第1話「8桁の蝶」
ここは何の変哲もない高校。
何の変哲もない5時限目。
何の変哲もない数学の授業...のはずだった。
「今日は抜き打ちで小テストをするわ!
難関模試の過去問から8問厳選してきたの。
4択のマークシートだから安心してね」
突如そんな理不尽を振りかざしてきた数学教師、氷室 霞 。
掛けているその銀縁の眼鏡は、冷徹に輝いていた。
反面、生徒たちの顔はみるみる曇っていく。
「安心できねぇよ!俺ら高2だぞ」
「なんでそんなことすんのー!」
当然、ブーイングの嵐。
そして解き放たれた、先生の一言。
「だって…...昨日の合コン、成果なしだったのよ」
………
……
…
「知らねえよ!」
「もう1回行けよ!」
「じゃあ俺と付き合ってくれよ!」
ブーイング、加速。
ブーイングではないものも混ざっていたが。
「はい静かにして!私も鬼じゃないわ。
もし満点取れる人がいたら、
問答無用で今期の数学の評価5にしてあげる」
優しいのか優しくないのかよくわからないフォローをしつつ、
小テストが俺の手元にも回ってきた。まあやるだけやってみよう。
俺の名前は神城 蒼。
今まさに、結婚を焦る女性教師に小テストを押し付けられているだけの、
なんでもない男子高校生だ。ただ1点を除いては。
この小テストだが、正直なところ自信はあった。
数学は一番得意な科目だから。
早速手を付けてみたが、意外に解ける。
先生の好みなのか、関数問題が多めだ。
氷室先生はめちゃくちゃに見えて根が真面目なので、
これまでに習った範囲でギリギリ解ける問題が厳選されていた。
この優しさは、みんなには伝わらないだろうな...
クラスメイトたちの絶望が、それとなく肌で感じられる。
早々に全問解き終わってしまい、ヒマになってしまった。
今日は寝不足な上、昼食後の5時限目なのもあって、さすがに眠い。
机に突っ伏して寝ようとした直前、先生と目が合ったが、
先生は「もう解き終わったの?流石ね」とでも言いたげに微笑んで、
特に責める様子もなし。それでは甘えるとしよう。
シャーペンがカリカリと鳴る音と、頭を抱えるクラスメイトの溜め息が、
少しずつ遠ざかっていく。
午後の暖かな日差しに溶けるように、俺の意識は溶けて消えていった——
////
気が付くと、コンビニの店内にいた。
もちろんテレポートした訳じゃない。夢の中だ。
大手チェーンのようだが、来たことのない店舗だと思う。
そしてこの店内——
たったの2人しかいない。
コンビニの入口にいる俺。
そしてレジに立っているクラスメート、桐谷 麗奈。
桐谷は、校内でも美人で有名な、クールな雰囲気のギャルだ。
金髪のサイドテールで、いつも制服を着崩している。
今はバイト着のエプロンを付けているが、それでも伝わってくるくらい、スタイルが良い。
オタクの俺とは住む世界が違うという感じで、ほとんど話したことはない。
よく「オタクに優しいギャル」なんて概念を耳にするけど、
実際のところギャルはオタクに厳しくも優しくもない。
無関心であることが大半で、桐谷も例に漏れずそれだ。
掃除当番で一緒になったことがあるが、物凄く掃除の手際が良かった代わりに、
「ごめん、ゴミ捨てだけ任せちゃっていい?」と早々に帰っていった記憶がある。
丸々サボりはしないんだな...と少し感心した。ギャルに偏見を持ちすぎか。
夢の中とはいえ、このまま何も買わずに突っ立っているのも気まずい。
適当にサイダーの500mlペットボトルを手に取り、レジへと向かった。
「ポイント貯めますかー」
「大丈夫です」
「袋いりますかー」
「大丈夫です」
「お支払いどうしますかー」
「QRで」
夢の中だが、ポケットにスマホがあって良かった。
ピッ。
「あざしたー」
淡々と対応されていく。最近のレジって聞くこと多くて大変だよな...
つつがなくサイダーを手に入れ、店を出ようとする俺。
だが。
自動ドアが開かない 。
開かないというか、先がない。
外はホワイトアウトしているような感じで、街並みがないのだ。
そしてすぐ理解した。
これ、俺の夢の中じゃない。
桐谷の夢の中だ。
来たことのない店舗だったし、そんな気はしていた。
大方、桐谷のバイト先か何かなのだろう。
言っても信じてもらえないだろうが、俺は昔から、
同じ部屋で寝た人間の夢に侵入できる。
最初のうちは能力を自覚できず、
他人の夢に入っても自分の夢だと思って過ごしていた。
が、ある日そうではないことを知った。その話はまたいずれ。
どうやら桐谷も小テスト中に寝ていたらしい。
よくよく思い返してみると、桐谷はテスト開始と同時に
机に突っ伏していたような気がする。
俺の2コ前の席だから、よく見えるのだ。
普段居眠りをしない俺にとって、
クラスメートの夢の中に侵入するというのは
かなりのレアパターン。ほとんどやったことはない。
脱出不能のコンビニで、これといってやることもない。
会計を終えた俺は、そのまま桐谷に話しかけてみた。
「…小テストは解かずにすぐ寝ちゃったのか?」
「は?」
「俺はクラスメイトの神城。夢で会ったのも何かの縁ってことで...
ヒマ潰しに付き合ってくれないか」
「ああ、神城ね……小テストの話だっけ?そりゃ寝るよ、解けないしあんなの」
「そもそも先生の八つ当たりみたいなテストだしなあ」
「でもアンタなら解けるんじゃないの?いつも満点で褒められてんじゃん」
「一応全部解いたけど...俺もいま寝てるよ」
「何ソレ……まあ好きなだけ話していけば。どうせこの時間、客来ないから」
これといって共通の趣味もないし、桐谷のことをよく知らないから、
小テストのことを話題にするくらいしかできなかった。
見切り発車したものの、何を話そうか…と悩んでいたら、
今度は向こうから話しかけてきた。
「アンタさ......いつも家帰ったらずっと勉強してんの?」
「いや、全然。家事やって、妹の面倒見て、適当に寝るだけ」
「ふぅん、じゃあ天才ってコト?いいねえ...」
違う。
俺は夢の中での記憶と経験を現実世界に持ち帰ることができるから、
本当の(?)睡眠学習をしているだけだ。
ちなみに、俺が干渉した相手も同じことになるので、
桐谷もこの夢の記憶と経験は持ち帰ることになる。
今のところ、何の意味もないやりとりしかしていないけど。
そんなことを考えていたところで、桐谷はこう続けた。
「ウチの高校、成績悪いと補習あんだよね…アンタはそんなこと知らないか。
バイトできなくなるから勘弁してほしい」
「そんなにバイトしたいのか?」
「高校生やりながら家賃払うの、けっこうエグいんだよねー」
やれやれという顔をする桐谷。
俺は妹と二人暮らしではあるものの、家賃も生活費も親に振り込んで貰っている。
妹は手のかかる奴ではあるが、とはいえ高校一年生。
別に赤子のように手がかかる訳ではな…訳では、ない。
桐谷の方がよほど自立しているなと感じ、素直に尊敬できた。
仮に俺の能力を使って夢の中でたくさん稼いだとしても、現実世界にお金は持ち帰れない。
だからという訳でもないが、自分でお金を稼いでいる人間を、俺は等しく尊敬している。
そしてその敬意が、ちょっとした気まぐれを生んだ。
「今回の小テスト、満点取れば数学の評価5になるらしいけど」
「そんなこと言ったって、解けないよあんなの。意味ない」
「…23113214」
「は?何?壊れちゃったの?」
「23113214。今回の小テスト全8問の答え。これだけ覚えて急いで起きろ」
「何これ?神のお告げ的な?」
「強いて言うなら神城のお告げ」
「だる」
「まあ騙されたと思って回答用紙に書いてみて。白紙で出すよりは面白いでだろ?」
「23、11、32、14ね?タバコの販売番号は覚えてるから、銘柄に置き換えればいけそう」
「あ、もしかして吸ってる感じ…?」
「吸ってないっての!私のこと不良だと思ってるでしょ!!」
そのセリフを聞くと同時に、コンビニが徐々に消滅していく…
別に桐谷の怒りで世界が崩壊した訳じゃない。どうやら桐谷が目を覚ますみたいだ。




