其れは「もの」の「ことはり」
これで完結です。
黒のドレスを揺らめかせながら、モルテは歩く。
「モルテ! 歩くのが速すぎます!」
息を切らしながら声を掛けるのは、銀の生神――ゲルミナスだ。
モルテは振り返る。彼女のまとう黒のドレスには、銀の星が散らされて、陽の光をきらきらと反射していた。もはやこれを喪服と見る者はいまい。
(ゲルミナスが遅いだけだよ)
モルテはゲルミナスを指差し、指二本で人の足が動くように「歩く」、そして汗を拭う仕草をした。
「なっ、『私の体力がないだけ』!? 言いましたね、モルテ!」
(本当のことじゃーん)
タンッ、と軽やかに跳ぶ。弾けるような笑顔で振り返った。
あの後。額に口付けられたモルテは石のように固まった。というより、照れた。
ほんの少し触れただけの額は、とても熱く、自分の体温と錯覚するくらい。
そして、自分から抱きついてしまった事実に大いに動揺したのであった。
ゲルミナスは、それから甘さが強まりつつも、これまでのように「物理馬鹿」は健在だし、時折モルテも脛を蹴る関係は変わっていない。
いや、甘さが強まったんだった。隙を見て手を握ろうとしてくるし、抱きしめられることもしばしば。まあ、それに甘んじているモルテもそれなりに、である。
(そう言えば、天界はなんて?」
上を指差し、首を傾げる。
「ん? 上……? 空?」
違う違う。もっと上? あれ、天界ってどう表現したら?
モルテは自分の翼を指差した。あ、とゲルミナスは思い出したかのように口を覆った。
(あれは完全に忘れてたな。どうでもいいことだったのかな?)
「忘れていました。モルテの方が重要で……。そう、『上』が言うには、我々、天界へは戻れないそうです。ここで、世界を見つめろとのお達しです」
それって――。
(ゲルミナスも「追放」ってこと!?)
なんてこと、と顔を青くしたモルテに、ゲルミナスは慌てて両手と首を振った。
「違います違います! 追放じゃありません、放任です! 放置です放置! 命は地上で営まれるので、一番近いところで見守れということです」
(そっか、よかった)
「それに、天界に戻ったらそれはそれで面倒……いや、何でもありません。邪魔なく二人いられますからね」
(ん……? う、うん)
照れるからやめてほしい。
そうだ、と彼はモルテの白い片翼にそっと触れた。
「翼、仕舞い方を教えましょうか? 片翼では、歩く時バランスが取りづらいでしょう?」
ああ、そう言えば。でも、何でゲルミナス知ってるの?
首を傾げ、じっと見るモルテに、ゲルミナスはほんの少し顔を赤くした。
「……引かないでくださいよ」
彼は、その翼を「広げた」。
(……!)
モルテの翼の、反対側に付いた片翼。色は宵のように黒い。
「……アナモルテは、白黒の翼を一対として持っていました。それを、私たちで分けた結果がこれです。『生』は、この世界を染め上げる黒、『死』は、全てを還す白」
(逆に思えるのに)
「つまり……、私たちは二人一緒でないと『空を飛べない』んです。でも、二人一緒なら、『どこにでも行ける』んです」
(!)
それはとても、自由な束縛の言葉だった。
結局、ゲルミナスは翼の仕舞い方を懇切丁寧に、堅苦しい説明をした。よく分からなかったので、モルテは気合で仕舞った。
(おお、軽くなった……!)
そしてやっぱりどさくさに紛れてぎゅうと抱きしめられた。翼がない分、苦しくて、くすぐったくて、あたたかかった。
「ここです、ここ!」
二人が辿り着いたのは、一つの湖。
澄み切った水は、底まではっきりと見える。水底に沈んでいる木の枝は腐らず、まるで時を止めたかのようにそのまま。
特徴的なのは湖の色。強烈なエメラルドグリーンが目に突き刺さる。空の色とも、海の色とも違う、青というより翠。
周囲は木々で囲まれ、気温の高い季節であるにも関わらず、ひんやりとした空気が漂っている。
(不思議……。この色は何で?)
モルテは湖を指差し、ゲルミナスを見上げた。
「綺麗でしょう? これは、山から湧き出る伏流水だけで満たされた湖で、不純物がものすごく少ないんです。だから、水分子が効率よく赤の光を吸収し、青みがかった翠に見えるんです。それと、水底から水が湧き出ていて、砂の粒子や微細な粒子が水中を舞っています。それらがこの深い翠の光を分散――『チンダル現象』を起こして、こんな美しい湖にしているんです」
静謐で、自然界が生み出した奇跡。
「この世界には、もっともっとたくさんの『理』が隠れています。モルテ、貴女に見せたいもの、教えたいものがたくさんあるんです」
湖を眺めながらゲルミナスはその瞳を輝かせながら言う。
(うん。見たいかも)
ゲルミナスと一緒なら、どんな摩訶不思議現象でも「理」にしてくれる。
(あ、今なら――)
ちょっと触れてもいいかな。
モルテはゲルミナスの服を引っ張って、少し背伸びをする。
「え? モルテ、どうし――」
ちゅっ。
振り向いたゲルミナスと、背伸びをしたモルテの唇が重なり合った。
(あ)
ちょっと角度的に曲げすぎた。頬に、とか思ったのに。
「……? ……!! ……!?」
ゲルミナスは爆発したかのように顔を真っ赤にして。
「えっ!? はっ!? モル……っ!?」
ぐらり。
そのまま湖に背中から落ちた。
(わあっ! ゲルミナスー!?)
ザッパーーンッ!
静かな湖畔が大きく波打って、また静かになる。
彼は湖の中に座り込んで、真っ赤になった顔を冷やすかのように、しばらく顔を覆っていた。
「えっと…………。不意打ちすぎます」
(あー……。ごめーん)
ふは、とモルテは花が綻ぶように笑った。
この世には、目に見えない小さなものから、宇宙の果ての、とてつもなく大きなものまで理だらけだ。
その「魔法」を紐解いていこう。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました!
こんな、訳わからん話なのに、アクセスしてくださるなんて……!
もし、他に不思議現象がある、なんて時、コメントいただければモルテとゲルミナスが訪れて解説する、なんて番外編も書いてみたいですね。待ってます。




