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92話


「魔族…っ!?」



姉上が驚いた拍子に身体を離してしまったので、フードの男は体勢を立て直して距離を取ります。

顳顬(こめかみ)に見える角を隠すようにフードを被ってしまいますが、先程の角は山羊のような角でした。姉上に制されてしまった事で多少は力量が分かったのかフードの男は身構えています。


一緒に居た肥えた男は逃げ出してしまいました。フードの男が領主様と呼んでいたような気がしますが…。

当初の目的でもありますし、この男を締め上げれば幾らか情報が得られるかと思うのですが姉上は困惑してしまっています。幽霊と魔族は姉上の天敵ですね。



「姉上、どうなさいます?」


「あ、うん…、つ、捕まえてディーのところに連れて行けば有用な話が引き出せるかも、なんだけど…。」


「小生、捕獲なんて高等な事は出来ませんよ?」


「わ、分かってるっ。」


〖無駄な事は止めとけ。コイツも魔族なんだ。分かるだろ?同族ならよ。〗


「え、シオドアさん…?何…?」



リゼンは黙ったままでしたがシオドア殿がフードの男に声を掛けました。姉上は知らない言語に困惑しているようですが、小生には分かります。魔族の用いる言語です。まぁ内容を理解する事は出来ないのですがね。


フードの男は身構えたままでしたが返答する事はありません。返答をしないのではなく、出来ないのだと見受けられます。姉上のような困惑は見えませんが、知らない言語を聞いた時の理解出来ないといった表情が見て取れるからです。



「クロガネ、お前なら顔見えるだろ。…違うな?」


「はい。理解出来ておられない様子。…姉上、彼は魔族ではありません。この国を脅かす者と関係があるかも知れませんね。」


「魔法、使ってないのに…分かるの?」


「シオドア殿は魔族の言語を扱えますから。」



小生の言葉だけで姉上は察して下さった様子でした。リゼンが魔族である事は理解して下さっていますし、その友人のシオドア殿が魔族の言語を扱えるのは驚くような事ではありません。そして魔族の言葉で話し掛けているというのに反応を見せないどころか、理解出来ていない様子なので魔族ではないのだという事の証明になるでしょう。



「有難う。それなら、大丈夫っ。」



怯えていた姉上の瞳に活力が戻りました。姉上の瞳はこうでなくては。

魔族ではないのならと収納魔法を用いて得意の槍を取り出した姉上はフードの男に襲い掛かります。フードの男も決して弱くはないのでしょうが、姉上の攻撃を防ぐのが精一杯という様子です。

不利と見たのか姉上に背を向けて逃げ出しました。



「逃がさないからっ。」


「…姉上!」



フードの男を追い掛けた姉上に何かが向かってくる気配を感じたので直ぐ様姉上を追い、その腕を引いて制止しました。

小生が後ろに引いてしまったのでその勢いで倒れそうになる姉上を支えます。それとほぼ同時に姉上が居た辺りに槍が突き刺さりました。魔法で出来ていたらしいその槍は程無くして形を失いましたが、上から放たれたのだと感じて視線を向けます。

月明かりが逆光になってしまって口元しか見えませんが、フードの男と仲間なのでしょう。同じフードを被っています。



「あ、りがと…、ヒロト。」


「いえ、お怪我がないようで何より。」



屋根の上に立っていた人物も、フードの男も逃げてしまいました。


自称魔族に襲われていない幸運な街だと思っていましたが、どうやら幸運ではなかったようです。しかし、聞いていた話だと大抵はいきなり襲い掛かってくる…という事でしたが、今回は偵察でもしに来たのでしょうか。それとも、知らないだけで毎回偵察をした上で襲っていたのでしょうか。

まぁ考えたところで逃げられてしまった今、結論など出ないのですがね。



「カナタ殿と合流します?ディーのところに戻ります?…今夜はいっそ寝てしまいませんか?」


「本音が出たな?…取り敢えずはカナタと会おうかな。今の事を話して、意見が聞きたいから。」


「…寝てはダメですか…。」


「ダメです。…あ、シオドアさん、ありがとうございました。」


「あぁ成り行きだ。気にするな。」


「そうですよ、何もしていないのですから礼なんて必要ありません。」


「言うようになったじゃねぇか、クロガネ。あ?」


「う…、シオドア殿ならどちらも制する事が出来たでしょう?眺めていただけなんですからお礼なんて…。」


「俺がそんなにお人好しに見えるか?正義に厚い男に見えるのか?」


「あぁ、見えませんねぇ。」


「ハッキリ言うなっての。」



乱暴な言葉とは裏腹にシオドア殿はケラケラと楽しそうに笑っています。リゼンとシオドア殿には関係のない事な上に、火の粉も飛んでこないなら動かないのは当然ですね。小生が二人の立場なら動きません。



『ヒスイ、彼等の匂いを覚えておいて下さい。小生よりも鼻が利くヒスイを頼りたいのです。』


『ん。クロガネが言うなら覚えておく。…さっきの変な匂い、強くなった。』


『食事中に気にしていた匂いですか?』


『ん。』



ヒスイが頷いたのと同時くらいに大きな音が響きました。

広場の方から聞こえてきたその音は街を揺るがす程の轟音です。深く眠っていてもこんな大きな音がすれば起きてしまうでしょう。

先程、自称魔族を取り逃がしてしまったばかりだというのにもう攻撃してきたのかと姉上は眉を寄せていました。



「ヒロト、行くよ。」


「え…小生もですか?」


「ヒロト。…手伝って。」


「……はい。」



どうにも姉上には逆らえません。()してや何時もよりしおらしく言われては断る事など出来ません。

姉上が駆け出してしまったので、小生も仕方なく向かおうとしました。

ですが一歩踏み出したところで振り返ります。リゼンとシオドア殿は来る必要がありませんし、来て欲しいとは言えません。ただ、このままお別れというのは寂しいのでちゃんと挨拶がしたいと思ったのです。



「急ぐんだろ?待っててやるから行って来い。」


「…はいっ。ちゃんと待ってて下さいねっ。」



リゼンには気付かれていたようです。恐らくシオドア殿も気付いているのでしょう。

ちゃんと挨拶をするまでは待っていて下さるという言葉を信じて姉上を追い掛けました。






「だってよ、可愛い奴め。」


人間の国(こちら)では夜間に捜索をしても収穫が少ないからな、朝までなら待っていてやるか。」


「だな。クロガネも少しは男らしい顔になったじゃねぇか。」


「…猫らしいの間違いではないのか?」


「俺には人間にしか見えねぇっての。…まぁ、人間に泣かされる事になるかも知れねぇがな。」


「慰めてやれば良い。」


「そうだな、昼間の聞き込み状況からすると…人間嫌いになるかもな。」


「人間が嫌になったら養ってやる。」


「ははっ、リゼン様カッコイイ。」


「…お前は働け。」




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