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霧沢涼子の独り言

◇◇◇


 思わずスキップしたくなるような気分を抑え、涼子はゆっくりと廊下を歩いていた。気を抜けば体は飛び跳ねてしまいそうだし、鼻歌がこぼれてしまいそうなほど、涼子はご機嫌だった。

 九条翔桜。

 高校生にしては、いい推理をしていたのではないだろうか。

 もちろん、あらゆるところに知識と論理の欠落は見られる。


 第一の事件。

 オナモミの付着からの論争をけしかけたが、彼はまず、提示したオナモミが本当に春日井美羽の体に付着していたか、を確認するべきだった。


 加えてSSR解析。そもそもあれはあんなに短時間でできるものではない。DNAの抽出、PCR、シーケンス、それらの工程は短く見積もっても一日はかかる。


 また、SSRは植物においては二倍体のものしか扱えないが、オナモミが何倍体なのかは、自分自身も確認していない。

 一晩で一介の高校生がこれらの事実を全て調べ上げられるはずもないからだ。

 涼子が見たかったのは、そこではない。 


 第二の事件。

 ラミネーターの購入を理由に春日井美羽を犯人の候補として挙げた。これはラミネーターの購入者をX市に絞った理由を翔桜には追及された。しかしそもそもラミネーターを所持していた人物に関して調べていない点も、同時に言及するべきだっただろう。

 百円ショップでラミネート加工の物品が買えるという事実は、正直知らなかった。そもそも百円ショップなどほとんど足を運んだことがない。これに関しては完全に勉強不足だったと、言わざるを得ない。


 第三の事件。

 翔桜がアリバイを作ってくるであろうことは、簡単に予想できた。

 その為に第一、第二の事件の時に、アリバイに関しては誇張しておいたのだから。


 アリバイを作る際に、彼はビデオカメラを用いた。悪くないアイディアだとは思った。しかしどうしてもあれは客観的視点に欠ける。本当にアリバイを証明したいのならば、どこかの漫画喫茶に泊まり、常に監視カメラに収まるか、数人の人間を雇って自分を監視させればよかった。共犯と言われる可能性を考慮して避けたようだが、雇う人数が多くなれば多くなるほど、こちらとしては共犯とは言いづらい。

 まぁ、金銭的、年齢的に考えて、あれが限界なのかもしれない。



 それぞれ甘い部分はあるにしても、彼はしっかりと大事な部分は抑えていた。

 

 提示された証拠を疑い、調べ、論理を破綻させようとする行動力。


 咄嗟に出された問いかけの穴を見つけ、論破しようとする思考力。


 そして何より。



『お断り、します』



 大切な人を守る為、全てをなげうつことができる、精神力。


「ふふ」


 本当はあそこで終わるはずだった。

 三番目の戦いで彼の心はずたずたに裂かれ、自分の奴隷ものになるはずだった。


 けれど、彼はあきらめなかった。

 絶望的な状況下で尚、諦めず、立ち向かう彼の瞳が忘れられない。

 あまりにも綺麗で、力強くて、思わず切り取って宝石箱に収めたくなってしまうような眼。


「いいじゃないですか」


 結局、彼は真犯人を突き止めた。

 人を堕落させ、行動を操ることを何より好む、あの自己顕示欲の化け物のしっぽをつかんだ。

 まさか自分が保険にしていた推理を披露されることになるとは思わず面食らったが、あの思考力は称賛に値する。


「いいじゃないですか、九条翔桜」


 口の中で転がすように、彼の名前を紡ぐ。

 従者たる騎士としての素養を持つ翔桜がどうしようもなく欲しい。

 傍に居て欲しい。

 抱きしめて欲しい。

 九条翔桜は、素晴らしい。


「ねぇ、もしあなたが、私の奴隷ものになったなら」


 素晴らしい。

 素晴らしいから。

 だから。

 だから、ね。


「私の事も、助けてくれますか?」


 遠くでコスモスの花が散った。


 誰にも聞こえないような、淡い淡い呟きは、季節の代わりを告げる冷たい風と共に、儚く散った。


ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。少しでも楽しんでいただけたなら、こんなに嬉しいことはありません。


本作品は一旦ここで完結となります。

終わり方が食後不良になりそうなので、練れ次第後日続きを書くつもりではいます。その時はまた目を通して頂ければ幸いです。ありがとうございました。

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