第1話 あたしはアルセラ
「マティアス様! 一般鉱山のエネルギーで可能なダンジョン設計ができました!」
書斎のドアをノックして返事も待たずに開けて叫ぶ。マティアス様は苦笑いを浮かべながらたしなめる。
「アルセラ。返事を待たなかったらノックの意味がないよ」
「早く作りたいので早く見て欲しいです」
お行儀が悪いことはわかってる。でもね。設計したら早く作ってテストしたいのよ。防衛機構を入れるし、作物のために気候も何種類か管理しないといけないし、そんないろいろとしたら絶対に不具合が出るもの!
「わかったよ。まずは設計書を見せてもらうね」
マティアス様はそう言ってパラパラと設計書をめくっていく。ん〜、難しい顔をしているなぁ。
「すまない。書いてある内容が難解すぎて半分も理解できない」
なんですって?
「アルセラの資料としてはこれでいいのだけど、もう少し知識の少ない人が読んでもわかるように書き直したものを用意して欲しい」
ああ、これ前世でも言われた気がするわ。仕様書が難解すぎて使う人が全然理解できなくて、結局チェックもうまくできないからあとからいっぱい不具合が出て……ああ、黒歴史だわ。
でも結局あたしにも一般的な知識ってどこまであるのかわからないからわかるようにって言われても書けないのよ。
「うう〜、なんとかしますぅ〜」
できると思えないけどねぇぇぇ。困ったな。
「ルドルフ、一回読んでどこがわからないか教えてあげて」
「かしこまりました。設計書をお預かりします」
部屋の角で待機していたルドルフさんが設計書を受け取って目を通していく。
この人、いつもマティアス様の側にいるのだけど、いるとわかっていても気配が全く感じられないのよ。プロの執事って本当にすごいのねぇ。
「……ほぼ書き直しですね」
「ルドルフでもそう思うのか」
ええ〜!
「まずはもっと簡潔な全体の企画を伝えるものを。それで承認された時に開示する詳しい内容で分けましょう」
それってほぼどころか全部書き直しってことだよね。む〜! 仕方ない。これは作ってあげたい内容のダンジョンだし、頑張るか……
あたしの名前はアルセラ。エルフとして生まれたけど、日本人として過ごしていた前世の記憶ももっている。さすがにそれは誰にも打ち明けてはいないのだけど。
日本人の記憶からダンジョンあったら便利そうって作ったら、森を追い出されてしまったのよね。
そしてさっきからあたしの相手をしてくれている人はマティアス・ベルノルト子爵。
あたしがエルフの森から追放されて、行き先に困って人が寄り付きそうにない山にちっさいダンジョン作って住んでたら近くで盗賊に襲われていた人。怪我はなさそうだったのだけど、貴族様をそのまま歩かせるわけにもいかない。そう思って迎えがくるまで、しばらくあたしのダンジョンで暮らしていたのよね。
そのダンジョンではあたしが住みやすい様に故郷に近い森にしていたから「この技術で農場を作れないか」ってスカウトされたのよ。
その時に提示された契約内容は、国にダンジョンでの農業展開を提案して認められるまでの衣食住の保証だった。
マティアス様は国にダンジョンを作ることを承認させて場所や材料、人員の確保を交渉してもらう。あたしはその後でダンジョンの技術を提供しつつ、空き時間は全て研究に費やさせてもらう。ものすごくあたしに利益がある内容なのよね。なんか騙されているんじゃないかってくらいに。
その交渉のために今はどんな技術が提供できますよって国へのプレゼンテーションの資料作りの段階ね。全部没だったけど!
このドゥルガルド王国は山が多いから、鉱石は豊富に採掘できるけど農作物はほとんど輸入に頼っている。天候不良なんか起こるとすぐに飢饉に陥るらしくて、農業問題はとても深刻らしい。
そんな事情なのに洞窟の中にわさわさ木を生やしているのを見たら、そりゃ縋りつきたくもなるわよね。そんな人道的な理由なら力になってもいいかな〜って思うし。
今までの経緯を思い返している間にルドルフさんが全体の企画として書き出すポイントをまとめて書き出してくれる。
え、これでよくない?
「ダメです。噛み砕いた内容を詳しく、もう少しだけつけ加えて書き直して下さい」
……あたし、声に出ていたかしら?
「はぁい、がんばりまぁす」
お時間ありがとうございました、と部屋を出る。礼儀知らずとはいえ、忙しい時間を割いてもらったからお礼は言うわよ。
書き出し二日、再考一日で合計三日かしらね。企画書だけで。やれやれ。やっぱり書類って苦手だわ。
アルセラが執務室から出て行き、小さな足音が遠ざかっていくと、ルドルフが小さくため息をつく。
「マティアス様、アルセラを信用しすぎではないですか?」
「アルセラを信用しているかと言ったらそうでもない。ただあれは自分の欲に素直だ。そしてその欲のもたらすものはこの国に必要だ」
「技術が高いことは認めますが…」
見せられている技術が高すぎて理解ができないものだから警戒する。その気持ちはわからなくもない。
「私が気が付かないところで流れが変わりそうなら教えてくれ」
「承知いたしました」
まだ始まってもいない話だからこの辺りで終わらせなければ、話していたところで結論など出ない。
それに領地に作るわけでもないからな。直接アルセラに関わる時間はそう長くないだろう。
ダンジョンを作るには濃い魔素か地脈が必要らしい。この国であれば鉱石が取れる山がその条件に当てはまるらしいが、残念ながらベルノルト領には鉱山がない。せっかく見つけた素材なのだから手元で育てたかったのだが、条件が整わないのではな。
「資料はいつくらいにできそうだ?」
「十日は必要でしょう」
「ではそれくらいに宰相様へ謁見の確認を」
「手配します」
あまり予定に余裕がないのは良くないのだが、着手したからといってすぐにできるものでもないからな。早い方がいいだろう。
作ると決まった後でどの領地にするかもすぐに決まるとも限らない。あまり強欲でない領主に当たれば良いが……




