約束
レベッカは、愛する人の腕の中でクフフ、と変な笑い方をしていた。
どうやら嬉し過ぎて漏れてしまう笑いを、無理矢理我慢しようとして変に漏れているようだ。
そんな淑女らしからぬレベッカを、ディオンは優しい笑顔を浮かべ、愛おしそうに見つめる。
「ぐはっ、冷徹冷血氷の王子どこ行った」
気を使って少し遅れて来たクロヴィスが、激甘なとろけた表情で妹を見つめているディオンを見て、嫌そうな声を出す。
「まぁ、お話には聞いていましたが、本当に笑えるのですね」
テレーズが本気で驚いている。
レベッカから視線を上げたディオンは、スッと顔から表情を消した。
「クロヴィスにテレーズか」
二人の名前を呼んだディオンは、それでもレベッカを解放しない。
自分達を見る冷たい視線と感情の無い表情に、テレーズは自分の知っている王太子だと安堵する。
「……まぁ、八年ぶりだしな」
「公妾に決まってからも会っていなかったのですか?」
テレーズがクロヴィスを見上げた。
「諸々の手続きと……後は、逢瀬を重ねる場所が完成してなかったからな」
あの様子で今日は帰ります、とはならないだろう。
「正妃がいれば王城にお部屋を持てますのに……」
テレーズが思わず呟くと、クロヴィスが視線を前から横へ移す。
「それ、誰がなるの?」
剣呑な響きが含まれているのは、気のせいでは無い。
「勿論、私では無いですわ」
笑顔で答えた後、テレーズはクロヴィスにそっと寄り掛かった。
「ご無沙汰しております」
ブレソールがディオンへ敬礼をする。
その横で、ガストンも同じように敬礼をしている。
そしてその並んだ二人の後ろで、リズも同じように敬礼していた。メイド服なので、違和感が半端ない。
リズの隣では、アンが頭を下げている。
「皆もご苦労だった。ブレソールは近衛隊へ戻るように。リズは戻るなら、騎士隊にまだ籍はある。アンは」
「私はこのままレベッカ様の侍女を続けます」
アンがディオンが何かを言う前に宣言する。普通ならば不敬行為なのだが、ディオンは頷く。
「それなら私も侍女で!」
リズが敬礼していた腕を、はいっと上へ上げた。
「では、俺もこのままで!」
ガストンがリズと同じように手を上げる。
「いやいや、お前は護衛兼側近だろうが」
呆れた声を出したのは、ディオンでは無くクロヴィスだ。
「側近って言っても、八割護衛で一割雑用、残りの一割は伝言係だからな」
ガストンが笑う。伝令ではなく、伝言らしい。
実際はそこまで極端では無いが、護衛に比重が傾いているのは事実だった。
「許可しよう」
ディオンが言う。
皆の会話を、レベッカはディオンの腕の中で聞いていた。
首を傾げながら。
会話が一段落ついた時、やっとディオンはレベッカを解放した。
ディオンが腕を差し出すと、レベッカはそっと手を添える。
「失礼します」
前に進み出たリズが、乱れたレベッカの髪を直した。
二人が連れ立って歩く後ろで、クロヴィスがテレーズへ手を差し出す。
エスコートの申し出だ。
テレーズは笑顔でその手を取り、やはり仲良く歩き出した。
レベッカ達が披露宴会場へ戻ると、小さな騒動が起きていた。
一人だけディオンの迎えに行けなかったユゲットが、癇癪を起こしていたのだ。
「なぜ婚約者候補のわたくしが駄目なのですか! しかもテレーズは行きましたのよ?!」
言っている事は至極まともで、正論だった。
但し、その着用しているドレスが問題だった。
その為に会場の警備に止められたのだ。当然、この警備もディオンの配下である。
ユゲットはいつも通り、淡い水色のドレスを着て来ていた。
何も考えずに。
普段なら目溢ししてもらえただろう。今までのように。
「そのドレスはどうした」
ディオンがユゲットへ問い掛けた。主語が無いが、視線はユゲットへ向いている。
話し掛けられたユゲットは、笑顔でディオンの前へ躍り出た。
「自分で用意いたしましたの。ディオン様の瞳の色ですわ」
ユゲットはそこまで言って、やっとディオンが誰をエスコートしているのか気が付いた。
「まぁ、わたくしと同じ色のドレスを着るなんて!」
いつもの調子で、ユゲットは相手を責めた。
ユゲットは王太子の婚約者候補であり、最高爵位の公爵令嬢だったので、それが当たり前だったから。




