第1話 45歳 刑事課長 当直中です。
「被告人に死刑を求刑します。」
黒い服を着た背の高い男が、高らかに宣言する。
――なぜか、その言葉は滝に向けられている気がした。
周囲には柵が巡らされているが、見たような光景だ。
法廷か?
柵の外の群衆が叫ぶ。
「そうだ!」
「死刑だ!」
法廷中央の被告人席では、一人の女性が怯えた様子でこちらを見ていた。
「弁護人の意見は?」
裁判長と思われる老人が、滝を見る。
そして、法廷内の人間をはじめ、群衆の視線が一斉にこちらへ向いた。
「え、意見、いや、あの……」
突然のことで、滝は言葉が上手く出てこない。
「それならば弁護人も同罪ですな」
黒い服の男が、意地悪そうに笑った。
「そうだ、死刑だ!」
群衆も同調し、口々に汚い言葉を投げつけてくる。
体が動かない。
頭も回らない。
武装した兵士がこちらへ歩いてくる。
だが、逃げることもできない。
その時だった。
「裁判長、発言の許可を求めます」
遠くから、凛として透き通った声が聞こえた。
群衆が割れてできた道から、まぶしい光が近づいてくる。
「タキさま」
透き通った声が滝を呼ぶ。
しかし、その声が徐々に野太く変わっていく。
「タキ課長」
「課長」
最後はオッサンの声と顔で、滝は目を覚ました。
同期の湯田巡査部長が半笑いでこちらを見ながら、無線機へ視線を向けている。
どうやら少し寝落ちしていたらしい。
滝は慌てて腕時計を見る。
寝落ちしたと言っても、ほんの数十秒だ。
それにしても変な夢だった。
だが妙に臨場感があった。
「課長、どうしましょうか?」
夢の余韻に浸る間もなく、若い女性警察官が無線のマイクを握ったまま、困ったようにこちらを見てくる。
この春、生活安全課少年係に配置されたばかりの仁保巡査だ。
仁保が困っている理由は単純だった。
深夜、空き巣容疑の110番通報を受けた交番勤務員から、刑事課員の派遣要請が入った。
だが当直の刑事課員は、先程まで火災現場に出ており、現在は関係者から事情を聞いている最中なのだ。
「分かった。刑事当直から一人行かせよう」
滝は短く答える。
「仁保さん、悪いけど、火事の関係者の話を代わりに聞いてくれるか」
「はい!」
応援の手配を済ませたものの、その後も無線や電話は鳴り止まない。
「今日は荒れ模様ですね」
「いつもは、この当直班は静かなんだけどね」
届けられた拾得物の書類を書きながら、湯田巡査部長が悪戯っぽく笑う。
そして、意味ありげに滝へ視線を向けてきた。
「それは、俺が急遽この当直に入ったからとでも言いたげだな」
滝は苦笑する。
「同期でも、少しは遠慮してほしいな」
そう返しながらも、確かに今日は忙しい。
滝が勤務する甘苦警察署は、署員数八十人の県内でも小規模な警察署だ。
管轄する甘苦市は、海沿いにある人口約五万人の小さな街。
大手化学メーカーの工場がある他は、特にこれといった特色のない地方都市である。
ただ、歴史は古い。
大昔、災害に苦しんでいたこの地に神が現れ、橋や堤を築いて街を発展させた――そんな伝承が残っている。
実際、当時としては考えられない建築技術で造られた五連の橋や堤が今も残っていた。
特に五連橋は警察署からも近く、観光名所となっている。
日本史の謎の一つとも言われていた。
そんな街も、昼間は人の動きが多い。
だが夜は比較的平穏だ。
あの事件の後、県警本部の捜査一課から甘苦署刑事課長へ異動になった時、滝は物足りなさ半分、安心半分といった複雑な気持ちだった。
だが今年の春は違った。
事件が多発している。
寝不足のまま当直を迎える日も多い。
四十五歳の中年にはこたえる。
「課長、昨日捕まえた万引き犯の留置人、面会終了です」
湯田が声を掛ける。
ロビーへ向かうと、スーツ姿の男が立っていた。
弁護士の大内だ。
大学時代の同級生でもある。
「なんか忙しそうだな」
「そっちこそ、こんな時間まで接見か」
「日中は公判もあるしね」
滝は缶コーヒーを一本渡した。
「警察の捜査力は大したもんだよ」
大内が笑う。
「でも、依頼人には僕らしかいないからね」
真っ直ぐな目だった。
立場は違う。
だが、どちらも自分が正しいと信じている。
だから交わらない。
その後も事案は続き、ようやく仮眠時間になる。
どうせ当直明けも通常業務だ。
しかも、四十年前のテロ事件の実行犯であり、警察庁重要指名手配となっている佐田仁が、この甘苦市に現れた可能性があるという情報まで入っていた。
共犯者達はすでに服役、あるいは社会復帰している。
だが、その男だけが四十年も逃げ続けていた。
本来なら時効のはずだった。
しかし時効は停止したまま。
捕まるか、逃げ切るか――それだけの男だ。
よりによって、人の当直中に。
そう思いながら、滝は仮眠前に壁の手配書へ目を向ける。
外では、雨音が強くなっていた。
その直後。
無線が鳴った。
読んでいただきありがとうございます。
異世界×刑事ドラマとして書いています。
少しでも続きが気になっていただけたら嬉しいです。




