さっき言ってた名前と違うよ?!」
「いいえ、先程私はシモン・フィルムと呟いただけです」
「何故!」
「貴方と関係ないようですね。では、失礼いたします」
くるりと踵を返すが「待って、待って!」と手首を掴まれてしまう。
「離しっ、」
離して、そう言おうとしたが、腕をグイッと引かれ、耳元で囁かれる。
「そんなに邪険にしないでよ。僕の弟、カインの話だよ。ティアちゃん」
「――――っ!」
固まった私にシヴァンがニッコリと胡散臭い笑顔を浮かべる。
「お茶、1杯どうかな?」
「・・・1杯だけですよ」




