しゅうまつ
家路を辿る馬車の中。
フルマンティ公爵は、足下に置かれた籠を見て、眉間の皺を深くする。
公爵家の物らしく揺れの少ない馬車とはいえ、赤子が何も反応を示さないのはおかしい。
籠の中の赤子は、受け取った時から泣きもしない。いや、あの家で目の前に置かれた時から、微動だにしていない。
それが普通では無い事くらい、さすがに公爵も理解していた。
籠の中のソレは、娘のユゲットの生まれた時にそっくりだった。
それはもう、気持ちの悪いほどに瓜二つなのである。
ユゲットが産んだと言うよりも、ユゲットの分身だと言われた方が納得出来るほどの……。
「人型だと言ったか……」
赤子の父親だった男の言葉を思い出す。
人間ではなく、血の代わりに魔力が巡っているゴーレム。
核になったのが受精卵なのだから、男の子供でもあるのでは、と食い下がったが鼻で笑われた。
魔術には詳しくないフルマンティ公爵は、ゴーレムがどういう構造なのかを理解していなかった。
それを鼻で笑われたのだ。
「これが私の子供だというのならば、魔術師が作り出す土で出来たゴーレムも、その者の子供だという事になるな」
「は?」
「お前の血を吸わせた物を核に使い、獣の死体で作ったゴーレムもお前の子供だという事か!」
ははは、と声高に笑った男の声が頭に響く。
生きたまま血肉を供給していたので、九ヶ月も掛かったのだろう、と魔法医師の診断書には書かれていた。
人間の体内で受肉したゴーレムなど初めてなので、この後成長するのかこのままなのかも判らない、とも書かれていた。
「なぜ私が離縁されるのですか?! きちんと子供を産んだではありませんか!」
フルマンティ公爵邸で目覚めたユゲットは、自分の置かれた状況を理解し、怒り狂っていた。
出産後に意識を失っている間に、強制的に実家へと戻されたのだ。
屈辱でしかない。
「私を敬い、労るべきでしょう!」
叫び、ベッドの上で暴れるユゲットの元に、ユゲットの言う『子供』が置かれた。
籠の中で目を開け、微動だにしない赤子。
瞳の色を確認しようと公爵が目を開けたら、そのまま瞬きもせずに固まってしまったのだ。
おそらく目を閉じさせれば、また閉じるのだろう。しかし、公爵はもうソレに触れたくなかったので、そのままにしてしまったのだ。
「なぜこんな籠に入れているのよ!」
ユゲットは我が子を籠から抱き上げた。
「え?」
そして、その冷たさに驚く。
死体とは違う。だが生きている赤子とは思えない。
抱き上げても視線の合わない我が子。それどころか体を動かしもしない。
「ヒッ!」
ベッドの上に投げ捨ててしまった我が子を、ユゲットはただ見つめていた。
得体の知れないものを見る目で。
数年後。ディヴリー家が爵位返還したと、王都で話題になった。
フルマンティ公爵は、娘であり元王太子妃であるユゲットが不貞の末に妊娠、下賜されるという不名誉があったため、著しく信頼が低下していた。
当然王家との関係が険悪になり、社交界での影響力も求心力も無くなっていた。
力の削がれた高位貴族など、噂の……攻撃の的である。
特にディヴリー家は公爵である事を盾に傍若無人に振舞っていたので、味方が少ない。今ではほぼ皆無と言って良いだろう。
そのせいでここ最近、夜会や茶会、サロンでは彼の家の話題で持ち切りである。
「ユゲット嬢がとうとう療養されるのだとか」
「あぁ、気狂いの病に罹られて、何人も子供を拐っていらしたのでしょう?」
「子供を拐った後、代わりに気味の悪い人形を置いておいたらしいですわ」
「その人形もいつの間にか消えているのだとか」
今日もどこかで、ユゲットが話題にされている。
「捕まる原因になったのが、下賜された先の本妻の子だったのですって」
「まぁ、貧乏だから嫌だと言って、勝手に離縁をした準男爵のところの?」
今日も温室で開かれたサロンで、ユゲットの噂がされていた。
噂とは、全てが嘘では無いようで……。
女性の情報収集力、侮りがたし。
「これは、私の弟の友人の同僚が言っていたらしい話なのですけど」
「まぁ、新しい情報ですの?」
「例の事件。置いてあった人形のせいで、ユゲット様が犯人だと判明したそうですわ」
ここで一度、皆で心を鎮める為にお茶を口にする。
ほぅ、と息を吐いてから、また会話を再開した。
「件の準男爵がいらっしゃるでしょう? あの方が人形を見て、憲兵と共にディヴリー家に乗り込んだらしいですわよ」
「その人形を証拠に突き付けた、というのは本当のお話なのかしら?」
「あくまでも噂、ですけどね」
まぁ、とか、あら、とか驚いた様子を見せながらも、皆ずっと口元は笑っている。
元王太子妃もフルマンティ公爵も、今の社交界では単なる娯楽の種である。
因みに、フルマンティ公爵は爵位返上も褫爵もしていない。
ただし、表舞台から姿を消した貴族が、いつまでその地位を保っていられるかは謎である。




