56話
盛大な溜息と共に脱力された姉上とフレッド殿は自称魔族の炎を消す事に意識を向けました。
ですが炎は何をしても消える事が無く、自称魔族の二人を焼き尽くすまでずっと揺らめいていました。
骨すら残さず地面に人の形をした焦げ跡だけを残して漸く黒い炎が消えた頃、村人たちがゆっくりと顔を覗かせ始めました。
姉上がもう大丈夫だと声を掛けると次々に家から出て、姉上を称賛されていましたが…現金というかなんというか…。
姉上を生贄にして自分たちが助かろうという話すらしていたではないですか。まぁそんな考えを持つのも人間なら、それを止めるのも人間でしたけど。ただ、姉上が以前この村を救っていなかったら…そう思うと肝が冷えますね。
村人たちの感謝の気持ちとして食事を振舞って下さるという話も出たのですが、丁重にお断りしました。
先を急ぐから、という意味もありますが…姉上に対する態度が気に食わなかったので。早くお家に帰りたいと駄々を捏ねてみたところ、あっさり承諾して頂けました。
自称魔族についてと彼等を仕留めた黒い炎についてフレッド殿が調べてみて下さるという話になったので、それを急ぐという名目も出来たからでしょうが。
村を搾取していた自称魔族二人の他にも仲間が居るかも知れませんし、色々と調べる必要があるとのことでした。
ディーを襲ってきた少年とその部下も連行する話になったのですが、目を覚ました少年は暴れておいででした。
「くそっ、こんな縄っ!!俺の奥の手を使って…っ。」
「これのことでしょうか?」
「あ!お前!!」
嫌な感じがする筒を少年に見せたところ更に暴れてしまいました。そういえば先程の黒い炎と同じような感じがしますね。
筒の中には何が入れてあるのかと些細な好奇心で蓋に手を掛けたところ部下の方々に叫ばれました。
「や、止めろぉぉ!!」
「それはお頭しか使えない筈なんだ!」
「火の海になるぞぉ!」
「え、なに、そんな危ない物なの?本当に?」
「ヒロト君、王宮の魔術師さんたちに見て貰うよ。だから……ヒロト君!?」
厳重に閉じられた蓋を開いてみました。
そんな風に皆さんに止められてしまったら、好奇心が疼くじゃないですか。ご主人にダメ、と言われるとやりたくなってしまうのは昔からなんですよね。
筒からは黒い靄が立ち上りました。部下の方々が怯えていましたがあまり嫌な感じがしません。先程の黒い炎と、この筒を掴んだ時はとても不快な心地がしたのですが…中身が不快ではない…というのは一体どういうことでしょうか?
「きゃあっ!?」
「な、何…っ!?ヒロト君、危ないから離れてっ。」
靄がどんどんと大きくなっていき、稲光のように不規則に光り始めました。姉上も最初は驚いていましたが、直ぐに警戒しつつも見定めるように見詰め始めました。
それに引き換えフレッド殿は…。黒い靄の何が危ないというのですか。
「お前!俺の奥の手をあっさり開けてんじゃねぇよ!!」
「あぁぁぁ!皆死んでしまうんだぁ!誰も助からないんだぁ!」
「るせぇ、俺が貰ったもんだ。俺が制御してやらぁっ!」
「お頭ぁ、カッコイイー!一生ついて行きますっ!」
「…何、この茶番。驚いた私までバカみたいじゃない…。」
拘束された状態で何をどうしようというのでしょうか。騒いでいる間にも黒い靄は形を整えていきます。この辺り一帯を火の海にしてしまえる奥の手、一体何が出てくるのでしょうか。
『閉じ込めたのは誰っ!?怒るよっ!』
「ひ、人…?」
「違う…、あれは…精霊…。」
「サーシャ、分かるの?」
「分からないけど…、でも…教会に居る光の精霊に良く似てる…。」
黒い靄が形を成したのは小生よりも幼い少女でした。何だかご立腹の様子ですが、大して迫力はありません。
姉上が少女を見上げたままぺたりと座り込んでしまわれたので傍に進んで支えます。こんな少女に姉上が気圧されたとでもいうのでしょうか?
フレッド殿も口が半開きになっておいでです。…間抜け面ですね。
『君たちなのっ!?こんな狭いとこに閉じ込めてっ!』
「ぉ、お頭、何か怒ってるみてぇですよぉ?」
「く…っ、…おい、お前!俺が主人だ、俺に従えっ!」
『…話を聞かないお子ちゃまに従う義理はないもん。閉じ込めたのは君なの?お昼寝してただけなのに…、お仕置きしちゃうんだから!』
「お、お頭!話が通じてないみたいですよっ!」
「な、なんでだ!!」
何でも何も…、言葉が違うのにどうやって通じ合えるというのですか。態度などでどうにか伝わる事もあるのでしょうが、少年の態度では…ねぇ。
少女が両腕を空に向けただけで彼女の頭上に黒い大きな炎が現れました。先程の不気味な黒い炎とは違うように感じますが、姉上たちには同じに感じるようで防御壁を展開して下さいました。
魔力の大きさや強さなど、小生には理解出来ませんが…それであの炎が防げるとは思いません。話は通じるようですので声を掛けてみましょうか。
『すみません、貴女を閉じ込めた輩は此処には居ないと思いますよ?』
『…う?』
『彼が貴女の入っていた筒を持ってはいましたが、どなたかから譲り受けたらしいのです。お仕置きは勘弁して頂けませんか?』
『話…分かるの?』
『えぇ、多少でしたら。』
「な、なんだ…?急ににゃんにゃん言い出して…。」
「ヒロト、相変わらずにゃんにゃん言うのね。」
お話を聞いてみたところ、昼寝をしていたら急に襲われて抵抗する暇もなく暗くて狭い中に閉じ込められたのだそうです。先程の筒の中、という事でしょうね。
筒を壊そうとしてみたけれど上手く魔法が使えず、物理的な力では脱出出来なかったとのこと。
『それは災難でした。もう自由の身なのですから、お帰りになられてはどうですか?』
『でも怒ってるんだもんっ。』
『昼寝の邪魔をするような輩は引っ掻いても足りないとは思いますが、貴女を捕らえた者が誰なのかさえ小生たちには分からないのです。』
『むぅ…、…じゃあ見付けて!』
『なんと身勝手な。』
『そっちこそ帰れとかミガッテってやつじゃないのっ。帰り道分かんないのにっ。』
…声なんて掛けるんじゃなかった、面倒臭い。
姉上たちは小生と少女が何を話しているのか分かっていないご様子。適当に話を付けて帰って頂ければ面倒は去りますよね。さて、どう言い包めましょうか…。




