91話
リゼンとも合流出来たので食事を再開しました。リゼンはシルエフィ水晶の酒を飲むだけでしたが、時折は料理にも手を出しています。
ヒスイが鼻をヒクヒクとさせていたので美味しそうな匂いでもしたのかとヒスイの向いている方向を見てみましたが、特に変わった物は見受けられませんでした。ヒスイが反応するのですから果物の類だとは思うのですが。
『ヒスイ、何か美味しそうな匂いでもしたのですか?』
『ん、変な匂い。』
『酒場ですからね。色々な匂いが混在しているのでしょう。』
『そう、かな?』
「相変わらず何を言っているか分からないな。」
「でもペットを連れてるのは意外だったろ?」
「ヒスイはペットじゃありません。友人です。」
ヒスイを見ると大抵の人は愛玩動物のように言います。魔物や動物と会話が出来ない人間からしたら彼等を友人と呼ぶのは可笑しいのでしょうか?平和な日本では飼っている動物を友人や家族のように思ってくれる人間が多かったのですがね。
「そうか、随分と頼もしい友人だな。」
「頼もしい、とは?」
「お、出た出た。クロガネ、お前は知らないんだよな。そのヒスイ、皇帝狼ってんだよ。」
「皇帝狼…?」
「やっぱりか。その魔物の種類だ。」
どうせ知らないだろうという事を前提に話をされるのは何となく不満を感じますが小生が知っている事など些細な事ばかりという事も理解しています。
ですがやはりシオドア殿は意地悪です。
ヒスイは皇帝狼という種なのだそうです。姉上がとても驚いていました。姉上も知らなかったじゃないですか。知らなかったのは小生だけじゃありません。
ゴートランドでは多少遭遇する事もあるそうですが、人間の住む土地に居る事は稀なのだそうです。ヒスイも母君もどうして此方に居たのかは今度ヒスイに聞いてみようかと思います。
…このボケっとしたヒスイが覚えていたら、ですが…。
「さて、宿まで送ってやるか。リゼン、会計は任せた。」
「…それも返してこいって?」
「バレたか。面倒は御免なんだよ。」
「受け取らずに断れば良いものを。」
テーブルに置かれた鍵をリゼンが手にして会計に向かいました。先程シオドア殿が店員から貰っていた鍵です。
リゼンの言う通り、興味が無いのなら自分で断れば良いと思うのですがシオドア殿は何時ものニヤついた笑みでリゼンを眺めていました。
会計を済ませた後にリゼンが鍵を手渡すと、断られてしまった事で店員が俯きました。しかし直ぐにリゼンに何やら話し掛けてリゼンの腕に触れています。何を話しているかまではこの騒がしい店内で聞き取れません。ただ、引き剥がすのに顔を押し退けるのは如何なものかと…。
「ぶはっ、やると思った。」
「…シオドア、笑ってないで出るぞ。」
「お前さ、もう少し女の扱い改めろって。顔…、顔を押し退けるとか…っ、ふっ、…くく、面白過ぎるわ。」
「お前こそ、一度受け取って他の男に返させるなんて女の扱いがなっていないんじゃないか?」
「いやぁ遊んでやっても良いかと思ったんだよ。向こうだって遊びだろうしな。まぁ気が変わったんだけど。」
「それがなってない、というんじゃないのか。面倒押し付けやがって。」
「そっちが本音だろうが。」
先程までのシオドア殿の発言にはすかさず諫めるようにしていた姉上だったのに、今は黙ったままです。やはりリゼンに怯えているのでしょうか。
小生の後ろを歩く姉上は大体小生の口元辺りの身長です。小生はリゼンの目元辺りの高さになるので…、姉上から見たら背も高くて怖いのかも知れません。リゼンとシオドア殿は以前と変わらない掛け合いをしていたので二人の後ろを歩きつつ、姉上の手を握りました。
「ヒロト?」
「大丈夫ですよ、リゼンは怖くないです。リアム殿と…、人間と恋仲にあるような方ですよ?無闇に襲ったりしません。」
「う、ん…、ごめんね。ヒロトの恩人だからちゃんとお礼が言いたいのに、足が竦んじゃって…。」
幽霊以外で姉上にも怖いものがあったのですね。魔族は別格なのでしょうか。魔族を語る輩にも恐怖を感じていたようですし。
姉上を安心させるように手を握り直したところでシオドア殿が足を止めました。
「あ。一本道間違えたわ。」
「珍しく酔ってるのか。お前らしくないな。」
「るせぇな、街は久々に歩くんだから仕方ねぇだろうが。向こうの通りに戻るには…。」
「誰だお前たちはっ!!」
「……あ?」
道を一本間違えただけなので来た道を戻って正しい道に進むより正しい道へ出る脇道が無いかを探していたところ、大きな声が聞こえました。
シオドア殿が見付けた脇道に入ろうとした時の事でしたので、移動を妨げられたシオドア殿が不機嫌そうに声の方へと向き直りました。
「領主殿、下がっていて下さい。直ぐに片付けましょう。」
「そ、そうだなっ。余所者に知られては困るっ。」
街灯のない道でも人通りはあるのだろう、そんな程度だったのですがどうにも見てはいけないところだったようです。時代劇であれば小悪党登場のシーンですかね。
声を荒げなければ小生たちはこの場を離れたというのに、わざわざ声を掛けて来るなんて。
闇に紛れる黒いフードで顔を隠した人物がナイフを構えるのが見えました。…だから、月明かりでも反射してしまう武器を堂々と出すなんて阿呆なんですか。
「夜道は危険が多いんですよ。気を付けなくては…ねっ!」
フードの人物は声からして男性のように思えます。彼が此方に駆け出してきてもリゼンとシオドア殿は動きませんでした。恐らく、興味が無いのだと思います…。
ナイフで襲ってきた男を制したのは姉上でした。フードの男に向かって走り、ナイフの攻撃軌道から身体をずらしつつその腕を捻り上げます。そのまま地面に倒すように体重を掛けて押さえ込みました。流石の早業です。
「おぉ、サーシャも戦えるのか。偉い偉い。」
「大丈夫ですか?」
「やべぇ、俺心配された。何年振りだ?」
「あの…?」
姉上が簡単に押さえ込める男なのです。二人にとっては子供に突撃された程度かそれ以下の脅威だと思います。シオドア殿が笑っている意味が分からずに戸惑っている姉上でしたが、気を取り直してフードの男の顔を確かめる為にそれを剥ぎ取ります。
苦々しい表情を浮かべて姉上を見上げる男の顳顬には立派な角がありました。




