70話
「そうですね…、どうにもしません。自然にお任せします。」
「…でもねヒロト、この子はもう人間の街に食べ物がある事を学習したんじゃない?お腹が空いたら、街に入るかも知れないんだよ?…そうしたら、冒険者や騎士に倒されちゃう…。」
「……それは…。」
本来ならば自分たちの縄張りで生活するというのが自然な筈。それを出来ない程に食料が減っている事も問題ですが、街に入ればどちらにも被害が出るのは避けられないかと。
小生はよくご飯を分けて貰っていたのでついそんな感じで与えてしまいましたが、此処は小生が生きていた世界ではないのですよね。
「ヒロト、使役って出来る?」
「…はて、何のことでしょう?」
「前に、勉強したよね?私と。忘れたのかな…?」
「…え…っ、あ、あー…、ぉ、思い出しましたっ。思い出しましたが、小生が出来るとは…。」
聞き覚えが無かった単語だったので素直に知らないと答えたら怒気を孕んだ笑みを向けられました。姉上のこの笑顔は怖いです…。
魔法を扱う人の中には魔物や動物を使役出来る方が居るのだそうです。…姉上の授業を意識が飛びそうになりながら聞いていたので詳しく覚えていないのですが。
高い魔力を持っていて、使役したい生き物よりも魔力が強い事。更に名前を与える事で使役出来るのだったと思いました。
そして収納魔法に良く似た魔法で別の次元に待機させておくのだそうです。そうすれば空腹も疲労もないのだとか。
「収納魔法を使えない小生には荷が重いです。姉上が使役して下されば安心です。」
「…自分で蒔いた種でしょ。ちゃんと責任持って処理しなさい。」
「うぅ、相変わらず手厳しい…。」
「躾です。」
姉上には一生勝てる気がしません。
生き物を使役する場合、術者である自分の方が強いのだと示す事もあったりするのだそうです。
しかし基本的には強い者が弱い者を一方的に従える魔法のように聞こえます。そんな事、したいとは思いませんので彼に相談してみる事にしました。
『…それを食べ終えたらどうするのですか?』
『ん?帰る。巣穴。』
『空腹を感じたらどうします?食料は減っているのですよね?』
『う、ん…、…森の動物に譲ると、俺の分無くなる。なんでだろ?』
『あげてしまうからだと思いますが。』
『んー、そしたらまた食料探す。人の街、分けてくれるかも。』
あぁ、姉上の予想通りの返答です。小生が分け与えた事で人間は怖くないと認識してしまったのでしょうか。母君を倒すような人間が居る街なんて危険だと思うのですが。
『魔物というだけで攻撃されますよ。』
『うん?されてない。果物もくれた。』
『小生が軽率でした。…先程の街では問答無用で殺されます。この町の人達は貴方を怖がって家に閉じ籠ってしまうでしょう。他に、食料の当てはないのですか?』
『あったら人間の居るところまで来ない。』
『…そう、ですよね。もし、貴方さえ良ければ小生と仲間になって頂けませんか?』
『仲間?』
使える魔物が居るかどうかは知りませんが、人間には使役魔法を使える者が居る事をお話しました。
使役されたらどうなるのか、使役とはどういったものなのかも一緒に。
『仲間っていうより、手下…?』
『そう、聞こえますね。小生もそんな感じがしてあまりお勧めしたくはないのですが、空腹に困らない事と無闇に人間に襲われる事は無くなります。』
『なんで襲われないの?』
『小生と一緒であれば、という条件が付いてしまいますが共に街に入っても良いのだそうです。驚かれはするでしょうが。』
『んー…、良いよ。』
『無理にとは…。』
『ご飯大事。あと、君がちょっと好き。気持ちいー魔力、持ってる。』
精霊のフルールにも女神のようだと言われました。魔物も女神の気配を感じるのでしょうか?
助かっているのは事実ですが、こんな加護などお返ししてのんびり暮らしたいです。
彼の意思を再確認して、姉上に話がまとまった事を報告しました。魔物を使役出来る人物は歴史の中でも珍しかったそうなので、どの街に連れて行っても驚かれてしまいそうですね。
それでも彼と契約すれば理不尽に殺される事はないでしょう。自己満足のような気もしますが…。
彼には翡翠色の美しい毛並みからそのままですが、ヒスイと名付けました。
名前を贈った途端に、リゼンの時と同じようにまた意識が途切れてしまいました。
小生が意識を取り戻したのは次の日でした。ほぼ一日程眠っていたそうです。傍で見ていてくれた姉上に聞きました。
倒れた小生を運んでくれたのはヒスイだそうです。町の人達は魔物の襲撃だと慌て、町に来ていた冒険者たちは町を守る為に武器を手に取ったらしいです。
しかし姉上の姿を見て戸惑ってくれた為に説得が出来たのだとか。町の人が怖がるのでヒスイは町の外で待機してくれているそうです。
「お世話お掛けしました…。」
「本当よ、全く!」
「ヒロにゃん起きた?」
「母上…、だからそれは…。」
「可愛いじゃない。それに好きにして良いと言ったのはヒロにゃんでしょ。」
「…はい…。」
母上が水を持って来て下さったので有難く頂きました。部屋の中をぐるりと見回すと、小生の部屋では無く母上と姉上の部屋でした。
倒れた為に体調を心配して下さっているお二人に問題ない事をお伝えしました。魔族だけではなく魔物にも名前を与えると魔力を持っていかれるとは思っていなかったですが、名前と共に全ての魔力を与えてしまった為に倒れただけだとお話するとお二人の表情が固まってしまいました。
「…どうされたので?」
「それ、どういう事…?」
「どう、とは?使役とはそういうものなのでは?」
「違うよ。使役って名前をあげるけど、全部の魔力あげるとかしないし。だって魔力全部あげたら倒れちゃって、使役しようとしてる魔物とか動物に逃げられちゃうじゃん。最悪無抵抗のまま殺されちゃうよ?」
「シオドア殿に教えて貰ったんです。魔族に名前をあげるとぶっ倒れるぞって。」
「え、待って、何の話…?」
そういえば、ゴートランドでのお話をするのをすっかり忘れていたのでした。
お二人に受け入れて頂いた事に安堵してそのまま話す機会を失ったままでしたので、丁度良い機会かと思いゴートランドに居た時の話をし始めました。




