48話
猫として生きている時から、幽霊ですとか妖怪といった類のモノを視る事がありました。当時から幽霊は何かを訴えようとしているように見えて、何もしないのです。時折危険な方も居ますが…。
ただ、一番危険なのは生きている人間だと小生は思います。
「執事殿、この屋敷に囚われている方などはいらっしゃいますか?」
「いえ、私共の知る限りではそのような部屋は…。」
執事殿は知らないと暗に仰りながらちらりと主人へと視線を向けました。仕える主人を疑いたくはないが状況としては限りなく黒に近いと感じているのでしょう。
使用人が知らない隠し部屋がある可能性を感じてアクランド殿を見た執事殿に代わり、フレッド殿が一歩アクランド殿へと近付きました。
「……アクランド様、この期に及んで嘘は吐きませんよね?」
「そんな事はしていない、本当だ。嘘なんて吐かない、本当に私は知らない…っ。」
「…姉上、屋敷内の人数を把握出来ますか?」
「え?あ…う、うん…、やってみる…。」
姉上は魔物狩りに出掛ける時に魔力を探知して魔物の位置を把握しておられた。屋敷内に限定出来るのであれば囚われた方が分かるのではと思ったのです。
幽霊殿が怖くて上手く集中出来ないかも知れないと前置きをした姉上が魔力を拡散させ始めました。
姉上が少し光っているようにも見えます。
「地下がある…、…凄く弱いけど…まだ生きてると思う。」
「それって…、…アクランド様、詳しくは後でお聞きしますが一先ずは拘束させて頂きます。」
「……もう、好きにしてくれ…。」
アクランド殿はその場に崩れるように座り込んでしまいました。生きてさえいて下さればアクランド殿の潔白を証明出来そうなのですが、本当にアクランド殿が黒かも知れないので今の段階では何とも言えませんね。
フレッド殿はアクランド殿が暴れたりしないよう見張る為にこの場に残り、ディーもフレッド殿に護って頂く事となりました。位置を把握していらっしゃる姉上と小生が地下に向かう事になりました。
「ヒロト…、ねぇ、居ない?本当に居ない?」
「居ませんよ。」
「本当?本当に本当?」
「本当です。…姉上、そんなにくっ付かれると歩き難いのですが…。」
「だ、だって…っ。」
姉上は小生の腕にしがみつくようにして歩いています。歩き難い上に胸の圧が凄くて油断すると倒れそうです。
姉上の案内で歩きましたが行き止まりでした。探してみても階段のような物はありません。それどころか扉もありません。
「何もありませんね。」
「うーん…、お屋敷なんて良く分からないけど、此処が迷宮だと仮定するなら…。」
姉上が漸く離れてくれたと思ったら壁をベタベタと触り始めました。一体どうしたのでしょうか?
行き止まりだった壁に向かって手を付き、何やら詠唱を始めた姉上を見守っていると背筋が凍るような感覚に息を飲みます。
怖いとか逃げるとか思う前に本能で姉上を庇うように振り返りました。そこには何も居ません。何も居ないのに圧迫感だけは感じます。
……ははっ、ボスがお怒りになった時よりも緊張しているようです。カラカラに乾いてきた喉を潤すようにゴクリと唾を飲み込みました。
お屋敷の長い廊下、扉は幾つかありますが一本道だというのに誰も居ません。しかしその気配は確かにあるのです。
「姉上…、武器を。」
「…あ、見て見てやっぱり隠蔽魔法だったよ。もう解除したからこれで地下に…ヒロト…?」
「あぁ、地下の方が安全かも知れません。…早く、武器を出して逃げて下さい。」
「何を言って…?何か来るの?ヒロト?」
小生など足元にも及ばない程の手練れである姉上がこの圧を感じない訳がないというのに、姉上は本当に理解しておられない。膝が震えて今すぐ逃げ出したいのに身体が動かないんです。
姉上を庇うよう片腕を広げて真っ直ぐ見据えるしか出来ません。何も居ない空間を見るしか出来ないのです。姉上が逃げて下されば小生も逃げ出せるのですが…。
「また幽霊でも見てるの!?ねぇヒロトっ。」
「姉上…、来ます…っ!」
広げた片腕を掴むようにして姉上は不安そうに聞いてきましたが、その問いに応える余裕は無さそうです。威圧感は更に高まっていき、正面…といっても廊下からでも扉からでもなく床から這い上がってきた塊。
手に負えない事象が起きたら逃げます。危険と感じる場所には近付きません。時折戦う事もありますが、基本的には争いを好みません。そうして小生を含む猫は生きています。
だから、こういったモノに遭遇した場合直ぐ様逃げ出すのです。ただ、敵意を向けられたのは初めてです。
あれを、小生は怨霊と称します。害意を持って生者に仇成すモノ。今目の前に現れたのはその集合体でしょう。
「ヒロト…、お願い教えて…何か、ゾクゾクして怖い。何で?何か見えてるの?」
「姉上には見えませんか…、見ない方が良いですよ、あんな醜いモノ。」
ナニかが居る、それは察しているようですが姉上にあの醜いモノは見えていない様子。人間の顔らしいものが沢山集まって不気味な音を発しているのが不快です。
勢いを付けて此方に向かって来るのが見えたので咄嗟に姉上を包むように抱き締めてしゃがみ込みました。
キィィィィィンッ!
…今回ばかりは感謝してやらなくもないですよ。弾いてくれたようで助かりました。
姉上にも小生の持つ加護の効果が発揮する音が聞こえたのでしょう、攻撃を受けたのだと理解して下さいましたが目視出来る敵は居ないので困惑しているようです。
「姉上、失礼しますよ。」
「きゃっ、ヒロト!?」
フレッド殿の元に戻れたら戦わせるのに…とは思うのですが、アレの横を擦り抜ける勇気は持ち合わせていません。
不気味な音を発してもう一度此方に向かって来るのが見えたので姉上を横抱きにして地下に続く階段を駆け下りました、文字通り転がるように。
真っ暗ではありますがこの程度、明かりが無くとも見えています。
「ヒ、ヒロト、何、何が起こってるの?!ねぇ、真っ暗だよ?」
「姉上、魔力の方向を教えて下さい。その人が抜け道を知っているかも知れません。説明は後程。」
「あ、う…うん。道は分からないけど此処からなら真っ直ぐ。」
「分かりました。」
背後に感じる威圧感は消えません。速さには少しばかり自信があるのですが、逃げ切る事は難しそうです。




