【1-1】1人目・左目の傷を肩代わりして
「うわぁあああ!」
鬱蒼と生い茂る森の奥深くで、この世の終わりを錯覚するかのような男性の絶叫が響き渡る。
左目を抑えてその場に蹲る人物の名は、ルドルフ。
リジェンタス王国の第二王子だった。
彼は魔獣の鋭い爪によって傷つけられた左目の痛みに耐え切れず、その場でゴロゴロとのたうち回る。
ここにいる誰もが、その光景に絶句していた。
「ルドルフ……っ! しっかりしろ!」
殿下に駆け寄ったのは、彼の親友。辺境伯を務めるガザンだ。
武器を投げ捨て、介抱に必死となる。
まさか、魔術の天才と謳われる殿下が怪我をするなど、思ってもみなかったからだろう。まだ敵がいるのに、動揺を隠せていない。
――今、魔獣を倒すために戦いへ身を投じられる人間は、自分の幼馴染。
聖騎士として剣を振るう、フェドクスしかいない。
「エミリエ」
「魔物は、任せてもいい!?」
「ああ」
私が声を張り上げて彼に命じると、フェドクスは当然のように殿下を傷つけた魔物へと襲いかかった。
――これで、時間を稼げる。
しばらくは、自由に動けるはずだ。
過保護な幼馴染は、私を嫌う2人から己を守ろうと必死になっている。
こうして殿下が傷ついた姿を目にしたところで、「自業自得」だとしか思ってないはずだ。
だからこそ、一緒に魔王討伐に旅を続ける仲間なのに、苦しむルドルフなど気にした様子もなく剣を振るう。
「う……っ。ぁ、あ……!」
――ずっと、半信半疑だった。
前世の記憶を持つ私は、彼らが乙女ゲーム「自己犠牲の精霊ファンタジア」に登場する攻略対象たちで、どんな未来を歩んで行くか知っている。
原作で語られていた内容は、あくまで一例。必ずその通りに進むわけではないのだから、必要以上に気にするべきではないと思っていた。
だけど――。
ルドルフルートで語られた内容が現実のものとなった以上、原作シナリオの存在を無視できなくなってしまった。
前世で私がプレイしていた内容は、未来予知のようなものだと考えるべきだ。
――このまま私が何もしなければ、ルドルフは眼球を傷つけられたことによって未来視を失う。
そして、ガザンとフェドクスも……。
左手足に欠損を抱えた状態で魔王と対峙し、どうにか勝利を収めるのだ。
討伐隊のお荷物呼ばわりされていた聖女の命と、引き換えに。
攻略対象たちは失って始めて、エミリエのありがたみを実感する。
聖女に恋心を抱いていたと気づいた時には、想い人はすでに土の下で埋まっていた。
心と身体――双方に傷を負ったイケメンたちに寄り添い、聖女の姉であるヒロイン恋愛関係に発展する。
それが、「自己犠牲の精霊ファンタジア」通称、「じこファン」だった。
「おい! ボサッとしてねぇで、なんとかしろよ!」
焦ったガザンから怒声を浴びせられ、我に返る。
状況整理なんて、している場合じゃなかった。
私は何度か深呼吸をして、気持ちを切り替える。
冷静さを失ってしまったら、救えるものも救えなくなってしまうからだ。
「なんのために今まで、あんたみてぇなお荷物を同行させてきたと思ってんだ!?」
「は、はい……!」
私は喉を引き攣らせながらどうにか返事を済ませ、土の上に寝そべる重症者の隣で膝をつく。
そして胸の前で両手を組み、目を閉じる。
彼を救うことで、ほかの攻略対象が傷つかずに済みますように。
私が死ななくて、済みますように。
自分はどうなっても構わないから、彼の傷が治りますように――。
邪な3つの願いを同時に抱きながら、必死に祈りを捧げた。
「グガァアァア!」
フェドクスと戦う魔獣の耳を劈くような断末魔が響き渡った瞬間、私はゆっくりと瞳を開いたはずだったのだが――。
ドサリと音を立てて倒れ伏す敵の姿と、こちらを驚愕の表情でじっと見つめる攻略対象たちの姿は、右でしか確認できない。
左側の視界は、閉ざされたままだ。
「どうして……!」
先程まであれほど激痛に喘いでいたはずのルドルフが、はっとした様子でこちらに向かって声を発する。
左目からの出血は、いつの間にか止まっていた。
その光景を目にした私は、ほっと胸を撫で下ろす。
――ああ、成功したんだ。
これで、殿下はもう大丈夫。
未来視を失って絶望する必要もなければ、痛みを感じなくていい。
「血が……!」
私の不注意によって肩が触れ合っただけでも、「穢らわしい」とまるで汚物を見るような目で見下してきた。
そんな彼が自らこちらの頬に触れるなど、思いもしない。
ビクリと肩を震わせて怯えている間に、ルドルフは私の左目から伝い落ちる血を指先で拭い取る。
どうやら異能を使って彼の傷を肩代わりした際に、血まで一緒に譲り受けてしまったらしい。
始めて発動させる力だから、コントロールがうまくできなかったのかもしれない。
――次にこの力を使う時は、みんなに心配をかけないように立ち回らなきゃ。
さすがにぶっつけ本番は、よくなかった。
これからは何度か練習をして、上手に使いこなせるように頑張ろうと決心をしながら、仲間たちを安心させるために微笑んだ。
「無能の私がみなさんのお役に立てる行いは、このくらいしかありませんから」
「何を、言って……。こんなにも血が、流れているのに……!」
先ほどまでルドルフは、眼球を傷つけられた痛みで無様な姿を晒していたのだ。
傷を肩代わりした私が、苦しむ様子もなく普段通りの様子でしっかりと立っているのが信じられないみたいだった。
――彼らは私の過去を知らない。
驚くのは、無理もないだろう。
ここで幼い頃に受けてきた拷問の数々を包み隠さず打ち明け、耐性がついているので痛覚が鈍っていると伝えてもよかったのだが――。
私の事情を知っている幼馴染は、それを許してくれなかった。
「エミリエ……!」
魔獣の討伐を終えたフェドクスは手にした剣を鞘に収める時間すら惜しいと言わんばかりに投げ捨てると、私を抱きしめてきた。
その勢いに驚いたルドルフが頬から指先を離し、一気に険悪な雰囲気となる。
「おい! 一体、なんのつもりだよ!?」
「俺のエミリエに、近づくな……!」
「はぁ!? ルドルフは、こいつを心配しただけだろうが! なんで、こんなふうに睨みつけらんなきゃいけねぇんだよ!?」
――ああ、また始まってしまった。
ガザンとフェドクスは、いつもこうだ。
ルドルフと幼い頃から交流のあるガザンは、殿下に対して他人が不敬な態度を取った瞬間、敵対心を剥き出しにする。
それは仲間に対しても同じで、「私だけが世界のすべて」だと思っている幼馴染との相性は最悪と言ってもいい。
早く止めに入らなきゃいけないって、わかっているのに――。
慣れ親しんだぬくもりを感じたら、なんだか眠くなってしまった。
「エミリエ……っ!」
――ああ。
殿下から名前を呼ばれたのは、初めてだな。
私はどうでもいいことを考えながら、眠気に抗いきれず意識を失った。




