未練
やっとのことで横山に解放されて、家に着いたのは9時半をまわったところだった。
誠一が家に帰るとちょうど祥子が玄関にいた。
もしかしてずっと待っていたのだろうか。
そんなはずはない。
玄関で祥子と会った時、祥子から「おかえり」の一言はなかった。
「水飲む?」
珍しくお酒を飲んで帰ってきた誠一を祥子はそう気遣ってくれたのだった。
少し飲みすぎたようだった。
誠一はそのままリビングのソファで寝ていた。
気づいた時は夜中の2時だった。
電気が消され、誠一には毛布が掛けられていた。
毛布は祥子が気に入って使っている柔軟剤の香りがした。
その香りが愛おしくて、毛布を頭まで掛けて、また寝た。
次に目を覚ましたのは、いつも通りの時間だった。
誠一の場合、目覚まし時計を掛けなくても自然に体が覚えていて、大抵の場合起きられる。
朝5時の薄暗い部屋の中は、いつもと変わらない感じがした。
なんとなく何事もなかったかのようにまた過ごされてしまった。
思い返せば、誠一と祥子の場合、いつもそうだった。
何かあったとしても、そのまま流されてしまう。
いつからだろうか。
もしかしたら最初からかもしれない。
祥子はずっと無理をしていたのだろうか。
誠一はまた祥子のことを想っていた。
誠一は毛布を丁寧に畳み、ソファの上に置いた。
そして祥子がいつも座る椅子を見た。
そこに祥子はいなかったが、誠一はそこに祥子を探していた。
やはり少し無理をしたせいか、身体が重たかった。
スマホを見ると、横山から着信があった。
昨日の22時だった。
なんだろう。
誠一は面倒だと思ったが、後で電話をしようと思った。
「実は今日か明日にでもハジメを祥子さんに会わせようと思っているんです」
唐突だった。
そんなこと頼んだ覚えはない。
「祥子さんに訪問販売で伺う時に、ハジメとのやりとりを匂わせてみようと思って。もちろん、無理はしませんよ」
横山は一方的に話を進める。
誠一は相槌すら打てていない。
「すいません。ちょっと出先なのでまた掛け直しますね」
そう言って、一方的に電話を切られた。
誠一は反対だった。
そんなのうまく行くわけないし、ハジメは誠一なのだ。
ハジメを横山に奪われるのがなんとなく嫌だった。
誠一はその後横山に何度も電話を掛けたが、横山は電話に出なかった。




