お披露目
会場内に大きな音が鳴り響いた。皆が何事かと注目する。
入口にほど近い場所にいた者達は、ディオンの腕に掴まったユゲットが、勢いよく振り払われて床に倒れるのを見ていた。
倒れた格好のまま、呆然と見上げてくるユゲットを無視し、ディオンは片手を上げる。
ざわついていた、決して狭くない会場が水を打ったように静かになった。
「今日は態々我々の為にご苦労だった。まずは紹介しよう。レベッカ・ブーケ、私の愛する人だ」
会場内には、約一ヶ月前のジョエルとレベッカの結婚式に参加した貴族も当然居るので、ザワリと空気が揺れる。
「それから、正式に婚約者が決定した。ユゲット・ディヴリー、そこでみっともなく倒れている女だ」
皆の視線が床に座り込んでいるユゲットへと向いた。
ディオンの視線も。
「テレーズはクロヴィスとの結婚が決まったからな。もう貴様しかいないので仕方あるまい。但し私にはレベッカがいるから、婚姻がいつになるかは判らん」
実質的なお飾り宣言である。
ユゲットは立ち上がる仕草も見せず、床に座ったままディオンへと問い掛けた。
「無理矢理押し付けられた公妾ではなかったのですか……?」
まだ自分の置かれた状況を理解出来ない、いや、信じたくないらしい。
「そのようないい加減な嘘を誰が?」
ディオンの問いに、ユゲットの視線が誰かを探すように会場内を見回した。
一ヶ月前。今まで浮いた噂ひとつ無いディオンが公妾を迎えたと、正式に各貴族家へ通達された。
その相手がレベッカ・ブーケという名のウッドヴィル伯爵夫人である、という事実が皆を二度驚かせた。
婚約者時代から仲の良さで有名な、新婚夫婦だったからだ。
そこで噂されたのは、いざ結婚したら欠陥のある女だったのがバレたので、幼い頃に多少の交流があった王太子に泣きついたのではないか、王太子の友人である兄クロヴィスに頼んで、愛する夫の為に役に立とうと公妾になったのではないか、というものだった。
そこで皆、違和感に気付いた。
レベッカの夫であり、妻を公妾として差し出したウッドヴィル伯爵であるジョエルが居ない事に。
公妾を紹介する時には、公妾の夫とその愛人も一緒に紹介するのが常だった。
愛人を看做す夫人とする為である。
これがされないと、誰を夫人として扱って良いのか判らなくなってしまう。
まだ新婚だったので、夫に愛人が居ないのだろうか?
それにしても、夫がお披露目に参加しないなど、前代未聞である。
公妾は王家からの一方的な命令や、妻の勝手な不貞では成立しない。
あくまでも夫との正式な契約の上に成り立つ関係なのだから。
様々な戸惑いと疑問と混乱を飲み込んで、別館落成式兼公妾のお披露目、そして急遽正式な婚約者のお披露目の為のパーティーが始まった。
ざわつく会場内を使用人が器用に動き回り、来客にシャンパンを配る。
ユゲットは、父親の手を借りて立ち上がっていた。
仲良く寄り添いグラスを掲げるディオンとレベッカの横で、独り表情を無くしてシャンパングラスを持っている。
レベッカと同じ色のドレスは倒れた際に煤けており、それがより一層ユゲットを惨めに見せていた。
今の状況では、ドレスが汚れていても退室する事は許可されないだろう。
「何度も婚約者候補を辞退するよう打診された真の意味は、これだったのか」
仲睦まじい様子のディオンとレベッカ。それを見て、悔しそうに呟いたのはフルマンティ公爵である。
ペリーヌを正式な婚約者にしたいが為のものだと思い、何度も拒否したのはフルマンティ公爵であり、ユゲット本人だった。
テレーズも辞退しなかった為に、余計に意固地になっていた。
そのテレーズは、ディオン達の側でクロヴィスと婚約者然として笑っている。
「騙された……」
誰も騙してなどいない。
今までも婚約者候補というだけで、様々な恩恵を受けてきた。
正式な婚約者となり、次いで王太子妃となり更には王妃に。最後には後継者を産んで国母となる名誉を授かったら、どれほどの恩恵がディヴリー家に齎される事だろうか。
そう勝手に目算して辞退しなかったのは、フルマンティ公爵である。
後継者であるユゲットの兄は、何度もユゲットへ辞退するように助言していた。
正式に婚約者になってからでは、遅いのだと。
その話をユゲットから聞く度に、ふざけるなと彼を怒鳴りつけて黙らせたのもフルマンティ公爵だ。
会場内に居るはずなのに、妻と息子は側に寄って来ない。
ユゲットを助けにも出て来なかった。
「このまま舐められて終わってたまるか」
フルマンティ公爵は、手元のシャンパンを一気に飲み干した。




