95話
シオドア殿に蹴られてリゼンに腕を吹き飛ばされて怒ったのか、岩人形は手当たり次第に暴れ始めました。
欠けた腕は少年が修復してしまいましたが、今度はシオドア殿が放った光の球で片足を吹き飛ばされて地面に倒れ込みます。
「な、何なんだよ、お前たちはっ!!」
「あ?質問してぇのは俺の方だ。てめぇじゃねぇよ、なぁ?坊や。」
「坊ちゃん!!」
少年は必死で詠唱を続けますが、お二人の攻撃の方が強くて岩人形の修復が間に合わなくなってきていました。癇癪を起こす子供のように少年が叫んだ折、シオドア殿は酷く冷たい目で岩人形の欠片を踏み潰しました。
少年が叫んだ事でシオドア殿の意識が少年に向いた事を危険だと感じた女は叫びながら少年を庇おうとします。しかしシオドア殿の方が速かった。
シオドア殿の腹部くらいしかない少年は胸倉を掴み上げられて苦しそうに表情を歪めています。
…あのように片手ではありませんでしたが、小生も似たような経験があります。
「く…っ、坊ちゃんを離しなさいっ!」
「…なんでお前の言う事聞かなきゃならねぇんだ?このまま縊り殺してやっても良いんだけどなぁ?」
「な…っ!させませんっ!!」
ド…ッ!
「ぐ、う…っ!」
シオドア殿へと向かって駆け出した筈の女は床に倒れ込んでいました。無言のままリゼンが制しています。女の背を膝で押さえ込んだまま片腕を捻り上げているのですが、あれは痛そうです。
「っく…、坊ちゃんを離しなさいっ!!」
「あの宝石、何処で手に入れた?」
「アレが何だというのですか!く、この…っ、離せっ!」
「もう一度言う。何処で、手に入れた?」
「お前らに答える訳が…ぎゃあぁっ!」
ゴキン、と鈍い音が聞こえました。リゼンが女の腕を離すとそのまま力無く地面に落ちました。リゼンは表情を変えないままもう片方の腕を捻り上げます。
「う…っ、ぐ…ぁ、…止め、て…。」
「素直に話せば良い事だろ。黙ってると、もう一本も折られるぜー?」
シオドア殿は愉快そうに笑っていますが、目が笑っていません。
カナタ殿たちは立ち上がれない程弱っている様子。姉上は栗鼠親子の所為とはいえ今は気を失っています。
シオドア殿に吊り上げられている少年と、リゼンに押さえ込まれている女がやったとは現状だけでは思えないでしょうね。
小生は姉上を抱き上げてカナタ殿たちの方へと走ります。岩人形も修復出来ずに地面で蠢いているだけですので、脅威は感じられません。
「カナタ殿っ、ご無事か!?」
「う…、ヒロトく、ん…。恰好悪いな…。サーシャは、大丈夫なの、か?」
「治療が必要ですが、小生には…。」
「傷を、どうこうするなんて、思わなくて良い。…っう、…元の状態に、戻れと…そう思って、魔力を注げば…君なら、出来る筈、だ。」
「カナタ殿…、腕が…。」
「情けないが、動かない。サーシャの後で良いから、俺達にも…試してみて、欲しいな。」
カナタ殿は困ったように笑います。小生は魔法など扱えないというのに、どうして出来る前提で皆さんは話すのでしょうか。
ですが、姉上には試みてみましょう。出来なくて当たり前です。姉上の怪我が緩和出来たのならば僥倖。
姉上の怪我を治すのではなく、元の状態に戻す事を想像します。姉上が小生を呼んで下さる時に振ってくれる腕はこんなに真っ赤ではありません。姉上の頬はこんなに青ざめていません。
「…にゃあっ!」
掛け声と共に魔力を注いでみたところ小生の周囲が広範囲で明るくなりました。暖かいような感じがしますが、家屋が燃えているからかも知れませんよね。
炎の揺らめきとは違う明かりが段々と収束してくにつれて、姉上の傷が塞がっていきます。小生、やれば出来る子のようです。
「う…、凄いな、ヒロト君。掛け声は面白いけど。」
姉上だけではなくカナタ殿も幾らか治癒されているようで驚きました。
カナタ殿は完治ではないようですが、動けるようになった上に腕も使えるようで離れた位置で倒れているレイチェル殿とテラの治療に向かいました。
姉上の傷は塞がった筈ですし顔色も良くなったのに、目を覚ましません。やはり出血量が多かったのでしょうか…。
もういっそ移動魔法で離脱してしまっても良いかと思います。リゼンとシオドア殿が制して下さっていますし、今なら逃げられると思うのですよ。
リゼンとシオドア殿の方へと視線を向けるともう一度、鈍い音が聞こえてきました。
「あーあ、だから言ったのにな。坊やは答えてくれるか?そんな大きな血色宝石を何処で、手に入れたんだ?ん?」
「ゎ、分からないっ。貰った物だから、何処でなんて分からないっ。」
「貰った?小さな宝石だってちょっとした家なら買えるような値段だぜ?あの大きさ、幾らになるだろうなぁ。それをくれるような奇特な奴が居たって?」
「こ、これで、街を滅茶苦茶にして来いって、…っふ、う…、言われた…から、だから、分からないっ。」
「あーあー、泣くなよ。絞め殺したくなるだろうが。」
「…ヒッ!」
「その、くれた奴に会いたいな、お兄さんたち。」
にこりと微笑む顔が凶悪過ぎるとは口が裂けても言えません。言えば吊るされるのは小生です。
シオドア殿の言葉に何度も頷く少年はすっかり怯えてしまっている様子。これ程の破壊を楽しんでいたとは思えませんね。
シオドア殿がリゼンに少年を託し、未だに蠢いている岩人形から核になっているらしい血色宝石を剥ぎ取りました。核を失った岩人形はガラガラと崩れて小さな岩山を形成し、全く動かなくなりました。
「さて、と。お姉さんも案内してくれるよな?」
「……っ。」
「案内人は一人居れば十分だという事を忘れるな。」
「…分かり、ました…、だからどうか坊ちゃんに危害を加えないで下さい。」
「ははっ、こんだけの事しておいて危害を加えないでとは良く言えたもんだ。さて、じゃあさっさと案内して貰いましょうかね。」
リゼンが背中から退いたので女はのそりと起き上がります。動かない両腕はだらりと垂れていました。
姉上から離れたくないのですが、リゼンもシオドア殿も此処を離れる様子。ご挨拶くらいはしたかったと眺めているとシオドア殿が此方に歩み寄って来ました。
「お前の耳なら聞こえてたろ?うちの妹虐めてる奴だったら締めてくるわ。お前も何か分かったら連絡寄越せ。」
「…はい、必ず。」
「んじゃ、餞別置いていってやろう。感謝しろよ。」
小生に話すシオドア殿は何時もと変わりありませんでした。餞別として、姉上に治癒魔法を施して下さり姉上は目を覚ましました。
頭上に現れた雨雲が雨を降らせてくれたので火の勢いが弱まっていきます。魔力が切れたら止むと仰っていましたが、小生は濡れるのが嫌いだと知っているでしょうに…。
リゼンも「またな。」と言って下さったので手を振っておきました。リゼンとシオドア殿が見えなくなるまで見送っているとヒスイが戻って来たので撫でてやりました。




