2404話 黒銀式用兵術
一方その頃。
ファント近郊の森の中。
索敵隊列を組み、進行するフリーディア達の前には、ぽっかりと口を開けている大きな洞窟があった。
その前には、焚き火の跡や物干しなど、この場所を拠点としていたであろう明確な生活の痕跡が残っていた。
「総員集結。サキュド。先行偵察をお願いできるかしら?」
「えぇ、アンタとアンタ、一緒に来なさい」
「ハッ……!」
「えぇっ……!? わ、私……ですか?」
フリーディアの指示を受けたサキュドは、不機嫌を露わにしているものの頷きを返し、黒銀騎団の兵を一人と、フリーディアに随伴していた白翼騎士団の騎士の中から、一人を指名した。
指名を受けた黒銀騎団の兵は機敏な動きで前へと進み出て、敬礼を以て返事を返すが、白翼騎士団の騎士は戸惑いを露にフリーディアへ視線を送る。
「大丈夫よ。リコリシア。だから、お願いできる?」
「ッ……! は、はいっ!! よ、よろしくお願いします!!」
「フン……」
「貴女の事だから承知していると思うけれど、リコリシアはまだ戦いに慣れていないわ? その辺り、よろしくね?」
サキュドの指名を受けた騎士、リコリシアはフリーディアの言葉を受けて進み出ると、緊張に肩を震わせながら姿勢を正す。
そんなリコリシアに、サキュドと指名を受けた黒銀騎団の兵は冷ややかな視線を向けるものの、小さくため息を漏らしたフリーディアは笑顔でサキュドに念を押した。
旗手であるリコリシアには、元来戦闘の心得はほとんど無い。
その代わりに、人一倍体力と持久力はあり、以前テミスにそこを買われて特別任務に就いて以降は、リコリシアからの熱い志願により、通常の騎士としての訓練も施し始めている。
報告では生真面目に訓練に取り組み、脅威的なスピードで実力を伸ばしてこそいるものの、フリーディアの目から見てもまだまだ一人前に戦えるとは言えない段階だった。
「当然よ。アンタ達は伝令。戦闘はアタシがやるから邪魔をしない事。テミス様に随伴したっていうその実力、見せてもらうわよ?」
「ッ……! が、がんばります……!!」
フリーディアの念押しに、サキュドは肩を竦めて鼻を鳴らすと、リコリシアに視線を向けて不敵に微笑む。
以前のヴェネルティとの戦いで、リコリシアはテミスに随伴した経験があり、彼女自身もそれを誇りに思っていた。
しかしその実は、テミスと大きくかけ離れた実力の所為で、ほとんどテミス頼りであった自覚はあり、サキュドから向けられた挑発的な視線に、リコリシアはただ引き攣った微笑みを浮かべて頷く事しかできなかった。
「じゃ、行ってくるわ。後詰めはどれくらいの予定かしら?」
「集結と配置が終わってからだから、早くて十分……慎重を期して十五分といった所かしら?」
「アンタ、黒銀騎団を舐めすぎよ。集結と再配置なんて五分で済むわ。後詰めの出撃は十分後、何事も無ければその頃に伝令を走らせるから」
「……了解よ」
それだけを言い残すと、サキュドは不敵な微笑みを湛えたまま、指名した黒銀騎団の兵とリコリシアを連れて、洞窟の中へ悠然と踏み入っていく。
本来ならば、罠の類が仕掛けられている事や、相手が既にこちらの接近を察知して待ち伏せをしていた時に備えて、もっと慎重に進むべきではあるのだが、どうやらサキュドにその気は無いらしい。
たとえ罠であろうと待ち伏せであろうと、その手に現出させた紅槍ですべて薙ぎ払うつもりなのだろう。
「やれやれね……って、あははっ! この溜め息、まるでテミスだわ?」
サキュド達の背中を見送りながら、フリーディアは小さくため息を吐いた後、一人で面白くなってクスクスと笑いを零した。
もしかしたら、卓越した指揮を見せるテミスも、毎回こんな気持ちなのかもしれない。
そう思えば思う程、フリーディアは己が心が奮い立ち、力が湧き出て来るのを感じる。
「ッ……! なら、私のやるべき事は一つねっ……! あなたは入り口付近の残留痕跡を調べて頂戴。あなたは周辺警戒を、そのまま残留部隊の分隊長を命じるわ。残留部隊は追って指示をします」
心を決めるや否や、フリーディアは残った兵達へ機敏に指示を出すと、近く落ちていた手頃な木の枝を手に取って、地面にガリガリと略図を描き始める。
フリーディアは今回の作戦に参加している者達の名前をすべて記憶していた。
ならば、終結後に各員の報告や状態を見て聞きながら再配置案を作り上げるよりも、彼等が集結してくるこの時間に再配置案を作り上げてしまえば、大幅に時間を短縮できる。
その分、精度に若干の不安は残るものの、先行したサキュド達の安全を考えるのならば、完全で完璧な用兵ではなく、不完全でも柔軟な用兵が最適だろう。
「総員! 手を動かしながらでいいから聞いて! 集結後は即座に作戦行動を開始するわ! 心の準備をしておいてっ!」
フリーディアは足元に書き記した略図に配置を書き加えながら、周囲で作業に取り掛かり始めた者達に声をかける。
そんなフリーディアの指揮に、兵達は機敏な動きで己に課された仕事を捌きながら、威勢の良い返答を返したのだった。




