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ある熟年夫婦の場合  作者: つよきち
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自分のままではいられなかった

横山のスマホが鳴っていた。

誠一に「ちょっと電話」と言うと、横山は席を外し、外に出た。

店に誠一がいることを確認し、鳴り止んでしまった電話に掛け直した。


「大変失礼いたしました。横山探偵事務所です」


その声は誠一には届いていなかった。




横山が戻ると誠一のジョッキには、もうビールが入っていなかった。

断る誠一に横山が無理やり「あと一杯だけ」と、店員にジョッキをもう一杯頼むと、誠一は大きくため息をつくのだった。

誠一は早く帰りたかった。

これ以上、横山の話を聞くのは無駄だと思っていた。

それよりももっと自分にはしなければならないことがあるのではないのか。

でも祥子と面と向かって話す気にはなれなかった。

それでも横山と話している場合ではないとも思っていた。

横山はそんな誠一にはお構いなしに、また自分のことを語り出した。


「昔、自分は何でもなれると思っていた。何でもできて、どこへでも行けると思っていた」


いったい今度は何が言いたいんだと誠一は思いながら、面倒くさそうに、腕時計を見た。

時計は9時をまわっている。

横山は誠一に共感してもらいたいのだろうか。

それとも同情してもらいたいのだろうか。

誠一は横山が何を求めているのか分からなかったが、そのどちらもする気はなかった。

自分はきっと捻くれているんだろうな。

そんなことを考えていた。

横山は意味あり気に笑った。

それはきっと自嘲しているんだろう。

それとも誠一のことを笑っているのか。

そんなはずはない。

誠一は横山の話よりも、店員が運んできたビールに興味を向けた。

誠一は基本的に他人に興味がなかった。

そういうところなのかもしれない。

誠一は祥子のことを想っていた。


「どんな爺さんになりたかった?」


そんなの知るか。

内心、誠一はそう毒づいていたが、そういうところだとまた自分を顧みていた。


「サンタクロースみたいな」


誠一は珍しく冗談を言ったつもりだった。


「僕もそうなんですよ」


横山は目を輝かせてそういうのだった。

誠一は内心、「しまった」と思っていたが、一緒に笑った。



いつからだろうか。

誠一は自分を振り返っていた。

昔はよく笑っていたような気がする。

それに自然が好きだった。

それがいつからか、そういう自分のままではいられなくなった。

誠一は誰よりも自分が弱いことを知っていた。

誠一の場合、社会で生きていくためには、自分を守るために、自分の感情を出さない方が生きやすかった。

それが誠一が社会で生きていくための戦略だったのだ。

誠一は感受性が強いとよく言われた。

でもそれは芸術的なセンスがあるというよりも、傷つきやすく繊細だという意味で言われているということは誠一もよく自覚していた。

誠一は自分でもサラリーマンは向いていないと思った。

でも生きていくためにはそんなことは言っていられない。


社会に疲れていた。

それは言い訳だ。


誠一は祥子に甘えすぎていた。

祥子は、最も大切にしなければいけない人だったはずだ。


祥子は特別だと思っていた。

祥子だけはどんな自分も受け止めてくれているだろうと思っていた。

そう信じていたのだ。

でも違った。


横山は相変わらず、サンタクロースに浸っているのか、嬉しそうに何か話していた。

誠一は早く家に帰らなければならないと思いながらも、家に帰るのは憂鬱だった。


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