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ある熟年夫婦の場合  作者: つよきち
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妻が誰だか分からない

妻の名前は祥子だ。

でも私は妻を名前では呼ばない。

子どもが生まれてからは「母さん」になった。

子どもが自立してからも癖で「母さん」だ。

でもその「母さん」さえ、いつ呼んだかもう思い出せない。



「離婚なんてしてどう生活していくつもりなんですか?」




正人は自分のアカウントを作り、祥子にメッセージを送った。

でも、しばらく祥子からは何も連絡が返ってこなかった。

自分の送ったメッセージを何度も確認した。

ちゃんと送れているのだろうか。

もう一度送ってみようと思っていた時だった。

祥子から返事が来た。


「私自身そう思って今まで耐えてきたんです。でももうその我慢ができません。私は自分の人生を生きたいんです。主人のためには生きたくありません」


まるで夢を見ているようだった。

これは本当に現実なのだろうか。

もし夢ならばこの悪夢から早く解放されたい。

祥子に何て返せばいいか分からなかった。



誠一は、最近祥子と一緒に映画を見たことを思い出していた。

その映画は『ビューティーフルマインド』だ。

誠一はそれを独身時代にも見たことがあったが、その時は前半のストーリーを裏切るまさかの展開に興奮した。

でもこの映画の凄さはそんな程度ではなかった。

献身的な妻の姿、家族の愛の絆に胸が熱くなった。

同じ熟年夫婦の在り方として羨ましかった。

自分もいつかあの夫婦のように互いの愛を育てていけるのだろうか。

そしていつかその愛に震えることができるのだろうか。

自分の家族を思い出し、その在り方を心に誓ったものだった。

あれを祥子はどう見ていたんだろうか。

あえて言葉はいらないと思っていたが、それはまた誠一の思い違いだったのだろうか。


「好きな映画は何ですか?」


唐突ではあったが誠一にとっては、肝心な質問だった。

誠一は今度は映画の内容ではなく、あの時祥子が何を話していたか思い出そうとしていた。

思い出すまでにしばらく時間がかかった。

たしか祥子は「プレシャスが見たい」と言ったはずだ。

でも誠一はどうしてもその映画は見たくなかった。

主人公の前向きな性格と子どもに対する深い愛情で忘れてしまいそうになるが、あれは救いようがないくらいの悲劇だ。

主人公の一見明るい性格は貧困と虐待がもたらす無知と無関心。

同じ子どもを持つ親として、私はその母親に殺意さえ覚えたほどだった。

以前あの映画を見た時、しばらく気持ちが落ち込んでしまい大変だったのだ。

あの時、祥子はどうしてあの映画が見たかったのだろうか。



翌日、祥子から返事が返ってきた。


「映画は嫌いです」


誠一が祥子だと思っていた人物はいなかった。

誠一は、祥子が本当は誰だったか全くわかっていなかったことに今更ながらに気づいたのである。



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