47話
小生の首根っこを掴んだのは姉上でした。ディーを腕に抱えたまま、小生を引き摺るように歩き出しました。あんなに怖いと言っていたのですから部屋で大人しくしているのが一番良いと説得を試みたのですが、小生が姉上に勝てる訳が無いのです。
怖いからこそ小生とフレッド殿に退治して貰えば安心出来ると言うのです。…そういうものなのでしょうか?
それよりも退治なら姉上こそ適任かと思うのですが…。
フレッド殿が向かった先、悲鳴の聞こえた方向へと向かいました。先程よりも多くの使用人の方々とアクランド殿が集まっていました。扉の前でアクランド殿が困った表情を浮かべています。
使用人の方に聞いたところ奥方のお部屋だと教えて頂きました。
「シェリル、どうしてなんだ…、もう私では君の傍に居られないというのか…。」
「いや、来ないで…、来ないで…っ。」
部屋の中から奥方の怯えるような声が聞こえてきます。酷く震えているような声です。
姉上は他の方々と同じように心配そうな表情ではありますが、やはり怖いのか手が震えています。姉上の手をそっと服から外して両手で包み込んでみました。
「ヒロト…。」
「怖いなら無理せず部屋で待っていれば良かったじゃないですか。」
「だ、だって…、…魔物とか侵入者とかそういった類だったら、とも思ったんだもん…。」
「姉上は何時だって正義感がお強いのですから。……はぁ、仕方ありません。小生も協力します。」
「…どういう事…?」
「まぁ、待っていて下さい。あ、でも姉上は離れていても良いですよ?怖いでしょうから。」
今日の寝床が確保出来るのであれば依頼が失敗しても構わないと思っていました。違約金も発生しませんしね。
ですがこうも騒がしくては眠れませんし、姉上が落ち着いて下さらないと本当に野宿になってしまいそうです。特上のベッドを目の前にお預けなんて野宿よりも辛いので、静かな空間を確保する為に働くしかなさそうです。
ご夫婦の仲が拗れてしまった原因までは分かりませんが、一先ずあちこちに漂う幽霊殿にお帰り頂かないと姉上が大人しく寝てくれません。
使用人の方にお願いして紙とペンを持って来て頂きました。
先程から幽霊殿たちは何かを言っている様子なのですが、何を言っているのかさっぱり分からないのです。物に触れられるのでしたらそのまま書いて頂きますし、触れられないのでしたら小生が代筆しようかと。
「ね、ねぇヒロト…、何も居ない空間をじっと見るの止めてくれる?あ、アンタ…クロッドでもそうやって見てる事あったよね?まさか…っ。」
「え?あぁ、居ましたよ。大抵何も言わないか、口を動かしているだけで声が出ていないので何をしたいのかと思って見てました。」
「も、やだ…聞きたくなかった…ッ。フレッド、守ってね?絶対離れないでね?」
「あ、…う、うん…。」
使用人の方が戻るまで言いたい事を聞き取ろうと試みていたのですがやはり分かりませんでした。何だか余計に姉上を怖がらせてしまったようです。
紙とペンを受け取って幽霊殿に差し出してみましたが受け取っては頂けませんでした。アクランド殿は扉の中に居る奥様に話し掛けていて此方を気にしていませんし、使用人の方々も小生を奇異の目で見るかアクランド殿を心配しておられる様子。
「何を仰りたいのか教えて下さい。小生はベッドで眠りたいのです。貴女たちが居ると小生の安眠は妨害されるのです。宙に言いたい事を書いてみて下さいませんか?」
小生が幽霊殿に話し掛けると、気にしていなかった全員の視線が集まりました。小生は気にせず幽霊殿の手元を注視します。以前目を合わせてしまったら大変な事になりましたので、決して目を合わせないように気を付けました。
幽霊殿はゆっくりと宙に文字を書き始めたので紙に書き写していく事にします。宙を動く指だけでは全てを上手く読み取れる訳ではありませんが、分かる範囲で書き写しました。
「ヒロト君、それは…?」
「幽霊殿が仰りたい事です。」
「……逃げて?」
「逃げてって…誰に対してなのでしょうか?それに何から逃げれば良いのやら…。」
不思議に思って続きを読んでみます。小生が上手く読み取れなかった為に可笑しな文章でしたが、推測を交えてフレッド殿と共に読んでみました。
<領主は人殺し。逃げないと殺される。私たちみたいになる前に逃げて。>
小生が口に出した瞬間にこの場の視線は全てアクランド殿へと注がれます。この幽霊殿たちはアクランド殿が殺めた女性たちということなのでしょうか?
「ち、違う!私は人殺しなどしていない…っ。」
「旦那様…、奥様が怯えていらっしゃるのは貴方様が…。」
「違う!断じて私は人を殺した事は無いっ!それにシェリルに危害を加える事なんてないっ!」
必死で弁解しておられますが、アクランド殿の疑いは濃くなるばかり。
彼女たちはアクランド殿を恨んで出てきているのでしょうか?それとも奥方をアクランド殿から守る為に出て来たのでしょうか?
ともあれこれで幽霊殿たちは帰ってくれると思えます。執事の方が困惑したような眼差しでアクランド殿を見ている間に、メイドの一人が扉をノックして奥方に声を掛けておられます。
もう怯える必要はない、と。皆が奥方を守るから安心して欲しい、と。
「本当…?もう、居ないの…?」
「シェリル…。」
「……ヒッ!」
メイド殿の言葉を聞いて奥方がそっと扉を開いて顔を覗かせました。
しかしアクランド殿が声を掛けた途端に怯えた表情を浮かべてまた部屋に閉じ籠ってしまわれました。アクランド殿が襲い掛かったとしても姉上もフレッド殿も居る状況で奥方に危害を加えられる可能性など無いに等しいというのに。
まぁ姉上たちの実力を知らなければ仕方ない事かも知れませんね。
「怖い、怖いのっ。ごめんなさい、私には何も出来ないっ。」
「…なんか、会話が噛み合ってない気がするんだけど…。フレッド、聞いてみてよ。」
「俺が!?…あ、あの、奥様、何が怖いか教えてくれませんか?アクランド殿が貴女に危害を加える事はありませんよ、俺たちが必ず守りますから。」
「私じゃない。私より彼を助けてっ。」
「……え?」
あぁ、漸く合点がいきました。話が合わない訳ですね、奥方が怯えていたのはアクランド殿では無かったのですから。




