82話
フルール殿が探知魔法を使ってみても毒を塗った犯人は分かりませんでしたが、一人の給仕が服毒自殺をしたそうです。本人が飲んだのかまでは分かりませんが、実行犯と見て間違いなさそうだと今朝方聞きました。
待機、という言葉はとても素晴らしいですね。昨日の紅茶の一件があってから小生と姉上は待機していて欲しいと言われたのですが、お昼寝したい放題でした。時々おやつを頂いて、城の高い屋根で日向ぼっこをしながらお昼寝をしました。途中雨の気配がしたので中断して内部に戻りましたが、とても充実していました。
夕食に出たアイスは濃厚で美味しかったですし、果物も良質なものだったのでヒスイも幸せそうでした。
「あ、居た。ヒロト、探したんだよ。」
「姉上、どうかしたので?」
「中庭に行かない?」
「中庭…?寝心地の良さそうな響きですね。行きます。」
「ディーがね、お茶でもどうかって誘ってくれたんだ。わざわざお花を添えた手紙で。こんなに近くに居るんだから直接声を掛けてくれれば良いのにね。」
「……そうですね。」
あの羊…。昼間から姉上を口説くつもりですか、そうですか。
小生や母上の為に生きて下さっているような姉上ですから、姉上が寄り掛かれるような男性と幸せになって欲しいとは思っています。姉上が素直に甘えられる、そんな方と添い遂げて下されば良いと祈っています。
ですが、アイツではない。あんな頼りない羊風情に姉上を託せる訳がない。
種族がどうとは言いませんが、王族であれば面倒も多いでしょう。姉上にこれ以上の苦労をさせるつもりですかね…あの羊は。
「サーシャ、良かった。来てくれて……なんでクロガネも居るんだ。」
「え?ダメだったの?」
「姉上にお誘い頂きましたので。」
「…そうか、もっと言葉を選ばないとダメか。」
「姉上ですよ?お茶の誘いなど、今までにどれだけされているとお思いか。」
「ぐ…っ。お前まで来る必要は無かったじゃないか。」
「ですから、この、姉上なんですよ?お茶に誘われたら皆で一緒に、と思うだけです。」
「え?違うの?」
姉上にあっさりと言われて、違わないと力無く答えるディーがあまりにも滑稽で愛しくすら感じましたよ。
多少人間の美醜が分かるようになりました。姉上は昔からお美しいのです。最近漸く分かってきたのですがね。以前からお誘いも多くありましたし、求愛される事も少なくありませんでした。小生が一人前になるまではと未だに断り続けていますが。
ただ、ハッキリと求愛されるまでは男性の気持ちに気付かないところがあるのです。ディーのように誘っていたのでは異性としての好意があるとは気付かれないままです。残念でした。
「サーシャ、本当は貴女だけをお誘いしたつもりだったんだ。」
「…ヒロトとも仲良くして欲しいな。」
「……そうではなく…。サーシャ、私は貴女を……何だ!!」
ディーが懲りずに口説こうとしていたところ、使用人から声が掛かりました。フレッド殿が帰還されたとのことでした。
使用人に案内されたフレッド殿とその部下と思われる二人の騎士が中庭に顔を出します。
「フレッド!お前も私の邪魔をするのかっ!」
「…え?何?どうしたんです?」
「いえ、お気になさらず。お帰りなさい、フレッド殿。ご無事で何より。」
「お帰り、フレッド。カーティスとルシアンもお疲れ様。どうだった?」
ディーが喚くのでフレッド殿が困惑してしまったではないですか。
姉上に促されたフレッド殿が出向いた街での魔族についてお話して下さいました。
明け方に魔族が数名襲ってきたそうですが、三人で制する事が出来る程度の強さだったそうです。無傷で帰還出来ている辺り、差はかなりあったのでしょう。
魔物を従えてはいたそうですが、魔法を使う際に瞳の色に変化が無かったそうで魔族を語る方たちだったようです。負けた際に自害してしまったらしいですが、二名程捕獲出来た為に城の牢へと入れて来たそうです。
「そうか、魔族では無かったか…。しかしそれならばどうして我が国を襲って回るのだ。」
「捕らえた者に聞いてみましょう。昏倒させてしまったのですが、そろそろ起きても良い頃合いかと。」
「フレッド、助かる。…サーシャ、お茶はまた時間を改めて…サーシャ?」
「ん?行くんでしょ?気になるし、勿論付き合うよ。」
ディーとフレッド殿が話ている間に身支度を整えた姉上が先に歩き出しました。小生はお茶でも飲んで待っていようかと思ったのですが、姉上に首根っこを掴まれました。…小生の方が高くなったのに、扱いは相変わらずです。
ディーはこれ以上巻き込むつもりはないと言っていましたが、姉上を巻き込みたくないのでしたらギドに頼んだ際に口止めをしておくべきでしたね。一度首を突っ込ませたのですから、結末を見届けるまでは関わろうとしますよ、姉上は。
フレッド殿は慣れているのでしょう。姉上を案内するように先導して下さいました。
「フレッド様ーっ!!」
牢へと進んでいると正面から走って来る方がフレッド殿の名を叫んでいます。
何かあったのかと問うたところ、牢に捉えていた自称魔族がいきなり燃え上がったというのです。魔法の気配があったかどうか分からないと衛兵は言うのですが、真っ黒な炎に包まれてしまい魔法を使っても物理的に水を掛けても炎は自称魔族を燃やし尽くすまで消えなかったのだそうです。
床に人の形のような焦げ跡だけを残して自称魔族は全て燃えてしまったというのです。確か、以前カランの村でも同じような事があったような…。
あの時は遠ざかる気配を感じましたが今回は誰も気が付かなかったようです。小生も近くに居た訳では無いのであの時と同じ気配があったかどうかは分かりません。
「黒い炎って…。」
「カランの村でもあったよね。あの時もヒロトが魔族じゃないって判別した人達が燃えたんだっけ。」
「情報を引き出す前に殺されるなんて…、それも同じような魔法で。」
「全く、フレッドがその場で聞き出してれば良かったのに。」
「…そう言われると…、面目ない。」
「今日は突っ込まないの?」
「今回は俺が悪いよ。次があるか分からないけど、今度捕らえたら周りの目なんて気にせずに聞き出す。」
周囲の目を気にして連れ帰った、という事は人目に触れさせない方が良いような方法を使ってでも聞き出すという事だったのでしょうね。今度フレッド殿に捕獲された方は恐ろしい目にあうのでしょうか。
…しかし、カランの村ではその場で燃やされたというのに、わざわざ警備の堅い城の中で燃やすとはどういう事でしょうか。




