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ある熟年夫婦の場合  作者: つよきち
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それが生きるということ

誠一はふと自分の手元を見た。

「蚊に刺され」の痕だった。

それはきっと2日前に祥子と出掛けた時に刺されたものだろう。

痒みはもうなかったが、掻きむしっていた痕があった。

眠たい。

誠一は逆らうことができないような眠気に襲われた。

そのまま目の前にあったリビングのソファに横たわった。


どれほど時間が経っただろうか。

電話の着信音で目が覚めた。

時計は15時を指していた。

誠一は無意識に会社に何て言い訳をしようか考えていた。

どんな言い訳をしようが大変なことには変わりなかった。

だから言い訳なんて考えても意味がないはずだった。

でもその意味のないことを一生懸命考えることが、もしかしたら生きるということなのかもしれない。

そうやって誠一は今まで時間を費やしてきたのだ。

それが生きるということ。

誠一はなんとなくそれが間違っていないような気がした。

誠一は途端にどうしようもなく虚しく感じた。

知らなくてもいいことと言うのはこういうことなのかもしれない。

しかし、すぐにそれは違うということに気づいた。

誠一はその真実に近づいた時、今度はどうしようもない喪失感に襲われた。


何が正解だったのだろうか。

正解なんて最初からなかったのかもしれない。

何がどうしようが、自分が自分である限り、最初から結論は変わらなかったのかもしれない。

誠一の腹が鳴った。

誠一は誠一の気持ちとは関係なく、自分の身体が生きようと藻掻いていることを知った。


誠一はシャワーを浴び、出かけることにした。

冷蔵庫を開けたくなかった。

デリバリーをするために電話を使いたくなかった。

消去法でいくと、外食しか残っていなかったのだ。

コンビニで済ませても良かったかもしれないが、誠一は家にいたくなかった。

祥子の痕跡があるもの、全てから断ちたかった。

それは前進なのかどうかも分からなかったが、誠一はその感情に従うことにした。


考えてみれば、誠一はもともと自由な人間だった。

生活費のために働くことも、仕事が終わったら家に帰らなければならないことも、全て自由がなかった。

でもいまはそのどれも羨ましく、誠一がどんなに望もうが手に入らないものとなってしまった。

人間とは我儘なものだ。

手に入らなくなってから、その有難みを知り、それを望むようになる。

もしかしたら手に入らないからこそ、望むのかもしれない。

だから本当に望んでいるものは何もないのかもしれない。


誠一はようやく自分の気持ちを落ち着かせる考えに至ったが、それでもまだ祥子の存在を求めていた。

人間というやつは。

誠一は必死にそう哀れみを込めて、考えを封じ込めようとしていたが、そもそも人間だからというわけではなく、それは誠一だからだった。

でも誠一は、それを認めることができなかった。

誠一は祥子が戻ってきてくれるのであれば、何も望まなかった。

でもそれは叶わない夢だと知っていた。

それでもどうしても望んでしまう自分がいた。

そしてそれと同じくらいそんな自分から解放されたかった。


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