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1章 5-1  『人間についての希望的観測』


 ――アルバは迷っていた。

 ガタンゴトン、と揺れるその日、蒸気機関車は嘶きのごとく激しい汽笛を上げ前進する。

 そこは旧フランス領の東に差し掛かるところだった。木の葉が車両にぶつかりそうになるほど生い茂る密林で、アルバたちの乗る蒸気機関車は悲鳴を上げていた。


「駄目だ! 木の葉が邪魔でスピードをうまく上げられない!」

 その傍らでソルが叫ぶ。アルバはその声で顔を真っ青にした。

「そんな……すぐそこにあいつらが……渡り鳥の一族が追ってきているのに!」

 そう、アルバたちは今現在、紅い目を妖しく光らせる集団……渡り鳥の一族に襲われていた。


     ◇


 事は数日前にさかのぼる。それは蒸気機関車が密林に入る前、アルバたちはとある原っぱで補給を受けていた時のことだった。


「俺たちは明朝、ここから旧フランス領の東部へ行き、旧スイス領にあるシェルターへ行く」

 先頭車両でソルが呟いた。そこではこれからのことを旧フランス領西部のシェルター代表だったティミッドと話していた。ティミッドはソルが広げた世界地図に指をさしながら言う。

「ではやはりこの密林を超えていくしかないんですね」

 アルバは炭水車の上からそれを聞いていた。


 旧フランス領の東。そこは水が豊富なこともあって密林地帯になっていた。

 木々がうっそうと生え広がる中をこれから越えなければならない。

 ……とはいってもレールに沿って行けばいいから道自体は迷わなくて済むはずだ。

 問題は、

「そこに渡り鳥の一族がいる」

 ソルは書類を片手に取って呟いた。そんなソルの顔は険しい。

 無理もない……とアルバは思う。補給車から届けられたその書類の内容をアルバも知っていた。


 結論から言えば、四年前アルバを襲ってきた渡り鳥の一族の集団がついにここまで来たらしい……彼らは潰えていなかった。

 ソルの父、ライオがその命を盾にしてアルバとソル逃がしてくれた時の事が脳裏をよぎる。それがすべて無駄なことだと知ったソルの心境は計り知れなかった。


 だけど、ソルはあくまで平穏のままティミッドに状況を伝える。

 支援組織の偵察隊によれば彼らは旧ドイツ領を経由して密林に入り浸るようになったそうだ。そこから情報を集めるために、渡り鳥の一族の集団は今もフランス東部を中心に活動を広げている……とのことだった。


 アルバは空を見上げた。空は鉛色で、雨が降りそうだった。


「引き返す……って、選択はないんですよね?」

 ティミッドは渋い顔で質問した。おそらくわかっていたのだろう……それが無理なことを。

 まるで打ち合わせしたかのようにソルは苦笑いして頷く。

「悪いな、旧フランス西部から西のシェルターはもうないんだ……イギリスに戻るとしても港は旧ポルトガル領の端。補給が済んだとしてもたどり着けるかどうかわからない。それに――」

 ソルが口ごもる。一方でアルバは俯いた。『それに――』の先の言葉を連想したからだ。


『それに――イギリスがティミッドたちを受け入れてくれる保証はない』


 そう支援組織ロールアウトは、もといイギリスはもう受け入れる定員を超えている。

 当たり前だ、小さな島国に全世界の人間が入るわけではない。だから支援組織はシェルターを作る計画をうったのだ。危険だとしても、受け入れられない人たちにどうにか生きてもらうために。


 そして、それは密かに秘とされてきたことだ。たとえ仕方ないことだとしても、自分たちだけ不遇に扱われていればシェルターの人々の中から暴徒や混乱が起きる。

 だからこのことはシェルターの代表の耳にしか入らない。そしてシェルター代表はそうならないように努めて、今の時代が成り立っていた。


「…………」

 少しの沈黙と湿った風がなびく。

 その雰囲気を切りたくてアルバは飛んだ……炭水車から飛び降りた。

「おい、アルバどこ行くんだ」

 とっさにソルが声をかけた。アルバは振り返りながら呟いた。


「ちょっと猫さんに別れの挨拶をしてくる」


     ◇


 そして、明朝出発してから数日後。なるべく迂回路を選びながらアルバたちは旧フランス東部に差し掛かった。

 だけどまるで行動を読んでいたかのように渡り鳥の一族は待ち伏せをしていたのだ。


 数は五。赤い短髪青年を筆頭に動いているのは確認済み。

「大丈夫だ! 俺が何とかする!」

 ソルは断言しましたが、眉間に皺をよせ爪をかじる様子からして未だ妙案は出てきていないようだった。何より運転に集中してそれどころでもなかった。ここは視界が開けた場所じゃない。下手をすれば横転も考えられる。


 一方で背後の一般車両からは今は無きシェルターから連れてきた住民たちが喚いたり泣き出したりしている。ティミッドが声援をかけているが、彼も心中恐れているだろう。

 それにいつまでこうするわけにもいかない。荷物が支援物資とかならまだいい。でも、人が乗っている一般車両に取りつかれたらアウトだ……全員呪われる。


 ――それだけは駄目だ!

 アルバは最悪の事態を想像した。今まで呪われた人たちの末路が脳裏をよぎった。

 そうならないためにどうすればいいか……アルバは決断します。


「僕が囮になる」


「はっ!? 何バカな事」

「一族は僕を狙っているんだ。僕がいなくなれば追ってこない!」

 アルバは炭水車を渡ります。『な、おい、待て!』と振りかえるソルを無視し、アルバは一般車両の梯子から天井に上がる。


 開けた視界の先には木々の枝を伝って迫ってくる五つの紅い目。アルバはその妖しく光る者に向かって走り出した。帽子が向かい風で吹き飛び、中から半分だけ赤く染まった長髪が姿を見せつける。


「くそっ、必ず助けに行くからな! 凌げよ!」


 ソルの言葉と同時にアルバは蒸気機関車から跳び下りた。


      ◇


 密林はまるでそこにあるもの全てを隠すように葉を広げていた。

 太陽も、空も、地面も……まるで迷宮に迷い込んだ気分だった。一度立ち止まって考えたくなる。


 だけどそんな余裕はない。アルバはその葉をぶかぶかな手袋で掻き分ける。その後方には渡り鳥の一族が追ってきている。

 あの後、渡り鳥の一族はアルバが密林に跳び込むと思惑通り止まった。スピードは出ていなかったが、蒸気機関車に追いつくほどの速さで走っていたせいのだ。慣性に逆らえなかったらしい。

 急には止まれず、手を伸ばすが、アルバを捕まえることはできなかった。


 しかしそのタイムラグはもうほとんどないと言っていいだろう。

 あと数分すれば追いつかれる……どこか身を隠す場所を探さなくてはならない。


 その時、一歩踏み込んだ足が力を失くして崩れる。地面が消えた……いや、地面がなかったのだ。精一杯広げた葉が地面を隠し、地続きだと勘違いしてしまった。

 葉が体重を支えきれなくなってその身を傾ける。その先にあったのは崖だった。


「うそ――――」

 そう呟いたアルバは成す術なく崖を転げ落ちる。突き出した岩がアルバの肩や足に擦り傷を作り、パンチに近い衝撃をアルバに何度も打ち付ける。それだけでも気が遠くなりそうだった。そして、最後に地面から一番強い衝撃を頭に食らう。


 視界がぐにゃりと歪んだ。方向が、光が、自分がわからなくなる。自分は一体何なのか、どんな存在だったのか……。

 だが、それで済んだのは行幸だろう……もし人間だったら即死だった。


「誰?」


 声が聞こえる。小さな女の子の声だった。誰だろう……だけどもう体は動かないし、動けない。動かし方を忘れた。


「大丈夫?」

「駄目だよ、マルール。皆にばれちゃう、行こう!」

 ただふいに目の前にいるのは二人組の女の子だと思った……。


     ◇


 そして、アルバは目を覚ました。


 ワンフロアーのロフト付き。瞼を開くとそこはいつもの蒸気機関車の景色ではなく、丸太で作られた小さなログハウスの壁や床だった。そこに置かれたベッドにアルバは寝そべっていたのだ。

「あれ、ここは……」

 ベッドから上半身を起こすと体中のあちこちが痛む。だが、そのどれもが手当てされていた。その中で一番痛い頭を押さえると、背後から声がかけられる。

「あまり動かない方が良い。崖から転げ落ちた時に頭を強く打ったようだ」

 振り返ると、そこには木製の椅子に座り、読書に勤しむ赤髪短髪の青年がいた。


 青年はオーバーオールを身にまとい赤く染まりきった短髪をなびかせていた。その手には微かに赤いシミがこびりついている。間違いない……。

「渡り鳥の一族!? なぜ……」

 すると、『おや、お忘れですか?』と渡り鳥の青年は本を閉じ、流暢に口を動かします。


「あるところに整備士の少女と機関士の少年が蒸気機関車で旅をしていました。彼らはとある事情で人間を運ぶ最中、渡り鳥の一族に襲われ、整備士の少女は機関士の少年の反対を押し切り、人間をかばうために一族に体当たりをして退けました。しかし逃げる最中、少女は崖に落ちて気を失い、一族に連れ去られてしまいました……ってところでしょうか。あ、この話で言う『渡り鳥の一族』は僕、リヤンで。『整備士の少女』は君、アルバさんですよ」


 その説明口調に誘われ、アルバも少しずつ昨日の事を思い出します。そうだ、自分は密林で足を踏み外して崖に落ちた。

 だけど、そこで誰かに会ったような……だけど突如、自らリヤンと名乗る青年はあどけなく微笑み出して、アルバを現実に引き戻させる。

「おや、もしかしていきなり名前で呼んじゃったから驚かせちゃったかい? これは失敬。君は渡り鳥の一族では有名人だからね。渡り鳥の一族と人間の間にできたまがい物、一族を破滅にもたらす渡り鳥……ってね」


 その頬笑みは爽やかな笑顔だった。されどアルバは一歩遠退いた。紅い目が不気味に細まる一瞬を見過ごさなかったからだ。

 リヤンは終始笑顔でしたが、アルバは気を抜かず問いかける。


「あなたの目的は何ですか? 僕に何をさせたいのですか?」

「目的がないと駄目なのかい?」

 リヤンは問いを投げ返した。


「ないなら僕はここにいません。良くて牢屋か、悪ければ……」

「この世にはいない」

 リヤンは何のためらいもなくはっきりと告げた。アルバはその言葉を頭の中に想い描いてしまい口をつぐむ。


 やれやれずいぶん警戒させてしまったな……とリヤンは肩を竦め立ち上がった。

「ではこちらに来てもらいましょうか、アルバさん」

 リヤンはログハウスを横断し、玄関のドアを開け放った。

 アルバはどうするか迷いながらも、今は下手に逃げる方が危ないと悟って、ゆっくりとしかし警戒を緩めずに後を追った。誘導されるがまま外へ出る。


「ようこそ! リヤンの一団へ!」


 すると、パン、パン、パン、とクラッカーの音が鳴り、喝采が巻き起こった。紙吹雪が舞う中、呆気にとられたアルバを迎えるかのごとく玄関と直結したテラスでは歓声が響いた。


「この子が例の子?」

「あら、意外と可愛いじゃない」


 テラスには若い男女二十人が集まり、ようこそ、と弾幕を掲げつつそれぞれ検分と談話を始めたのだ。だけど、その誰もが紅い目であり、赤い髪でした。つまり、ここにいる全員は渡り鳥の一族だった。

「渡り鳥の一団……」

 アルバは囁いた。渡り鳥の一団……この世界で呪う者を求めて徘徊している渡り鳥の一族の集団。それはまるで群れのように蠢いている。そして、世界に数多ある渡り鳥側の本拠地の一つにアルバは流れ着いた。


「あれ? 固まっちゃった」

「もしかして渡り鳥の一族と遭遇するのは初めてなのかも」


 周りが囁く。そんな彼らを眺めアルバは一歩後退した。そして、まだこんなにいるんだ、と畏怖を感じた。

 アルバは渡り鳥の一族を世界が生んだ一種のバグだと認識している。この世にできた不具合。それが実体化したものが、渡り鳥の一族であり……自分である、と。

 だから純粋に世界にとっての異物がたくさんあることが恐くなった。


 その時、背後から頭の上にぽんっと手が置かれる。


「ふむ。風の噂には聞いていたが、やはり君は一族の呪いが効かないようだね。ハーフ恐るべし」

「……っ!?」

 アルバは気が緩んでいた事に気づかされ、テラスの端へ。一歩二歩彼らから遠ざかり威嚇する。

 そうだ、ここは渡り鳥の一族が集まる場所だ。油断すれば命なんてない。そのままアルバはリヤンに鋭い視線を向ける。


 するとテラスに陣を張っていた若い男女が全てを察して、一斉に青年を軽蔑する目線を向けた。

 そして、周りから『団長サイテー』『それがうら若き少女に言う言葉かよ』『警戒されて当然だな』と散々な罵りが飛び交った。リヤンは慌ててアルバに釈明する。


「ま、待ってくれ! これはただの確認だ」

「確認?」

「そう、アルバさんがきちんとこの一団の村で暮らせるかどうかのね」

 えっ……アルバは何を言っているのかわかりません。ですが、物事は勝手に進む。


「マルール、フロワ、おいで」

 リヤンはテラスにいる集団に声をかけた。すると、女の子二人が陣から顔を覗かせリヤンの前に出た。チュニックにハーフパンツを着た女の子だった。


「紹介しよう。大人しそうなのがマルール、やんちゃそうなのがフロワだ。今日から彼女らを君のお世話役に任命しておいた」

 そしてリヤンはそれぞれ、黒のチュニックを着ていたマルールと、白のチュニックを着ていたフロワを指さして紹介した。二人はそれぞれ頭を下げる。

 サイドテールを左右交互に括っていた彼女らは、顔つきや背丈が似ていることから双子だとすぐにわかった。


 すると、神出鬼没というか……リヤンはアルバが双子を観察している間に近寄って肩を押していた。

「さぁ、まずは彼女らと共にこの村を楽しんで来ると良い」

「え、ちょっと待って……まずは説明を」

「そんなのあとあと。そぉれ」

 リヤンはふざけた笑みでアルバの背を押し、双子にパスします。双子はその少女の両手を片方ずつダイレクトキャッチした。


 アルバは双子に視線を向けると、双子は両目をぱちくりさせ、じっとアルバの顔を隅から隅までみつめる。そして、

「やっぱりあの時の人だ。間違いないよ」

 と双子とアルバの間でしか聞こえない声で囁いた。アルバは首を傾げる。


「そうだな、まずはその汚れた服装からかな。他の者は会食の準備を頼む」

 だけど、リヤンが指示を出すと、双子は面白半分で敬礼をした。

「了解」

「連行します!」

「え、え、え」

 周りが活気づく中、アルバだけがただわけがわからないまま両手を引っ張られた。


     ◇


 本拠地は密林の中にポツンとある小さな村のようだった。とても穏やかな時間が流れている事はアルバでもわかります。

 密林の木々は青々としており、耳を澄ませば小動物の鳴き声が聞こえてくるほど。

 その中にあるのはどれもシンプルなログハウスばかり。素朴ささえ漂わせた。


「……」

 そんな中、その一軒の前でアルバはくるりと回らされる。

 ひらひらとスカートが舞い、ベースの黒い生地に白いレースが掛かった服はアルバの黒と赤の髪に相重なってゴシック調の雰囲気を与えていた。


 そう、アルバは着せ替えられたのだ。その装いはまるっきり違うものへと変貌している。

「えっと、これはどういうことかい?」

 アルバは釈然としない表情で自分のお世話役……いや、おそらくは監視役である双子に聞いた。


 二人は拍手喝采を送る。

「うん。素敵!」

「うん。似合ってる!」

 いや、そうではなくて……とアルバは言おうとしたが、純粋に嬉しがる彼女らに水を差すのもためらわれたので、諦めて首を垂れた。

 どうしてこんな恰好をしなければならないのか本当にわからない。


 そんな頬に手が添えられる。視線を向けると黒いチュニックを着た女の子……マルールと呼ばれる子が心配そうに手を伸ばしていた。


「大丈夫?」

 その声に聞き覚えがあった。だけど、思い出せない。

「君、どこかで――そう、崖で……」

 すると、今度は手を掴まれる。途端にアルバは肩を震わせた。ぶかぶかの手袋を外しているので、人の温度に一瞬驚いてしまったのだ。

 ほとんど反射神経のごとく振り向くと、今度は白のチュニックを着た女の子……フロワと呼ばれる子が手を引っ張っていた。


 そして、フロワは慌てて言った。

「ほ……ほら、私たち心配してたの! 団長が連れて来た時、頭が垂れていたから」

 ああ、なるほど……首を垂れた様子がこの村に運ばれて来た時と一緒だったから、痛がっているのかと思ったのか。アルバは納得して頷いた。

 マルールに振り返って『ありがとう』と素直に感謝を述べる。マルールは満足そうに微笑んだ。対照的にフロワは何故かほっと胸を撫ぜ降ろす。


 だけど、さすがにこんなことをしている場合ではないだろう。

 アルバはつい勢いに呑まれそうになり、何度も首を振って気を引き締める。今、敵の本拠地にいるのだ。できるだけ状況は把握しておきたい。

 ――服の事はもういい……本格的なところを聞いておこう。

 本題に入るために膝を折ります。


「ところで、君たち双子は、僕がこの村で暮らす、ってどういうことかわかるかい?」

「マルール」

「フロワ」

 双子はじーとアルバをみつめます。どうやら『双子』で纏められるのが嫌なようだ。


 ゴホンゴホン……アルバはわざとらしく咳払いをしてから、きちんと言い直すと、マルールとフロワは今度は満足そうに頷きます。そして、

「わからない。フロワはわかる?」

「わからないよ、マルール。そもそも団長に言われただけだし」

 改めて顔を合わせ、目をぱちくりさせる。ついでに、『私たち説明下手だし』『バカだし』と呟いた。


 フロワは言います。

「きっとそうなるとわかっていて、団長は私たちをお世話係にしたと思う」

 団長ってリヤンの事かな、と聞くと双子は首を縦に振った。

 その言葉に偽りはないだろう、とアルバは判断した。演技にしては雑な双子はとても嘘をついているように見えなかったからだ。むしろ、純粋で世界の何も知らないのではないかと勘違いしそうなほどに。


「あれでも団長だから。意外とせこい」

 マルールは言います。アルバは『そっか』と肩を落とす。

 だけど、確かにリヤンは一筋縄ではいきそうになかった。演技力と判断力で言えば右に出る者はいなさそうだった。

 さて、どうするかな……アルバは静かに考える。しかし、左右からその思考を遮るように襟を引っ張られた。


「心配しなくても『会食の時に話す』って言ってた」

「だからも団長から『村を案内するように』って言われた」

 くいくい、と引っ張るマルールとフロワ。アルバはしぶしぶ頷く。

 結局のところ彼女らの言葉を信じるほか自分にできる事はなかった。それがアルバの結論だった。


「それじゃ、お願いしてもいいかい」

 途端にマルールが『任せて!』と両手を上げた。

「どこか気になるところ、ある?」

 続いてフロワが柔らかく微笑んで告げる。


「そうだな……」

 そして、アルバは周りを見渡したアルバは一つだけログハウスとは違う倉敷の住居を発見した。そこはログハウスよりも強固に作られていた。

 もう一度周りを見渡しますが他にそのような住居はありません。

 のどかな場所にある一つの歪み……アルバはそれが大いに気になった。


 マルールとフロワはアルバの目線を追う。すると、びくりと肩を震わせた。そして、倉敷の住居から顔を背けた。その表情はどこかひんやり凍えている気がした。


 その時、獣の鳴き声が倉敷の住居から響く。この鳴き声はまさか――。


 アルバは目を鋭くした。一歩前に足を出す。だけどそれを抑えるようにマルールとフロワはアルバにしがみついた。行かないで、と言っているようだった。

「……あれは僕が見てはいけないのかい?」

 アルバは静かに聞きます。

「……少なくとも楽しい場所じゃない」

 フロワは答えます。だけどその顔は青ざめ、マルールに至っては服に顔を沈めて黙っている……今にも泣きだしそうだった。


「……」

 アルバは一歩踏み込んだ足を戻す。アルバにとって泣かれるのが苦手だった。その姿はまるで四年前の……小さいころの自分のように見えてしまうから。

 だからアルバはそんな双子を無視することはできなかった。少しためらいつつも小さなその頭に自分のひ弱な掌を乗せ、優しく撫ぜる。

 そして――、


「……わかった。君たちが笑顔でいられるのなら、僕はあそこには行かない」

 そう言ってしまった――その言葉に後で後悔させられるとは知らずに。


 そうして、優しく頭を撫ぜるとマルールが目を見開いてアルバを見上げた。うるんだ瞳に浮かんだ涙。アルバはそれを優しく拭って微笑む。

 フロワは、ぱぁっ、と頬を赤らめた。

「アルバお姉ちゃん好き!」

 そして、さらに笑顔でぎゅっとしがみつく。

 途端に反対側にいたマルールはその行為に少し嫉妬した。

「む、ずるい……私もマルールにギュっとされたいのに。でも、私もフロワに優しいお姉ちゃん好き!」

 そして、フロワと同じくアルバにぎゅっとしがみついた。


 結局アルバは動けない……少し困りながら、照れを隠すように頬を掻く。


「……」

 だけど、最後にアルバはじっと倉敷の住居をみつめる。妖しく佇むそれにどこか不吉なオーラを感じた。

 渡り鳥の一族の本拠地という事よりも強くアルバの脳に危険を訴えかけてくる感覚。


 ――これはできるだけ早く逃げた方が良いかな。

 それはまるで不幸が詰まったブラックボックスのようだった。


     ◇


 その後、アルバたちは村を見て回ることになる。そうして、しばらくののち夜が訪れた。


 しかし、夜の帳はいましばらく待ちぼうけを食らう事になる。一族の団長であるリヤンのログハウス前で会食の場が設けられたのだ。

 たくさんの明かりに、より取り見取りの食材。皆、その前でわいわい騒ぎ、アルバに一言ずつ声をかける。

 そして、二十人分の言葉を聞いたアルバは表面上では親しく接した。


 少し夜が更ける。

 アルバに慣れた渡り鳥の一族たちは少しずつ離れ、それぞれで話しだした。

 そうして、やっと解放されたアルバはテラスに椅子を持ち込み、一人呆然とその光景を眺る。

 目の前で繰り広げられる楽しい時間。でもアルバはそれがどこか蜃気楼のようにうつろって見えた。


「楽しまないのですか?」

 すると会場から飲み物を片手にリヤンがテラスに上ってくる。

「やっと来ましたか」

「おや、僕を指名とはなかなか度胸がおありなようで」

「茶化さないでください」

 アルバは椅子から立ち上がりリヤンの前まで忍びよった。


「今度こそきちんと話していただけますか? あなたは僕に何をさせたいのか、を」


 リヤンは、やはり度胸がおありだ、と表情で語った。その後、飲み物を塀に置き、ログハウスの中へ身を投じた……と同時にアルバを招き寄せる。

「わかりました。その勢いに任せてみましょう」

 アルバは緊張のあまりゴクリと喉を鳴らすと家の中に踏み込みんだ。


     ◇


 リヤンが玄関を閉めると会食のにぎわいはパタンと途切れ、驚くほどの静寂が空気に染みわたった。

 別世界に迷い込むような錯覚に陥るアルバでしたが、リヤンの言葉で我に返る。


「まずアルバさんにこの村を見てほしかったのです」


 リヤンはそのまま壁に掛けてあったランプを手にした。火を入れ暗い中に、ぽぅ、と暖かな光が灯る。

「どう思われましたか?」

 優しく語りかけるリヤン。

 アルバは窓の外を眺める。外では今もわいわい騒いでいます。


 アルバは少し間を置いてから答えた。

「……ちょっと、人間くさいな、と思いました」

 ログハウスの住まい。調理した食事。色鮮やかな衣服。どれをとっても人間に近づきすぎている……まるで本で得た知識を見本にしたかのように。

 リヤンもその言葉を呑み込んで頷いた。

「そう思うのは当然のことです。渡り鳥の一族は知能はあっても知識は持たない者ですから」


 そうしてリヤンは語る。渡り鳥の一族は 知識を持たないがゆえに普段、質素を心がけていると。

 服は皮のベストの上に肌を覆い隠せるほどの布をかぶるだけ。武器を身にまとうことはない。住いだって持たない。持ったところで使い方などわからなかったからだ。

 そして、いくつかの集団に分かれ、本能に従い呪いをばらまく……それが渡り鳥の一族の使命。リヤンも四年前まではそうでした。


 四年前……アルバはその言葉を聞いて目を細めた。つまりは、

「そう、四年前。北の肌寒い地域であなたを襲ったのは自分です」

「――」

 途端にアルバは歯を食いしばった……清々しい顔でそのことを言うリヤンに腹の底から苛立ちを覚えた。

 しかし、そんなアルバにリヤンは『落ち着いてください』と涼し気な顔で言う。そして、ログハウス内を歩きロフトに上がる階段に足をかけた。アルバも静かに心の刃を尖らせながら後を追う。


「アルバさんは言いましたよね。『僕に何をさせたいのか』と。端的に言えば、話を聞きたいだけなのです」

「話……?」

「そう、あれからというもの、自分は人間に興味が湧いたのです。だから彼にも話を聞いたのですよ」

 彼……その言葉にアルバは首を傾げた。

 すると、ロフトに靴音を鳴らしたリヤンはそこで足を止め、ランプを掲げる。


 ゆらりと佇む明かり。


 その光が屈折して色が映し出される。

 そして、アルバは茶色く変色するものを見た。


 途端に、自分の血の気が引くのがわかるほどアルバは青ざめた。ログハウスは締めきっているはずなのに、寒気がしてロフトの柵に寄りかかる。

 リヤンはそんな彼女を眺め、そして、再び彼を見た。


「彼がその少年です」


 明かりに照らされたそれは白骨化した人間でした。

 ちょうど長さは一メートル弱。

 人間で言えば十歳ほどの身長でした。そして、その上には見覚えのある白い猫が頬笑みながら息を引き取っていた。



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