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68話

魔物に敵意は感じられません。無論、小生も魔物を害するつもりなどありません。

周囲に邪魔な人間も魔物も居ませんし、今なら会話してみる事が出来る…そんな状況と判断しました。

少しだけ掠れたような低く穏やかな声は男性的ではありましたが若さがあります。



『お昼寝のお邪魔をしてしまったでしょうか?』


『…人間が、喋った。』


『人間も喋ると思いますが…。』


『違う。俺と、同じ言葉。…凄いね。』


『恐れ入ります。…貴方は、此処で何をしていらっしゃるので?』


『母さんを待ってる。…好物の果物、森では採れなくなったから。人間の街にならあるって聞いたから。』


『……そんな事、どなたから聞いたので?』


『さぁ?母さんが聞いた話だから、俺は分からない。でも、母さんは此処で待ってろって言うから…待ってる。』



魔物は雑食だと思い込んでいましたが、好みがあるのですね。

やはり母君は先程の…。彼女が命を落としてしまったのは小生の責任でもあります。もっと上手く立ち回れていたら、そう悔やんでも遅いと頭では分かっているのですが…。


彼女が戻らない場合、彼はどうするのでしょうか。諦めて森に帰る…否、母君を探して街に入るでしょう。街に張られた結界に阻まれるか、中に入れたとしても彼女のように討伐されてしまうかも知れません。



『…申し訳、ありません。母君は、戻りません。』


『うん?なんで?』


『人間に、討伐されてしまったから、です。』


『……ッ!』



勢い良く立ち上がった彼の行く手を阻むように立ちました。行かせれば彼も討伐されてしまう。今なら話をすれば分かり合えるかも知れない。



『どいて。母さんは強いよ。嘘かも知れない。』


『嘘ではありません。嘘だったら、どんなに良いか。』



両腕を広げて彼の歩みを阻み続けながら、謝罪しました。

街に入り込んだ魔物を討伐する為に人間が武器を持った事、彼女の声が聞こえたので話し合いをしようと試みた事、…小生が声を掛けた事で人間にも被害が出て、彼女の隙も作ってしまった事。

責めて欲しいなんて思いませんし、許して貰えるとも思っていません。でも事実は伝えるべきと判断しました。



『…母さんは負けたんだ…。』


『すみません、小生がもっと上手く取り持つ事が出来ていれば…。』


『ううん、母さんが弱かっただけ。弱いと、死んじゃうんだ。俺たちは強くなくちゃ、生きていけないから。…悲しいけど、母さんより人間の方が強かっただけ。』


『ですが…。』


『喧嘩したら、どっちかが死ぬまで止まらないよ。俺が止めに入っても、きっと止まらなかった。誰も悪く無い。人間の方が、強かっただけ。』


『……。』


『そんな顔しないで。…謝られると、負けた母さんをバカにされてるみたいで…ヤだ。』


『あ…。』



小生はすっかり野生を忘れていたようです。母上と姉上の愛情に包まれて、飼い猫の時よりもずっと平穏な世界に浸かっていた気がします。町の外は日本を遥かに上回る危険さではありますが。

縄張り争いで殺し合いに発展した時も、ほんの小さな切っ掛けで戦況が覆る事など珍しくありませんでした。負けた彼女の家族に対して、小生が上手く取り持てていたら彼女は無事だったなどと…人間のような傲慢さではありませんか。…少し毒されていたのかも知れません。



『……失礼しました。彼女は、四人の冒険者を相手に立派に戦っておられました。人間を殺しに来たのではないと仰っていました。』


『うん。…俺たちの好物は果物だからね。肉はあんまり好きじゃないんだ。』


『貴方は、これからどうするおつもりで?』


『街は無理かな。母さんが負けるなら、俺は直ぐ殺されちゃう。…お腹空いたから…、何か食べ物探しに行く。…教えてくれてありがと。母さんが戻らないって知らなかったら動くまでにもっといっぱい時間掛かったと思う。』


『いえ、お会い出来たのは偶然です。……あの、クロッドの町まで行きませんか?』



自分でも何を口走ってしまったのだと後悔しました。ですが、彼を一人にしてしまう事をしたくなかった。

これも人間らしい身勝手さなのかも知れません。それでも、例えほんの少しだったとしても彼に贖罪がしたかったのです。

例えクロッドの町であっても魔物である彼を怖がる方は居るでしょうし、排除しようとする方も居るかも知れません。なので町の裏手にある森の中まで来て頂ければ、小生が食べられる物を運ぶとお話しました。



『ん…、分かった。じゃあ乗せてあげる。』


『ありがとうございます。…乗る、とは?』


『俺がご飯貰うんでしょ?俺がありがとう、だよ。んー?乗るのは俺の背中。』


『クロッドの町の場所がお分かりになるので?』


『あっち。』


『違います。』


『んー?…案内宜しく。』



彼が前足で指した方向はクロッドの町とは違っていました。一言断ってから彼の背に乗せて貰い、クロッドの正確な方角を示します。

彼の綺麗な翼が大きく広げられると足元から風が起こりました。これも魔法の一つなのでしょうか。


リゼンに抱えて頂いて空を飛びましたが、この魔物の背の方が大きいので安定感があります。何故か急に方向を変えて飛ぼうとする彼に進路を示しながらクロッドまで飛んで貰いました。

かなりの速度だと思いますがそれほど速いと感じない程に安定していました。



『ココで待ってたら良い?』


『一つ用事を済ませたいので少しお時間が掛かりますが、必ず戻ります。もし人間が来たら飛んで逃げて下さい。』


『分かった。待ってる。』



クロッドが見える位置に降りて頂き、町へと急ぎます。クラーラ殿に話をしてついでに果物を幾つか買って、彼に差し上げてからまたコルの実を買いに王都へ向かいましょう。

姉上が戻っている頃合いですので一緒に行くと言われないよう気を付けないといけませんね。魔物である彼と姉上を合わせる訳にはいけませんから。



足早に酒場に向かうとクラーラ殿からお礼を言われてしまいました。

小生は購入出来なかったのだとお話すると、毎回ハワードに任せていたので委任状の事を失念していたと謝罪をされました。そして、冒険者がギドの代わりに届けてくれたのだと聞きました。

その冒険者にも礼をしなければとお話したのですが、組合(ギルド)の依頼で出てしまったとのこと。宿を取って行ったそうなので、戻った頃にまた来る事をお伝えしてから果物を調達に向かいます。

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