プロローグ
九々里智はうつ伏せの状態で目覚めると、首から腰辺りにかけて感じる圧力に耐えながら立ち上がり、周りを見渡した。
全ての方角には白い霧が立ち込め、自分の足元さえ見えるかどうか怪しい。異常が無いか貧相な体を動かす。だらしなく着崩した白いシャツと黒いズボンに包まれた体は、少しだるいのが気になったが痛みも無く、問題無さそうだった。智は首を少し上に傾け、考えた。ここはどこだろうか? 自分は直前まで何をしていたのだろうか? どうにも思い出せない。
その時、不意に頭痛がした。頭を握り潰されそうな痛みが、点滅の様に続く。頭を手で押さえて呻きつつ、これは困ったことになったと感じた時――
「何をして遊んでるのですか?」
急に背後から涼やかな声が聞こえた。智は驚き、慌てて振り向くと、声の主が霧の中から浮き出るように現れた。主は少女だった。16、7歳位の巫女装束を着た、背中まで伸びた黒髪を、後ろと左右で括ってあるのが印象的な少女だ。
「意味が分からねえです」
話の通じる者が現れて安心した智は、取り乱した事を恥ずかしく思いながら、顔を無表情に、声を面倒くさそうにして言った。少女は、ずれた視線を智に合わせると。そこで始めて気づいた様に、楕円を描いた黒い目を広げ、嬉しそうに近づいた。
「これはこれは、人間様。ようこそ遊びに来てくださいました。うん、どっからどう見ても人間、水分の塊。水はウィールの領分ですが、遊ぶのには関係有りません。相手にしてくれるのは長女のテスタと三女のウィールくらいなので退屈していました。末っ子のヴォルクストはいつも寝てて、起こしたら怖いし、五女のぺレンツァーネは最近、お酒ばっかり飲んでて相手にしてくれないし、次女のダルカルテは苛めるし。知ってます? ダルカルテは人間に嗜虐師なんて言われてるんですよ、ちゃんちゃら可笑しいですよね、格好良く言ってもただのいじめっ子じゃないですか。しかも自分の部屋には木馬と鞭が置いてあるんですよ、変態ですよ、馬鹿ですよ。しかも火でいろんな物を燃やすのが大好きとか変態すぎですよね。この前なんかちょっと鞭を借りたくらいで追っかけてくるんですよ、部屋汚いし、馬鹿だし、変態だし。そうそう、その前にも――」
「ちょっと待って」
智は喋り続ける少女をいい加減止め――
「いいえ、待ちません」
られなかった。しばらく聞いてるとなんだか意識が遠くなり始め、視界が薄れていく。その時最後に聞いたのは。
「ちょっと、見ず知らずの人間様、聞いてます? 寝ないでください。退屈じゃないですか」




