ⅩⅡ:Padparadscha sapphire
パパラチアサファイア「一途な愛、運命的な恋」
【朝 Morgan侯爵邸 仕事部屋】
あの素晴らしい展示物を見た次の日の夕方、ノアは素晴らしく魅力的な情報を手に入れていた。
それはなんと宝石市が来週の月曜にロンドンで開かれるらしいとのことで、その宝石市では、珍しい宝石も出品されるらしい。
これに食いついたノアは急いでどんなものがあるのかというリーク情報を情報屋から手に入れていた。
朝から軽食を持ってこさせて籠っているこの仕事部屋は、ノアしか入れないようにしている。
この部屋では主に宝石の手入れや、宝石の詳細のメモなどがあって、これまで宝石にかけてきた人生の情報が凝縮されているといっても過言ではない大事な部屋なのである。
この部屋でノアはリーク情報の資料をまとめていた。まぁ、まとめているというよりは、バラバラと資料を床に置いてしゃがみながら観察しているといったほうが合っているかもしれない。現在は資料に載っている宝石からどれを狙うかを悩んでいた。
宝石を確実に手に入れる為にはスピードが大事で、狙うモノをあらかじめ決めておかなければいけないのだ。
「ふむ……『エメラルド』か……しかも状態がいいもの……」
ブツブツと独り言が止まらない中、彼の目に留まったのは『エメラルド』だった。
『エメラルド』は古くから愛される宝石で、その透き通った緑色は多くの人々や王族、貴族を虜にしてきた。別名「緑の火」とも呼ばれている。
その『エメラルド』の状態の良いものが手に入るかもしれないとニヤつきながら、今回の狙いの宝石を決めたノアは叫ぶ。
「よし、今回は『エメラルド』を手に入れよう……!!」
そう言いながらバッと立ち上がるとしゃがんでいたせいか少し立ち眩みがする。
(……目玉商品はオークション形式か……だから時間が決まっているはず……ん?……立ち眩みが……)
ふらつくノアは前のめりにバランスを崩した。
「おっと……」
バンッ!!
その声を聞いて部屋の扉をバンッと開けて入ってきたのはバーノンだった。後ろにはウィリアムとエマ、そしてチャーリーもいる。
「ご主人様……大丈夫ですか!!」
「兄さん!?」
バーノンは立ち眩みでふらついたノアを支えることに成功した。
チャーリー達三人は部屋の前で中の状況を確認することにしたのか、入口からこちらを覗いていた。
「すまない、立ち眩みがね……いや、それよりなんで部屋に入ってきているんだ? 入るなといつも言ってるだろ?」
バーノンはじっとノアに見つめられると、大汗を全身から出し始めた。
(うッ……そ、それは……)
バーノンはやばいといった顔で目を泳がせる。不可侵領域に立ち入ってしまったら、どのような罰が与えられるのだろうかという恐怖も少しあったのだろう。
「だって……だってぇ……部屋の前でずっと待っていたらあんな声が聞こえてきたんですよ!?」
「待て、もしかして……ずっとそこで待っていたのか? 確か二時間前に軽食をもって、この部屋に籠ったはずだけど……」
「はい……」
刹那、ノアはドン引きという名の驚愕の表情を浮かべていた。勿論、それを離れて見ていた三人も。
(……え)
ノアは「まさかな……」と呟きながら、フッと三人の方を恐る恐る見つめた。
「…………お前たちもか?」
「「いいえ/違いますわ」」
「そうか……変態はコイツだけだな」
「へ……変態ですか……? ご主人様に言われたら悪い気がしませんね~!!」
「僕は悪い意味で言っているんだけどな??」
「まったく、兄さんを困らせるバーノンの変態さにはいつも驚くよ」
チャーリーがとても呆れた顔で言い放つ。
「ふふ……本当にバーノンは当主様のことが大好きですね」
「姉さま……そんな綺麗な愛じゃないですよ」
ウィリアムがムッとした顔で否定する。
「あら、そうかしら?」
「そうです。僕の姉さまへの愛の方が永遠で綺麗で純粋です。「あれ」と比べ物になりません」
「あれ」と指をさされたバーノンは驚きながら、言い返す。
「ちょっと待ってください、ウィリアム様、私を指さしてくるのやめてください……それに聞き捨てなりません!! 私のご主人様への愛は一番綺麗で純粋ですぅ~!!」
ウィリアムはバーノンの方を向き、ため息をつく。
「ありえません」
ズバッと言われてしまったバーノンは足をつきながら「な、なんですって……??」と頭を抱えた。
「はぁ……とりあえずバーノンはこれから日が落ちるまでの間は僕の半径一メートル以内侵入禁止で……これから話があるから全員居間へ行きなさい」
「えっ……」
バーノンのみノアから一メートル離れながら、全員で仕事部屋から居間へ移動すると、ノアは告げる。
「さて、みんな座ったね? 次に狙う宝石が決まったから伝えておく。次に狙うのは来週行われる宝石市で出品されるという『エメラルド』だ! オークション形式で出品されるらしい」
「……『エメラルド』ですか……」
「あの緑色の宝石ですわね……?」
仕事モードになったウィリアムとエマが確認するように呟く。
「そうだ。もし、落札できなかった場合はいつも通りの手段で行くから、心しておくように」
「「分かりました」」
ウィリアムとバーノンが返事をする。
ウィリアムはバーノンをちらりと見る。脳裏にあの日、月明りに照らされていたバーノンの姿が思い浮かぶ。
(また裏仕事になってしまった時はああなるのだろうか……)
そんな事を考えているウィリアムをよそに、話は進んでいく。
「では、今回の宝石市にはチャーリーとエマを連れていくことにする。二人は予定を調整しておいてくれ」
「分かりました、兄さん!!」
「当主様の仰せのままに」
二人が良い返事をする中、それまで隅っこでいじけていたバーノンはノアに恐る恐る声をかけた。
「あの、私は……?」
「バーノン、おまえは僕の執事だろう……いないと困る……」
わざわざ言わせるなといった様子で顔をそむけるノアだったが、バーノンにはそれが照れているのだと分かっていた。
「はい♡」
ノアのデレに大喜びし、他三人のドン引きといった態度をガン無視するバーノンはノアに飛びついて頬を押し付けていた。
一メートル近づくなという命令もすっかり忘れているようである。
こういうデレがあるせいで、バーノンの抱えているノアへの愛は一向に重くなっていくばかりである。
「じゃあ、喉乾いたし……折角だからお茶でも飲むかい? バーノン……ひっついてないで早く淹れてきてくれ」
「うぅ……名残惜しいですが、いってきます……」
泣きながら離れていくバーノンを見て、まったくしょうがない奴だななんて腕を組みながら頭を抱えるノアをよそに、最近のニュースや噂話を始める三人の楽しそうな声が響き渡ったのであった。
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