表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【 西へ西へと、君と征く 】  作者: 八尾 十一
二十章〈この道の果に〉
178/179

終幕《西へ西へと、――》


「お話は終わられましたか?」

 そうと声を掛けられ、オルグレンは顔を上げた。

 剛直の騎士――スートリアは表には出さずとも、ずいぶんと気を揉んでくれていたらしい。眉間に皺の名残が見て取れる。


「色々と無理を言って済まなかった」

 オルグレンは河原から道端へと戻るなり、そう口にした。

 それを受けた剛直の騎士の顔が緩やかに動く。今降る陽射しにも似た、あたたかさのある穏やかな顔。

 臣下としての顔と少し違う柔らかな様子で目を細め、

「いえ、我が内心は犠牲となりましたが、今はよかったと思っておりまする」

 晴れやかな顔をされておられますよ、と言葉が続いた。

 そうと小さく教えられ、思わず片手で頬を擦る。


 オルグレンは、内心を押さえきれていないのだと知った。

 とはいえ、分かっている。

 何も解決などしていない。

 過去の事情も、殺し合ったことも何一つ。

 

 だが――、オルグレンは振り向いた。

 その視線をどう思ったか、ロゼが首を傾げている。

 相変わらずの小柄な姿を見つつ、思う。

 少年がいまだ癒えぬ怒りと悲しみを抱えているにしても、もう一度と願ってくれたのだ。

 先ほど河原で交わした言葉の数々が胸に蘇り、オルグレンは胸に久々に光を得た心地になった。

 自身では望めない道を、ロゼが彼も苦しむ最中にくれたのだ。


 同時に心が引き締まる。

 かつてあった関係に甘えることはできない。もう一度積み重ね、取り戻す――いや、作り直す他ないのだと。

 だが、機会をくれた。


 そうと思う。

 横では当の少年が武装をスートリアから受け取り、身に帯び直している。

 その間、オルグレンは口笛を向けた。

 それを聞き届けたソノアラと、今は荷物持ちとなっているニーヴィが小走りに来る。

 頼もしい二頭が寄せてくる顔を一通り撫で、もう一度口笛を吹く。

 

 それに寄ってきたのは、ロゼが乗ってきた軍馬だ。

 一目でアィーアツバスの生まれだと分かる出で立ちに、よく手入れを施された艷やかな鹿毛色の体をしている。

 よほど人と触れ合うのが好きな馬なのか。

 その馬の手綱へと触れれば、鼻づらを摺り寄せてきてくれた。優しい穏やかさを湛えた目も、日頃の世話の良さが感じられる。


「リシルヴィアだよ」

 ゼオンがクゼリュスの騎士からもらってきた馬だ、とロゼが言う。

 もらったという穏やかな言葉。その裏に、違うものが見え隠れした気になりオルグレンは思わず苦く笑った。

 とはいえ、それよりもと口を開く。

「ゼオンさんは、元気か?」

「うん。あの透明なお酒を造ったり、とても楽しそうにしているよ」

 ロゼの言葉にオルグレンの胸には、緩やかな感覚が満ちた。


 故郷とはまた違う懐かしさ。吊り橋の集落の白い麺麭(パン)のふくよかなにおいが過り、驢馬たちの独特の笑んだ顔が思い出される。

 そして、営火を囲んだ夜の星空が、清水のような清廉な涼やかさを以て、オルグレンの胸に満ちた。

 あの時、思い描いた先の夢。

 あるがままの、一人の人間として望んだ思いは……。


 と――、リシルヴィアが鼻を鳴らす音に、オルグレンは意識を戻した。

 すぐ横で、ロゼが乗ってきたその馬の肩を撫でてやっている。

 少年が馬へと乗ろうとしていることに、オルグレンは気づいた。


 そして、それの意味するところを感じる。

 このまま騎馬し、そして出会ったばかりの頃気まぐれに立ち去って見せたように、消えてもおかしくはない。

「……帰るのか?」

 わかっていながら、オルグレンは聞いた。

 ロゼが、うんと、喉を鳴らす。

「私にもやるべきことがあるからね。決めた使命を果たさないと」

 君と同じようにと、少年が言う。

 その言葉で、オルグレンはロゼが始まりの種族へと関わりに行くことを感じた。

 一方で、自身の責務を心に描く。お互いに役目がある。果たさなくてはならないことがある。

 そして、互いの使命を阻害しあいたくなどない。


 しかし、だが、と。

 オルグレンは、地に足をつけたままの少年を見ながら思った。

 その姿は、いつか気まぐれに去って見せたような様子ではない。

 もともと縁も何もなかったように去って見せた姿とは、まるで違う。

 少年がそうしている理由は、問わずともわかる。

 自身も同じだからだ。


 オルグレンは唇を動かした。

 もう二度とあの旅路は得られないものだとはわかっている。

 それでも……、

「待ってくれ」

 そうと声を掛ける。

「……まだ、だ。何かを果しに行く前に、まだ果たしていないことがある」

 オルグレンの目の前で、ロゼが首を傾げた。

 

 その薄紅色の目は、何かあったかなと言わんばかりの疑問を湛えている。

「――まだ、共に西の地に行っていないだろう」

 共に歩んだ旅路は、昊天の峰(シキルラケ)の地で別れたままだ。

 再び友人として、築き直すのであれば、と思う。

 ならば、以前に交わしたものの、反故となってしまっているその約を、共に果したい。


 そのためには……と、オルグレンは考えた。一般の将兵には、戦によって有耶無耶としているが、あの一年前の出来事については、ロゼに対しては強い言葉が挙がっている。

 我々が襲った山の集落の子なのだとまで説明したが、はっきりとした理解は得られていない。

 だが、自身の責務で守り通して見せるからと。

 どうかと、説得の言葉を口にしかけ――

 だが、オルグレンの目の前で、ロゼが馬の背へと飛び乗った。


 少しばかり急な出来事に、リシルヴィアが抗議のつもりか身を揺する。

 それを宥めながら、オルグレンは馬上の人となった姿を見上げた。

「……ロゼ?」

 ロゼが目を細めている。

 それはあの旅の中で、擽ってくるように少しふざけて見せてくれた時の顔だった。

「何をしているんだい?」

 さあと、少年が言う。

 その意図を、オルグレンは汲んだ。要らぬ言葉を捨て、自然と笑む。そして、自身もまたソノアラの背へと飛び乗った。


「――オルグレン王太子殿下!?」

「先に行くぞ」

 切れ長の目を丸くして見せる剛直の騎士へ、短く宣言する。

 そのまま、オルグレンはソノアラへ願った。


 西へ、馬司の国の首都スヘネへと行くぞ、と。

 そうしながら、腕を伸ばし隣の馬の手綱も取る。

 ロゼが乗ったリシルヴィアもまた動き出し、足並みがそろう。


 それを見計らい、オルグレンは馬を走らせた。

 並んだ二頭の馬が走る。

 驚きながらも、少年が笑う。

 その顔は、屈託のないものだとは言えない。しかし、様々な思いを抱えてなお、共にあることを望んでくれている。

 

 その少年――ロゼと共にオルグレンは、馬を並べて駆けた。

 後ろからはニーヴィの蹄の音。

 そのさらに後ろから声が聞こえたが、風が散らしていく。

 春風と駆ける。


 オルグレンはロゼを見た。互いに笑う。

 そして、二人で行く先へと向く。

 これからも、例え離れようと、共に在ろうと願い――


 西へ西へと、共に征く。

 



    了

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ