正式な婚約者
「フルマンティ公爵!」
ディオンが自分の父親の名を呼ぶのを、ユゲットは不思議な気持ちで見ていた。
意味がわからない、と。
幸いディオンに一番に挨拶をしようと、フルマンティ公爵は側まで来ていた。
「お呼びでございますか!?」
転び出て来たフルマンティ公爵は、顔面蒼白だった。
「なぜ貴様の娘は、私の愛する人と同じ色のドレスを着ている?」
そこで初めて、フルマンティ公爵は自分の娘とディオンのエスコートする娘が、まるっきり同じ色のドレスを着ている事に気が付いた。
これ以上悪くなると思えなかった顔色が、さらに悪くなる。死人のような色味である。
「いつも通り婚約者候補として、王太子殿下の瞳の色を着てまいりました」
頭を下げながら答えるフルマンティ公爵の横には、胸を張り堂々と立つユゲットがいる。
「今日の主役は誰だ?」
ディオンの静かな問いが会場へ響いた。
「ディオン様でしょう?」
答えたのはユゲットだ。
隣のフルマンティ公爵は、身体を小刻みに震わせている。
「……なるほど」
ディオンの冷たい視線が頭を下げるフルマンティ公爵を見ていた。
「それでは、今日から貴様は私の婚約者と名乗るが良い」
ディオンの視線がユゲットを見る。
言われたユゲットは、これ以上無いくらいの満面の笑顔を浮かべた。
やっと望む地位を手に入れたのだ。天にも昇る気持ちだった。
王太子がいつまでも婚約者を決めないのは、いかに自分の役に立つかを競わせているからだ、と思われていた。
その為、一番有力だったのはジスカール侯爵の長女ペリーヌ・アルカンだった。
地位は公爵には負けるが、納税額が候補者三人の中で一番多く、ある意味一番国に貢献していたからだ。
しかしそのペリーヌは先日、王太子の婚約者を騙っていたとの罪で候補から外れた。
今までは問題にされなかった行動なので今更感があったが、王太子の側近の前で婚約者だと言ってしまったので、言い逃れが出来なかったらしい、と社交界では噂されている。
そして一番消極的だったのは、シャトレ侯爵の長女テレーズ・カユザクだった。
なぜ候補を外れないのか逆に疑問だったが、本日その理由が判明した。
王太子の前で、クロヴィスがテレーズをエスコートしている。
その意味が解らない貴族はいない。
テレーズは婚約者候補を外れ、クロヴィスと婚姻する意思を示したのだ。
クロヴィスは、妹が幸せになるまで結婚しないと公言していた。
そのような相手との結婚を許す親など、普通はいない。
他の婚約者を決められない為の隠れ蓑に、王太子の婚約者候補という立場はとても都合が良かったのだろう。
実際には、婚約者候補になった後でクロヴィスとテレーズは出会っていたし、お互いに意識し始めたのは、学校を卒業した後だった。
通常中等部は男子のみが通い、女子は十五歳から高等部へ通うか、女学院へ通うものだった。テレーズは高等部から、ユゲットとペリーヌは中等部から通っていた。
因みに、苛烈な婚約者候補達に虐められるのを避ける為、家族はレベッカの女学院への進学を決めた。
同じ学校にたった一年でも一緒に通える事を密かに楽しみにしていたディオンは、おそらくこの時に婚約者を決めるのを止めたのだろう。
真っ白な顔色で今にも倒れそうなフルマンティ公爵をその場に置いて、ディオンはレベッカを伴って歩き出した。
その後をクロヴィスとテレーズが続く。
ユゲットが父親とディオンの間で視線を彷徨わせていると、ディオンが振り向いた。
「何をしている。早く来い」
呼ばれたユゲットは、笑顔を浮かべ小走りでディオンに近付いた。
レベッカとディオンの間に割り込もうと腕を伸ばし……テレーズに止められた。
「まだ解らないの?」
掴んだ腕をグイッと引き寄せたテレーズは、ユゲットの耳元へ顔を寄せる。
「彼女は私達とは違って、本当に望まれた人なのよ。足りないのは身分だけなの」
今までレベッカに見せていたのとは違う、冷たい目と冷淡な声。
「その身分が大切なのでしょう?!」
テレーズの腕を振り払い、ユゲットはディオンに近付いた。
それでもテレーズの忠告が効いたのか、レベッカを退かさずに、反対側の空いている腕に掴まった。




