第1章 褒美
人間は弱い。花のように儚い生き物だ。
短命種であり、身体の作りも脆弱。生きているのが不思議なくらいである。それでも知恵は、我ら上位存在すらも驚く程に豊富。そして、感情から生まれる力もまた未知数である。
「さぁ、教えてくれるかしら。貴女の願いを」
「いえ、本当に私は……神様になにかして頂くほどの事は」
「したでしょう? 貴女が機転を利かせてくれたからこそ、邪神クランを再度封印することが出来た。立派は功績だと思うけれど」
そして目の前で苦笑いを浮かべる少女こそ、未知の塊。
人間の中でも背は小さく、枯葉も持てるのかと不安になるほどに華奢に見える。だと言うのに、少女はあの邪神に引けを取らない戦いを魅せた。歴史に残る戦いの結果は引き分け。けれど、少女は私が授けた『聖なる短剣』に奴を封印した。後に永眠してしまったが、実質私たちの勝利。故に、魂さえあれば成仏する前に願いのひとつやふたつくらい叶えてあげるというのに。喜ぶどころか、雨雲のような浮かなさだ。
「何もない、なんてことはないでしょう?」
「……えっと、じゃあ。どうして邪神を殺しては、いけないんですか。封印じゃあまた、目覚めてしまう時が来ちゃうのに」
「それは願いではなく、問いかしら?」
「教えて欲しいという、願いです」
つまりものとして欲しい物はないと。
世界征服や金持ちになるといった大きな夢もないのかしら、この少女は。つまらない、つまらないわ。夢に溺れ、堕ち全ての功績を失った時どう生きるのかが気になったのに……。まさか、ここまで無欲とは。
生き返りたいとも願わず。現世と楽園の狭間で、少女困ったように頬をかいた。どうして、今になって笑うのか。私は少女の空っぽさに息をついただけだというのに。不可思議にも程がある。
「物体には、必ず影が伸びるでしょ? 何故か分かる?」
手のひらから硝子の宝玉を落とせば、陽の光がなぞるように縁取る。雪解けのような美しさを放つ宝玉を、少女は一瞥し顔を上げた。
「えっと、光があるから……ですよね」
「正解。なら、この物体から影を消すにはどうする?」
「光源となるものから隠すか、ライトとかだったら元を消せば」
「でしょうね。けれど、そうなるとその物体は闇に包まれる。……この世界も同じよ」
玉座から腰を上げ、パチンと指を鳴らす。
重たいカーテンが、硝子窓を隠し瞬く間に闇夜が訪れた。光ひとつない、闇。己の手も、少女の顔も見えない。音のみが生きる世界だ。
「光を断てば、影は消え。同時に、影が全てを飲み込む。しかし光は影を生み出す代わりに、全てを照らす圧倒的な力がある」
「邪神を殺すならば、神様を殺めなくてはいけない。……けど、殺めたとしても、邪神の魔力が……ううん疫病は消えないんだ」
「ご名答。私がいる限りは、その力を存在を弱めることが可能だけれど。殺すとなると話は変わるわ」
「そっか。……えっと、じゃあ教えてくださりありがとうございます。そろそろ私は、成仏? したいん、ですが……」
……は?
尻すぼみになっていく声。そして、全くの抑揚のなさ。
仮にも、世界の神であり崇められ導く主導者である私を前にして、なんなのかしらこの態度は。もう少し、神である私に会えたことを喜ぶべきではなくて?
声の反響を頼りに近づき、柔い頬を鷲掴めば空気が小さく震えた。情けないその顔でも拝んであげようかしらと、片手を上げカーテンを開ける。刹那、射し込む眩い光は少女に惹かれるようにベールを被せた。
「……」
「あ、あの。えっと、そろそろ楽園に行っても」
長いまつ毛に上目遣い。絹のように艶やかな髪は、柔らかく靡いた。そこにベールなんてないのに、見える。星のような粒子がキラキラと少女を照らしているのだ。
小柄で、私の片手で小さな頭を潰せてしまいそうなほどに弱々しいのに。なん、なのかしらこの胸の高鳴りは。アルコールで胸を焼いたように熱く、海底で息をするみたいに苦しい。
「……まだ、ダメよ。貴女のそれは、願いでもなんでもないもの。楽園に行きたければきちんと、望みを願いを言いなさい」
「そ、そんな。えっと、じゃあ来世は両親とほのぼの暮らしたいです」
「無理よ。貴女の魂は既に邪神にバレてるもの。何度、輪廻転生しても見つかるわ」
「そ、えっ……え?」
知らなかったのかしら。
あぁ、真っ青になって可哀想。教えてあげない方が、幸せだったのね。ふふっ、自分の事も分からないなんておバカさんで可愛い。眼を潤ませて、たっくさん瞬きしてる。
「だから、その願いは叶えてあげられない。魂を変えることは、さすがの私にも無理よ」
「なら、邪神からバレないように魂を隠蔽するとかは」
「色んな人と仲良くなってから離れ離れになりたいのなら、良いわよ。その分、被害は大きくなると考えなさい」
「そんな……」
――ダメね、ゾクゾクしちゃうわ。
背中から旋毛に向かって甘い痺れが走って、熱い息が溢れる。もう少し、もう少しだけこの時間を続けたい。
だって、私は神様で誰かと話すことなんて滅多にないんだもの。
少しぐらい、いいわよね。




