第167話 勝負運
突然現れたハギーたちに、ディーラーは一瞬、目を見開いた。
覆面をしているとはいえ、その一行から漂う雰囲気は、明らかに普通の客とは違っている。
大量のチップを前にしても、誰ひとり動揺している様子はない。
ディーラーは気を取り直すと、筒とサイコロを手に取った。
サイコロを筒の中へ入れ、客たちに見せるように筒を交差させる。
そして、テーブルの上に筒を置いた。
その瞬間だった。
筒が、ほんの僅かに右へ動いた。
ハギーの後ろにいた滝は、それを見逃さなかった。
だが、何も言わない。
ディーラーは何事もなかったかのように、客たちを見渡した。
「勝負!」
客たちが一斉に声を上げる。
「ハン!」
「チョウ!」
やがて、ディーラーが筒を持ち上げた。
「二、四!」
「チョウ!」
歓声が上がった。
「当たったぞ!」
「チョウだ!」
ハギーの前に置かれていた大量のチップが、さらに増えていく。
係員が配当を運んでくる。
その光景を見て、周囲の客たちはざわめいた。
「いったい、どこの貴族だ?」
「いや、大商人の令嬢じゃないのか?」
「見ろよ、あの金額……」
「王都から来たって話じゃないか?」
様々な憶測が飛び交う。
しかし、当のハギーたちは、まるで気にしていなかった。
ディーラーは次の勝負の準備に入る。
今度は筒を置く動きにも、先ほどのような不自然さはない。
実に滑らかだった。
滝は黙ってディーラーの手元を見ている。
ハギーは、目の前のチップを見た。
そして――。
「ハン」
そう言うと、先ほど勝ったチップを、すべてハンに差し出した。
「おおっ!」
周囲から大きな歓声が上がる。
「また全部いったぞ!」
「すげえ!」
サカンが小声で呟いた。
「……大丈夫なのでしょうか」
コーナンも心配そうにハギーを見る。
「お嬢様…」
だが、ハギーは笑顔のままだった。
ディーラーが筒を持ち上げる。
「一、一!」
「ハン!」
またしても歓声が上がった。
「当たった!」
「まただ!」
ハギーの前に、さらに大量のチップが積み上げられる。
賭場の熱気が、一気に高まった。
そして――。
三回目。
ハギーは目の前に積まれたチップを見つめる。
そして、迷うことなく言った。
「チョウ」
今度も、すべてのチップをチョウへ賭けた。
「おおおっ!」
周囲から、これまで以上の歓声が上がる。
「また全部だ!」
「いったい、どこまで勝つつもりだ!」
ディーラーも僅かに表情を強張らせた。
しかし、すぐに平静を取り戻す。
「勝負!」
筒がテーブルの上に置かれる。
客たちは息を呑んだ。
やがて――。
ディーラーが筒を持ち上げる。
「……」
一瞬の沈黙。
「チョウ!」
賭場が爆発した。
「うおおおっ!」
「三連勝だ!」
「すげえ!」
「こんなの見たことねえぞ!」
客たちが立ち上がり、ハギーの周囲にまで人が集まり始める。
賭場のボルテージは、最高潮に達していた。
その騒ぎを聞きつけたのか、奥からひとりの男が姿を現した。
カッタだった。
カッタはハギーたちを見ると、にこやかに頭を下げる。
「これは見事な勝負運ですな」
「さすが王都の方は、勝負運がお強い」
ハギーは笑顔で応じる。
「ありがとうございます」
カッタが現れたことで、周囲の客たちはさらに沸き立った。
「次もやるんだろ?」
「ここまで勝ったんだ。まだいけるぞ!」
「次はどっちだ?」
誰もが、次の勝負を期待している。
その時だった。
滝がハギーの後ろから、そっと耳打ちした。
「お嬢様」
「……はい」
「そろそろ、引き上げましょう」
ハギーは笑顔で頷いた。
「皆さん」
周囲が静かになる。
「今日は、これまでといたしましょう」
「ええっ!」
「もう終わりかよ!」
「まだ勝負できるだろ!」
残念そうな声が、あちこちから上がった。
ハギーは目の前に積まれた大量のチップを見る。
「滝様」
「はい」
「こちらは、皆さんへのご祝儀としてお配りしましょう」
「えっ!」
サカンが思わず声を漏らした。
「全部ですか?」
コーナンも驚いてチップを見る。
「……もったいないような気もしますが」
だが、ハギーは笑顔のままだった。
「皆さんと楽しい時間を過ごさせていただきましたから」
滝はチップを手に取った。
「では、配りましょう」
サカンとコーナン、そしてミネーとコグシーも、チップを配るのを手伝い始めた。
「ほら、どうぞ」
「ありがとうございます!」
「こんなにもらっていいのか?」
「王家の御用商人ってのは、気前がいいな!」
たちまち、賭場のあちこちから歓声が上がった。
カッタも、さすがに驚いた様子でその光景を見ている。
「これは……」
そして、感心したように笑った。
「さすが王家の御用商人は違いますな」
ハギーは笑顔でカッタを見る。
「明日は商談がございますので、今日はこれで失礼いたします」
そして、楽しそうに笑った。
「とても楽しかったですから、また参りますね」
ハギーはそう言うと、滝たちとともに席を立った。
サカン、コーナン、ミネー、コグシーも続いて立ち上がる。
最後にポリスが、ハギーの後を追った。
「また来てくれ!」
「待ってるぞ!」
「次は俺も勝負するぞ!」
客たちの声が背中から飛んでくる。
ハギーは振り返り、笑顔で手を振った。
そして、そのまま賭場を後にした。
ハギーたちが去った後も、賭場の熱気は冷めなかった。
誰もが、先ほどの三連勝の話を口にしている。
その中心にいた少女が、何者なのか。
まだ誰も知らなかった。




