94話
「っく…う…、…っ。」
「姉上っ!」
「ぁあアッ!」
仰向けに倒れ込んでしまった姉上に駆け寄ります。右肩を貫いていた槍が痛々しくてそっと身体を起こしました。姉上の肩に突き刺さっているのは魔法で作り上げられた槍ですので、先程と同じく掻き消えてしまいました。
その為、姉上の肩から一気に血液が流れ出てしまいます。服を裂いて止血に用いましたが出血量が多くてとても追いつきません。
ヒスイに突き飛ばされた女が体勢を整えているようでしたので姉上を庇うように抱えて身構えます。姉上が倒せない相手を小生が倒せる訳がありません。
キィィィィィンッ!
弱った姉上を見て好機と思ったのか何度も魔法を放たれますが《女神の加護》なるものが発動してくれているようで少しは安心しました。攻撃を無効化すると聞いていたのに時折発動しないこの中途半端な加護は信用出来ませんが、今回は感謝してやらなくもないです。
「す、少しなら治癒魔法が扱えます。」
背後から聞こえた声は姉上の邪魔になった母でした。子供の方は炎の煙を吸ったのか顔色が悪いようです。顔色、といっても栗鼠の姿なので断定は出来ませんが。
小生の加護が発動しているかどうかなどは分からないでしょうが、女の攻撃が及ばないらしい事を感じたのか母栗鼠は姉上の肩に向けて治癒魔法を施します。ですが出血量が少なくなった程度です。
「す、すみません。私にはこのくらいしか…。」
「礼は言いませんよ。…早くお逃げなさい。」
「で、でも…っ。」
「失せろと言っているのです。」
「…あ。」
今この場所が一番安全なのだと思っているのでしょう。こんな足手纏いが居てはまた姉上が無茶をするかも知れないじゃないですか。
『ヒスイっ、この栗鼠共を移動させて下さい。』
『ん。』
「…ひぃッ。」
ヒスイに声を掛けながら母栗鼠を軽く突き飛ばします。子供を抱えたのを確認したヒスイが母栗鼠の服を噛んで移動しました。大層怯えている様子でしたが知った事ではありません。
小生に魔法が利かないと感じた女は武器攻撃に切り替えてきました。それでも《女神の加護》は発動してくれたので、小生にも姉上にも攻撃は届きません。
「ヒ…ロト、アンタも逃げ、な…さい。」
「姉上!?」
「血、出過ぎて…意識飛びそう、なんだ。荷物になるから、早く…。」
先程の出血量と、今も少しずつ滴る血液の量を考えると意識があるのが不思議なくらいに思えます。姉上の精神力がお強いのでしょう。
いくら姉上の言葉といえど今回ばかりは従う訳にはいきません。小生が動けば加護の発動が消えてしまうかもしれませんし、姉上を置いてなど行ける訳がないじゃないですか。
「ねー、何遊んでるの?まだ死んでないの?」
「…坊ちゃん。加護でも持っているのか、攻撃が通らないのです。」
「ふぅん。こっちは終わっちゃってつまんないんだけど。」
少年が緩い足取りで此方に向かって来ました。カナタ殿たちも姉上のように倒れています。腹部が僅かに動いているように見えるので、死んではいないようですが…。
躊躇わずに姉上を抱えて走っていれば良かったですね。二人を相手に、姉上を抱えたまま逃げ切る自信はありません。少年は試すように小生に攻撃を仕掛けて来ますが、加護のおかげで無傷です。それをまた面白がって何度も攻撃を浴びせてきやがります。
「あははっ、凄い。本当だ。これって、結構貴重な加護じゃないかな。楽しい。」
「坊ちゃん、程々になさりませ。邪魔する者は居ないのですし、街を殲滅してしまいましょう。」
「えー?どうやったら傷付けられるか色々試したい。」
「いけません。殲滅する前に疲れて眠くなったらどうするんですか。」
「…じゃあ、とっておき出しちゃう。街も破壊できるし、コイツに攻撃が入るかも試せるし。」
街などこの際どうでも良いのですが、姉上をこのままにはしておけません。一応、カナタ殿たちも適切な治療を施さないといけないと思いますし。
シオドア殿が神官なのですから頼ってしまいたいところですが、きっと動いてはくれないでしょう。動いて下さるようなお人好しでしたら、今この場に駆け付けて下さっている筈ですし。
目の前に居る二人の隙を伺っていると少年が詠唱を始めました。聞き慣れない言語ですがメヒテルト殿が口にしていた呪文と音が似ているような気がします。
少年が詠唱をしている間、女は収納魔法を開いて少し大きな宝石を取り出しました。あの魔力はリアム殿の…血色宝石…っ。
首都セレスタでカーラが購入したものも、シオドア殿が購入していたものも、こんなに大きくはありませんでした。リアム殿の血液が滴り落ちた際に出来る宝石は血液一滴分の大きさです。
この女が持っているのは小指の先程もあります。どれ程の怪我を追えばこんな大きな宝石が出来るというのでしょうか。
「我が前に出でよ、岩人形!!」
少年の詠唱が完了したようで地響きと共に地面が割れました。女がリアム殿の宝石をその割れ目に放り込むと雄叫びのような声が聞こえ、みるみるうちに岩や土が集まって人形の姿になっていきます。巨大なそれは街の家屋の高さを優に超えています。
「ヒロト、逃げて…。こんな、の…、……。」
「姉上?…姉上っ!!」
姉上の意識が途絶えてしまいました。幸い呼吸はしていますのでまだ助かる見込みは十分にあります。
ですが、こんな化け物まで出てきてしまっては容易に逃げ出す事など出来ません。
岩人形は手当たり次第に家屋を破壊し始めました。少年が声を掛けても破壊するという命令しか理解出来ていない様子。知能は低いのでしょうが、あの破壊力では一撃で殺されてしまいそうです。
「くたばりやが…れっ!!」
姉上を抱き締める事しか出来ない状態ではありますが、どうにか逃げ出す隙はないかと窺っていたところ岩人形に巨大な雷が落ちました。
その光で一瞬目が眩んだのですが、見えるようになった時視界に映ったのは…岩人形の頭を蹴り飛ばすシオドア殿でした。
次いでリゼンが放った光の球が岩人形の腕を粉々に吹き飛ばします。
あの二人には関係のない事ですので、決して参戦してくれる事は無いと思っていたのですが…。
「俺達の前でイイ度胸だ。お前等…、無事で帰れると思うんじゃねぇぞ…?」
岩人形を蹴り飛ばしてから広場に降り立つシオドア殿は少年と女に向けて声を掛けます。
悪の親玉登場という顔にしか見えないです…。




