2章 1-1 『夢の世界』
「……アナ・クロスフィールド」
誰かが呼んで私は目を覚ます。目を覚ませば先生がロングスカートを揺らしながら目を細めていた。次いで聞こえるのはこつこつと言う音。どうやら苛立つ余りに爪先に出てしまったらしい。
周りを見れば机に座っている誰もがこちらを見てくすくすと笑っていた。
「ぐっすり眠れましたか? アナ・クロスフィールド」
アナ・クロスフィールド……そうだ、私の名はアナ・クロスフィールド。この街に住む普通の女の子だ。教室の窓際の席に座っていた私は椅子を押しながら立ち上がる。
「申し訳ありません。ミス・マリアベル」
「今度からは気をつけてください」
私は同じようなロングスカートを少し持ち上げお辞儀する。
ミス・マリアベルは私たちの先生だ。私たちというのはこの教室に集められた生徒である。
ミス・マリアベルは少し気が済んだのか、教壇に戻る。私も再び席についた。
私たちはどうやらミス・マリアべルの授業を聞かなければいけないらしい。皆、同じ服を纏い、皆、同じ椅子に座って、皆、同じ授業を受けていた。
◇
教室は木造建築でかなり年期が入っている。簡単に言えば古めかしいのである。立ち上がると椅子はギィと鳴き、校舎に鐘の音が響く。
「アナさんは面白い方ですね」
ミス・マリアベルが去った後、皆ほっと一息つく。そんな中隣に座っていた子が声をかけた。赤髪で紅い目の女の子だった。
「えっとあなたは?」
「やだな。ロニエだよ、隣の席なのに忘れちゃったの?」
「ろにえ? ロニエ……ああ、そういえばそうでした」
なぜ忘れていたのでしょう……私は首を傾げた。
「ねぇ、アナさんは今、暇?」
「え……ええ、何もありませんが」
あれ、でも私はなぜここにいたんでしょうか。私は『ここ』の生まれではないのに。
けれど、ロニエは首を傾げる私の手を取って連れ出した。
「だったら一緒に帰りましょう」
「え……えぇえぇぇ」
直後、私はロニエに腕を引っ張られて教室を飛び出してしまった。
◇
そうして、ロニエと一緒に帰ることになったが、予感通り途中で寄り道するはめになった。最初に小物を買いにつき合わされ、次にクレープを一緒に食べた。それから、事あるごとに連れ回された。
「えーとね、今度は」
「まだ寄り道するんですか?」
「えー、いいでしょ。何もすることがないんだから」
そうはいっても明日も授業がある。その時だった。
「……」
急にロニエが真面目な顔をして背後をみつめた。
「邪魔だな」
「え?」
「ううん、気にしないで。急用ができたから今日はここまでにしておく」
はぁ……私は首を傾げる。その直後、ロニエは手を離して、みつめた方へ走り出す。
「それじゃ、また明日!」
私は軽く手を振ってロニエを見送る。本当に嵐のような子だ。
ゆえに気付けば日時は日暮れ時になっていた。結局帰りが遅くなり、私は帰路に立つ。
――って、どこに帰るんだったっけ。
気付けば街は小綺麗に整えられていた。ゴミは落ちてなく……通り過ぎる人もいなかった。
私は違和感を覚える。
「こんにちは」
「きゃっ!?」
と思っていたのだが、突然は背後から声をかけられて、私は驚きながら振り返った。
すると、ロニエが走り去ったところに、別人が立っていた。赤髪に紅い目。フード付きのポンチョ。どこからどう見ても旅人のようだった。
「すみません、驚かせてしまいましたか?」
「あ、いえ。こちらも……まさか外から人が来るとは思ってもいなかったので。えーと……」
私は照れくさそうに頭を撫でる。すると旅人はにっこり微笑んで答える。
「アカリと言います。よろしく」
そして、旅人……もといアカリさんが手を差し伸べる。握手かな……私は求められるまま手を合わせた。直後、アカリさんは苦笑いした。
「何か?」
「いえ、失礼しました。ところであなたの名前は」
「え……ああ、アナです。アナ・クロスフィールド」
そうですか……すると、アカリさんは私を見て少しほっとした。
「よかった……アナ・クロスフィールドさん、私はあなたを迎えに来ました」
「ほぇ?」
私は首を傾げる。握手している旅人は夕日の光に照らされたせいか、よりいっそう強く紅い目を浮き彫りにしていた。




