53話
馬車の前を塞ぐ数名の男性の後ろから声が聞こえてきました。ディーを狙っている連中なのでしょう。王子だという事は聞きましたが、どうしてこうも狙われるのでしょうね。彼等は身代金目当ての誘拐でも企んでいるのでしょうか。
「渡さないのなら、少し痛い目にあって貰う。大人しく差し出した方が身の為だぞ。」
「……ちっさ。」
「う、うるせぇ!身長は関係ないだろ!お前等かかれぇ!」
「もう、ヒロトっ。」
「あ、すみません…。」
男性たちが横にずれて真ん中から出て来た方はとても背の低い方でした。小生よりも小さそうです。
盗賊のような人たちの後ろで偉そうにしているのだから、彼等のボスかと思いました。ボスならいかつい大男だと思ってしまっていたので、思わず声が出てしまったのですが…気にしていらっしゃるようで…。
交渉などする間もなく男性たちは襲い掛かって来てしまいましたが、姉上とフレッド殿にあっさりと制圧されてしまったので何の脅威にもなりませんでした。…何をしたかったのでしょうか。
…人間は力量の差というものは考えないのでしょうか。猫は基本的に自分より強いと分かっている相手に向かって行ったりしないものですがね。
「ぐ…、こうなったら俺が…っ。覚悟しやがれ……ぎゃんっ!」
偉そうに後ろで指示をしていた男性…少年でしょうか?彼が自ら向かってきたのですが、道の石に躓いて盛大に転びました。
姉上もフレッド殿も何もしていませんのに…。
「く、この…、よくもやってくれたな!」
「えっと…、フレッド、何かした?」
「ううん、何も…。」
自滅した癖にまるで姉上かフレッド殿が何かをして妨害したような口振りです。盛大に転んだからでしょう、鼻が赤くなっています。地面で擦ったんですね、痛そうです。
少年は懐に手を入れて何かを取り出しました。あの動きをするということは…収納魔法は使えないんでしょうね。
「こうなったら奥の手だ!お前等、王子を差し出さなかった事、後悔させてやるっ。」
「ぉ、お頭!止めて下さい!この辺り一帯が火の海になっちまう!」
「黙ってろ、このままじゃ任務も達成出来ない。こうするしか……ふぎゃっ!」
「お頭ぁぁぁ!!」
姉上とフレッド殿なら余裕だとは思ったのですが、この方々の言う通りこの辺りを火の海にしてしまえる力があるなら阻止しておくべきと判断しました。
可愛い部下が制圧されたからかも知れませんが少年の意識は姉上とフレッド殿の二人に向けられていましたので、小生は横に飛んで木の枝を足場に少年に近付きました。木の幹を蹴って少年に向かって落下しながらその後頭部に着地してやりました。普通に蹴るより威力が出るんですよね。
「……おや?…姉上、気絶してしまわれたのですが…。」
「あー…うん、縛り上げて。」
「承知。」
蹴りがすんなり入った事にも驚きましたが、一撃で気絶してしまった事にはもっと驚きました。
部下の方たちは心配しているようですが…、…こんな弱さで襲撃をしようなんてよく思いましたね。
姉上が放ってくれた縄を使って少年の腕を縛り上げました。少年が取り出した筒を手にしたところ嫌な感じがしました。
気絶してしまった少年は仕方ないので馬車に乗せて、他の方たちは縛ったまま歩かせてカランへと向かいました。
徒歩を連れている為に予想よりも随分と時間が掛かったそうですが、夕方になる頃には到着出来ました。夜になると野生の獣も出るそうですし、魔物も活発になる為に御者の方は急いで帰るそうです。村に泊めて貰えば良いと姉上は提案したのですが、礼もそこそこに村を出て行ってしまわれました。人も荷物も乗せていない馬車を走らせるだけならば夜になる前にアーラルに戻れるそうですが、何かに怯えているようでもありました。
襲撃があったからとも思いますが、それとも違うような……まぁ考えたところで意味は無いですかね。
「サーシャ様、ご無沙汰しております。今日はどうされたので?」
「あ、村長さん。ちょっと遠出したんだけど、此処から移動魔法を使おうと思って寄らせて貰いました。皆お変わりないですか?」
「サーシャ様のおかげで何もありませんよ。」
「やだ、私は何もしてないですよ?」
「それだけ感謝しているという事です。今日は休まれていきますか?」
「直ぐに帰ろうと思ったんですけど…、…村長さん、何かありますよね?」
「いえ…何も…。」
「…少し休みたいので何処か貸して貰えますか?」
「はい、此方へ。」
馬車から下ろした少年とその部下をフレッド殿が引き連れて逃げないようにと村の入り口近くの木に括り付けています。ディーは小生の服を掴まえてあちこちを興味深そうに見ています。
小生はディーに付き合うつもりはないのでその場を動かずに姉上が年配の男性と話しているのを眺めていました。
此処からなら移動魔法が使えると仰っていたので直ぐに帰るのだと思っていたのですが、どうやら少し休んでから帰るそうです。姉上の魔力を使うのですから休んでからというのは分かるのですが、どうにも嫌な感じのする村ですね。
夕方という事もあってか畑仕事などをしている人は殆どいませんが、あちこちから視線を感じます。敵意は感じませんが居心地が良いとはお世辞にも言えませんね。
「若い女だ…。」
「バカ。ありゃサーシャ様だよ。」
「けどサーシャ様ならもしかして…。」
「無理に決まってる。」
ふむ、訳アリ…という事は分かりましたが、姉上に手を出すというのであれば小生も黙っていませんよ。
小声で話しているようですが小生の耳にはしっかりと届くのです。
何やら問題がありそうですが、面倒事は御免です。しかし姉上も察した上で留まるというのであれば首を突っ込むのでしょうね。…本当に正義感が強いお人なんですから…。
「フレッド、ちょっと話聞いて来るから見張り頼んで良い?」
「え…、…分かった、無理はしないで。何かあったら直ぐに呼んで。」
「うん、ありがと。じゃあヒロト、ディー行くよ。」
姉上の口調でフレッド殿は何かを察したようです。詳しい話をしなくても通じている程には仲が宜しいようで。…小生が居ない間に大きな虫が付いたのでしたら早急に追い払わないといけませんね。




