ⅩⅣ: Juvenile Delinquent
バーノンが行き先を御者に告げると、馬車は来た道を引き返してとある裏路地に入っていく。
裏路地では労働者階級の者たちが多く住んでいるようで、少し服の汚れた者たちが道の端でたたずんでいる。
馬車が進んでいる道から分かれた狭い道には工場から出た煙が濃く立ち込めていた。
裏路地を進んでいくと、馬車はテムズ川付近にあるパブの前に止まる。
そのパブの名前は『Juvenile Delinquent』である。
ここはかなり人気のパブで、常に繁盛していた。
馬車にいても聞こえる音楽と共に、店内からは酔っ払いの賑やかな声が響いている。そして、酒や煙草の匂いが強く充満しており、みな現実を忘れて幻想にまどろんでいるようだ。
そんな中、幻想の空間に紛れながら一人で現実を見続ける男がいた。
その男はカウンター端の席で優雅に煙草をふかしている。
隣にはスタイルのいい色気のある女性がおり、エールを飲んでいる。
まず男の方の容姿は三十代後半と思われ、少し疲れ切ったような顔をしている。髪をすべて上げて固めているのと、エラが張っているのが目立っている。
そして女の方は赤いコートが付属品のように感じられるほどの色気を持った赤い唇に、人の目を奪う綺麗な手を持っていた。年齢不詳な若々しい美しさは緩やかなウェーブがかった髪にも表れているだろう。
彼女はこのパブの知る人ぞ知る有名な美しすぎるオーナーであった。一般的な女性からはかけ離れた強く自立した女性である。
店内に早足でやってきた四人は、通路を挟んでその二人の後ろにあるテーブル席に座り、ノアがカウンターにいる二人と顔を合わせずに声をかける。
「おい、『バーテンダーはいるか?』」
「……今は『席を外してるぜ』、お坊ちゃん」
「……そうか」
情報屋との取引の際はこの会話を必ず交わす決まりである。
これが大事な合図になっており、この合言葉は情報屋の客である一部の数少ない人間のみしか知りえない。
つまり、新規の客が情報屋と取引をしたい場合は、必ず合言葉を知っている客から聞き出さないといけないのである。
基本的に彼らは自ら客を選び、数少ない客と親密な関係を築くので、ノアはその選ばれた数少ない客の一人であると分かるだろう。
短い合言葉を交わした後、ノアのみが立ち上がり、少し距離のある通路を横切り、カウンター席に移動する。
すると、その男はゆっくりと顔をノアの方に向け、けだるそうに口を開いた。
「今日はないぞ」
「あぁ知っているよ。新しい情報が欲しいんじゃない」
「じゃあなんだ」
「今日宝石市で無事に宝石は手に入れたが、それは「偽物」だった。展示前に「本物」とすり替えた奴がいる」
「なんだと……? そんなクソ野郎がいやがったか……もしかしてその入れ替えた奴を探してんのか?」
「そうだ、そのクソ野郎の手がかりを探している。協力してくれ。まず、その情報はどこから手に入れたんだ?」
「……教えられない。そういう約束になっている」
「……申し訳ないが、今回はそう簡単に食い下がるわけにはいかないんだ。何が何でも協力してもらうぞ」
「まったく……自分勝手すぎるぞ、坊ちゃんよぉ……俺に拒否権はないわけだな」
「そういうことだ」
「……だそうだぞ、レディ」
「あら……もう私の出番?」
「聞いていただろう……それとも、もう酔っぱらったか?」
「私がお酒強いの知っているでしょう? ふふ、可愛らしい坊や……こんな可愛げも面白味もない男とじゃなくて、私と遊ばない?」
「か、かわ????」
「坊ちゃんを揶揄うのはやめてやれ、そっちは疎いタイプだぞ……」
「そうなの? ふふ……ごめんなさいねぇ?」
「まったく……こちらは「マリアン・モーティス」だ。
このパブのオーナーで、俺と同じく情報屋だ。そういや俺の名前を言ってなかったな。裏仕事に本名なんていらねぇが……利害関係以上に関わることになりそうだからな……教えてやろう。俺は「カルロス」だ……改めてよろしくな」
「僕はモルガン侯爵家当主、ノア・モルガンだ。改めてよろしく」
「あら、侯爵様なのね……ふ~ん、なら話は奥の部屋でどうかしら?」
「あぁ……ノア坊ちゃんの連れもいるんだろ? 呼んでくれ、案内する」
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