44.アニアを護る為に
「むしろ良い事ではありませんか。魔族と人間が和平を結べば、それだけ傷つけ合う事が減り、互いの利益になるのですから」
不満げなアニアに対し、まるで宥めるようにそう諭す魔王クルブスに彼女は言葉を濁す。
「それはそうかもしれませんが、何と言うか、公私混同と言うか、自分がそんな大それた話の原因になっている事に居心地の悪さを覚えると言うか……」
「公私混同は確かにあまりよろしくありませんね。公の利益に反するのなら。でも、今回のケースに関しては、公私混同どんとこい!だと私は思いますけどね。公としての大義もありますし」
彼の顔には屈託がまるでなかった。その顔を見て彼女はふと思った。
「もしかして、私が軍をクビになったのもその所為ですか?」
「やはり気が付きましたか…… その通りです。人間側にも魔族社会との貿易で稼いでいる者は多くいますから、私に協力してくれるのですよ」
「そんな私の意見も聞かず、勝手な……」
まるで文句を言うように口を開いたが、その彼女の言葉にはほとんど怒りが伴っていなかった。それを見透かしているのか、彼は悪びれる様子も見せずに言う。
「それでは、あなたは私を殺したかったのですか? 勇者として軍に残るというのはそういう事でしょう?」
「それは…… もちろん嫌ですけど。
――って、その言い方は卑怯です! それにそれは現在の話です。当時は違います」
「いいえ、当時もあなたは私を殺したがってなどいませんでした。私だけじゃなく、他の魔族だって」
そう断言する彼にアニアは何も返せなかった。軍を辞めることになって重圧から解放されたと感じた記憶が残っていたからだ。自覚はなかったが、そこには誰も傷つけたくないという想いもあったのかもしれない。
黙ったままの彼女に向けて彼は続ける。
「ですが、人間と和平を結ぶに当たって、一つ大きな問題がありました。
それは…… アニアさん。あなたの命を狙おうという輩が和平反対派の中に絶対に現れるだろう事です。だから私は予め動くぬいぐるみ…… ナイをあなたに渡しておいたのですよ。
ナイには私に居場所が分かる機能、あなたの危機を察知する機能、そして、私の魔力と私の最大の魔法である魔界をあなたが使えるようにする機能を備え付けておきました。
ただ、魔界は魔力消費量が凄まじくて、発動し終えた後、あなたは行動不能に陥ってしまうので、簡単には発動しないようにあなたが重傷を負った場合のみという制限を付けておきましたが」
それを聞いてアニアは納得した。だから反魔族団体と魔族の戦いに巻き込まれて重傷を負った時、彼女は魔界が使えたのだ。
多少呆れたような顔を見せながら彼女は返す。
「だから、ナイは私が出掛けようとするとほとんど必ず付いて来たがったのですね?
そう言えば、ウールリちゃんも私と一緒に出かけたがる事が何回かありましたが、彼も私のボディーガードですか?」
「はい。あなたなら、ナイやウールリから請われたら、絶対に連れて行くと分かっていましたから。いやぁ、ウールリのように外見が可愛い実力者を探すのは大変でしたよ」
魔王はニコニコと笑っていた。悔しいがその通りだった。まったく悪びれる様子がない彼に今度は彼女は多少の怒りを覚えた。
“やっぱり、自分だってナイに色々と仕込んでいたのじゃないですか。渡す時に部下が勝手に盗聴用の魔具をどーたらとか言っていたくせに……”
もっとも、彼に悪意はまったくないのだが。
「もちろん、ナイだけじゃ不安なので他にもあなたを護る為に色々とやりました」
そう彼が言うのを聞いて彼女は思い出す。
「あの…… 私、一人暮らしをしていた頃、ずっと何かに監視されているような気がしていたのですが、あれって、もしかしたら…」
「はい。私があなたを護る為に雇ったエージェント達ですね」
「やっぱり! どれだけ私が怖かったか分かっているのですか?」
「アハハハ。すいません。でも、あなたに言う訳にもいきませんし。
因みに、もしあなたに捕まったら痛がる振りをすれば絶対に力を弱めるとエージェント達には教えておきました。見事に予想通りだったようで」
そこで一度切ると、魔王は部屋を見渡すような動作をしてから言った。
「本当は直ぐにでもここにお迎えしたかったのですがね。ここを完成させて体制を整えるのに思った以上に時間がかかってしまいまして」
もうアニアは少々の事では驚かないようになっていた。
「このビルが、まるで“魔法の要塞”だとゼン・グッドナイトが言っていたのですが、それももしかして、私を護る為ですか?」
ゼン・グッドナイトは、何かしら悪しき企みを魔王フルムス・クルブスがしているかのような事を言っていたが。
「その通りです。このビルは少々の攻撃なら軽く跳ね返しますし、この探偵事務所の出入り口は攻め難い構造になっています。また、サーチアイによって四六時中周囲を監視していて、半径1キロメートル以内に近付いた魔族は見逃しません。
なので、ここに住めば、ほぼ完全に魔族テロ組織からの攻撃は心配がいらなくなります。だから探偵助手としてあなたにここで住み込みで働いてもらう事にしたのですよ」
「そんな無茶で強引な話がありますか!? それに、そもそもどうして探偵なんです?」
「探偵って立場なら、警察と連携したり魔族のテロ組織を調べる上で良いカモフラージュになると思ったのですよね。不自然さがないでしょう? それに、ちょっと憧れていましたし」
その魔王の説明に彼女は呆れた。額に手をやりつつ言う。
「一応指摘しておきますが、充分に不自然でしたからね? あなた、ほとんど探偵の営業をする気がなかったじゃないですか。……って言うか、一応本当に探偵に憧れてはいたのですね」
「不自然でしたか。そうですねー。今にして思えば、もっと他にやり方があったような気もします。それにその所為で魔族のテロ組織が変な作戦にも出てしまったようですし」
「変な作戦とは?」
そう彼女が尋ねると、彼はリビングの方に目を向けながら言った。
「サリーですよ」
「サリー?」
少し考えて、アニアは気が付く。
「もしかして、サリーって私を誘き出す為にさらわれたのですか?」
魔王は頷く。
「多分、そうなのだろうと思います。
先程説明した通り、このビルの半径1キロ以内には魔族は近づけません。私にバレますからね。
ならば、あなたを狙うのなら、人間を雇って探偵への依頼の振りをして誘き出すしかない。
ですが、魔族テロ組織にそんなコネがあるはずもないのですよ。ここは、まぁ、高級な探偵事務所ですから、それなりに身分の高い人間じゃないと変ですし。
だから魔族テロ組織は、高級住宅街にこの探偵事務所の噂を流した上でトレンチコートの男を使ってペットの誘拐を繰り返したのでしょう。多分、ペットを誘拐された家族がこの探偵事務所にペット探しの相談を持ちかけるのを待っていたのだと思います。その依頼を請けたあなたがペットを探しに来たところを狙うつもりだったのでしょう」
その説明にアニアは真っ赤な顔をした。
「それじゃ、私はずっと狙われてもいないサリーを必死に護っていたって事ですか? とんでもない間抜けじゃないですか!」
申し訳ないような、それでいて楽しんでいるような顔で魔王は言う。
「まぁ、そうなりますかねぇ……」
それから彼女は少し考えると言った。
「いえ、ちょっと待ってください。おかしいですよ。魔族は実際にサリーを一度さらおうとしています。あのグッドナイト機械工業のビルを訪ねた時です」
「うーん…… それも少し違うと思いますよ? 多分、あいつらはサリーを人質に取ろうとしたのですよ。あなたなら、それで大人しく言う事を聞くだろうと判断して……
あなたを狙う魔族テロ組織なら、あなたがそういう人間だという事くらい知っているでしょうから。
ただ、分析が甘いですよね。あなたらそこらを歩いている人間なら誰でも…… いえ、人間でなくっても人質になるのに」
「そんな事はどーでもいいんです! 私、馬鹿みたいじゃないですか?!
と言うか、ですね! そもそも、どうして魔族テロ組織に私が狙われているって教えてくれなかったのです? 教えてくれたら、こんな面倒な事にはなっていなかったのじゃなですか?」
それを聞くと魔王はニッコリと笑った。ただ、それは明らかに作り笑顔だった。ちょっと怒っているように見えなくもない。
「もし、教えていたら、あなたはどうしていましたか?」
「それは、もちろん、囮役を買って出ていました。魔族テロ組織を摘発する為に」
それを聞くと、彼は笑顔のまま「それですよ」と言って彼女の両方の頬っぺたを両手でつまんだ。
「なにふぁ、ふぉれです?」
「あなたがそう言い出すのが分かり切っていたから、内緒にしておいたのですよ! どうして、必死に護っているあなたを囮にして危険にさらさなくてはいけないのです! 本末転倒じゃありませんか?」
軽めに頬っぺたを引っ張りながら、彼はそう叱るように言う。「ひたひれふ」と、それにアニア。頬っぺたを離すと彼は続けた。
「とにかく、私は魔族テロ組織があなたを狙っている事をあなたに隠しながら、裏では魔族テロ組織を調査し、なんとか捕まえようとしていたのです。
しかし、サリーを探す過程で巻き込まれてしまったトレンチコートの男、ギニー・ヌーの殺人事件の所為で、あなたにそれが知られてしまう危険が出て来てしまった。
実は当時、既にゼン・グッドナイトと魔族テロ組織に繋がりがあるだろう事までは分かっていたのですよ。ところがあなたにはあの男とのコネがあり、会えると言うじゃありませんか。
だから私は、実際にゼン・グッドナイトに会って忠告をしたのです。ほら、色々とシロアキ君の所で得た情報を言ったでしょう? あれは“こっちは色々とお前の情報を握っている。もっと慎重に行動しろ”ってメッセージのつもりでした」
アニアはそれを聞いて、“ゼン・グッドナイトが言っていた魔王が自分に忠告をしたって予想は正しかったのね”などと思った。
「なるほど。だから、一度はグッドナイト機械工業に大胆に接触したのに、それからは避けていたのですね。
魔族とは関係がないだろう石炭エネルギー会社“ノッカー”会長のグロー・ニナイカナについて調べたり」
アニアの言葉に「はい」と彼は頷く。
「あの男に魔族テロ組織の活動を抑制させて、あなたに知られ難くしている間で、私が魔族テロ組織の尻尾を掴むつもりでした。
が、ここで誤算が一つ。
ゼン・グッドナイトは私が思っていた以上に優秀で、魔族テロ組織の行動をコントロールしてしまったのですよ。その所為で、テロ組織の動きが掴み難くなってしまった」
「しかも、クリンさんが私を狙ったりで、ますますあなたは混乱した」
「その通りです。人間の組織があなたを狙うのは完全に想定外でした。だから必死に調べたのですがね。まさか、彼女が犯人だったとは……」
そこで一度言葉を切るとこう続ける。
「それからも私は魔族テロ組織について調べ続け、鉄道開通セレモニーの日に何かやるのではないかと当たりを付けました。
私は彼らについてはよく知っています。彼らがゼン・グッドナイトに大人しく従い続けるとは思えませんでしたから、きっと反逆するだろうと思っていたのです。あのイベントはそれに打ってつけでした。
だから犯行を未然に防ぐ為に、私はあの日、セレモニーの汽車に乗ろうとしていたのですよ。ところが……」
そう言いながら、彼はアニアをじっと見つめた。おずおずと彼女は口を開く。
「……私があなたに無断で、反魔族団体と魔族テロ組織の争いを止めに行ってしまってそれを邪魔してしまった…… のですね?」
彼女はいかにも負い目を感じているといった顔で彼を見返した。
「それについては申し訳なく思っています。浅はかでした」
その可愛い反応に彼は思わず笑顔になる。
「はい。私も隠し事をしていましたからね。それについてはお互い様です。今後は、もしお互いに何か不満があったりした場合は問題になる前にできる限り言うようにしましょう。ずっと一緒にいるのですからね」
それに彼女は「はい」と返し、少しの間の後に、何かを思い付いたような表情を見せた。それから言い難そうにしながら、「あのう……」と、口を開く。
「……実は早速一つあるのですが」
彼は驚いた顔になった。
「なんですか?」
彼の下半身辺りに視線を向けながら彼女は答える。
「……あなたのものですが、少々、私には大き過ぎるかもしれません。もうちょっと小さくはなりませんか?
圧倒されてしまって……」
彼は困ったような笑顔で返した。
「……それは、ちょっと無理ですかね」




