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12. 私が食器を洗い終える頃には

 私が食器を洗い終える頃には、崇はすっかりくつろいだ様子で、ビールを飲みながらテレビに流れるニュースを見ていた。

 女性キャスターの声が聞こえてくる。


 ――本日はバレンタインデー。

 各地の、デパートの地下街やお菓子屋さんでは、多くの女性が来店し――


「明日香ー」崇が声を掛けてきた。「オレには? チョコレート、ねぇの?」

「もちろん、あるよ?」

私は濡れた手を拭きながら答えた。振り返ると、嬉しそうな顔で崇がこちらを見ていた。

「マジで?」

「だって今日、バレンタインデーでしょ?」

 もともと、そのチョコレートを手作りにしたくて、父さんと母さんに嘘ついてまで今日は朝から来たんだもの。

 私は冷蔵庫を開けると、作っておいたトリュフ・チョコレートを取り出した。

「ごめんね、ラッピングまでしてる余裕がなくて」

そう言いながら、コタツまで運ぶ。

 崇は、目の前に置かれたお皿に乗った状態のチョコレートを、呆けた表情で眺めた。

「ちょっと、何か言ってよ」

あまりに反応がないと、心配なんだけど……。

「これ、明日香が作ったのか?」

「うん」

「食ってもいい?」

私が頷くと、崇は一粒口に入れた。その直後、僅かに眉が動いた。もしかして、口に合わなかったかな? 崇は、確か、甘いものは大丈夫だったはずだけど。よくシェークとか飲んでたし。

 やがて、崇はもごもごと動かしていた口を止めた。

 そして、何故か沈黙。

 やっぱり、苦手な味だったのかな。私がそう思い始めたとき、崇が言った。

「美味い。ヤバい。食べるのもったいなくなってきた……」

「せっかく作ったんだから、ちゃんと食べて?」

「あぁ。でもさ、あと五つしかないだろ? 今夜はもう時間も遅いし、残りは明日にする」

崇はそう言って、チョコレートが乗ったお皿を持ち上げる。その仕草がなんだか嫌に恭しい感じがして、私は苦笑した。

「なんだよ?」

立ち上がった崇が私の方を軽く睨む。心なしか、その頬が赤くなっている気がした。

「別に、なんでもないよ」

私はそう言ったけど、崇は面白くなさそうな表情のまま、チョコレートのお皿を冷蔵庫にしまった。


「明日香、そういや、さ。親御さんには何て言って出てきた?」

 唐突に、崇が言い出した。キッチンから戻ってきた崇は、そのままコタツに入って座椅子に腰掛ける。

「え?」

 崇の言葉が信じられなくて、私は聞き返した。

 私自身、そのことを崇に言いたいって思っていた。一人で悩んでいても仕方のないことを一人で悩んでて、堂々巡りになっていた私を、カフェのマスターが背中を後押ししてくれた。だけど、いざその話題になってみると、やっぱり不安になる。

 だから。

「なんで急にそんなこと聞くの?」

私は尋ねた。

 崇は背中を丸くして、コタツ布団に半分顔を埋めるようにする。そのまま、私の方を窺いながらしばらく黙っていたけど、やがて言いにくそうに言葉にした。

「――会社で先輩に言われたんだよ。遠距離恋愛してるなら、絶対確認しておけって」そして、崇は背筋を伸ばした。「だからさ。本当のこと、教えてくれ」

 今度は私が言葉に詰まる番だ。崇の顔が見られなくて、少し目線を逸らせる。

「……ない」

「え? ごめん、聞こえなかった」

「父さんにも母さんにも言ってないの。今日、崇のところに来てるって。大学のときの友達のところに来てるってことになってる」

 崇がため息をついた。

「だよなー。やっぱり、そうだよな」

 崇はそう言って、自分の頭をくしゃりと掻いた。

「あのさ、明日香の親御さんって、未だ働いてるんだっけ?」

「? うん、そうだけど……」

あれ? 突然、話題が変わった? さっき、何のためにあんなこと聞いたの?

「土日は? 休み?」

重ねられる質問に、私はわけもわからずに頷く。

「うん」

「来月、どっかの週末、予定空いてるかな?」

「え? 私?」

「違うだろ。明日香の親御さんだよ」

「週末はいっつも家にいるけど……なんで?」

 なんとなく話が見えてきた。崇が私の親の予定を聞くなんて。期待しても、いいの?

 崇はまた頭をくしゃりと掻き、「なんもわかってねぇな……」と呟く。「明日香の親御さんに、挨拶に行かなきゃいけないだろ?」

「え……?」

期待はしてたけど。でも、本当に崇からそんな風に言ってくれるなんて。

「それとも、オレにそんなことされるの、嫌か?」

 私は、首を横に振った。

 それを見て、崇は安心したように微笑んだ。

「先輩に言われたんだよ。遠距離恋愛の場合、女の子は肩身の狭い思いをすることが多いから、お前が気を使ってやれって。彼の家に泊まりに行くのに、親に嘘をつかなきゃいけない場合があるって。だから、お前が本気なら、まず相手の親に挨拶しておけって」

 私は頷く。それ、正に私のことだ。

 崇は続けた。

「オレは、本当に本気だよ。真剣に明日香とのこと考えてる。そりゃ、今すぐ結婚とかはできないけど、でも、するなら明日香とって思ってるよ。だから、明日香の親御さんに挨拶しておきたい。真剣に付き合ってますって言っておきたい。だから、オレの家に来るの許してくださいって言いたい。それに、明日香にはオレの両親にも会ってほしい。紹介しておきたいんだ」

 私は、堪らなくなって崇に抱きついた。崇は私の突然の行動にびっくりしたみたいだったけど、ちゃんと抱きとめてくれた。

「ありがとう! 本当に嬉しい……。実はね、私もそれ、お願いしようと思ってたの。でも、崇が嫌がるかなぁって思って……」

崇が私の頭を撫でる。

「あのなぁ。もうちょっとオレのこと信用してほしいんだけど。……つっても、まぁ、オレは前科者だしな。すぐには無理だろうけどさ」

 崇の手が私の両肩に触れ、身体を押し返した。向かい合う。自然と顔が近づく。


 気づけばいつも、崇が傍にいる。

 いつか、それが当たり前の毎日が訪れることを祈って。


 私は崇にキスをした。

 第二章、終了です。

 そして同時に、一応この物語はここで終了ということで考えております。

 もしかしてもしかしたら、忘れた頃に、また突発的に続きを書くかもしれませんけれども……。


 長い時間お付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。


 もしよろしければ、「読みました」だけでもいいので、感想や批評など送ってくださいませ。

 とても嬉しく思います。

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