37話
あの後、小生はベッドで寝る事が出来ました。床で寝る事を嫌々ではありましたが一応は覚悟していたので助かりました。
身長の高いフレッド殿が一つ、小生を真ん中にして姉上と羊のままのディーが一つ使いました。姉上の豊満な胸は凶器としか思っていなかったのですが、抱き枕にされるくらいの強さでしたらふかふかとして心地良かったです。まぁ、姉上の方を向いて寝たら窒息して目覚める事は無かったかも知れませんが。
脇にすっぽりと埋まっていたディーもふわふわのもふもふでしたし、昨夜はなんと幸せな睡眠を取れた事かっ。
宿の朝食を摂る間、フレッド殿の顔色はあまり良くありませんでした。良質な睡眠が取れなかったと予測出来ますが…賊を警戒してあまり眠れなかったのでしょうか。
「さて、本当は組合に行ってちょっとお仕事しておきたいと思ったんだけど…、早く出発した方が良いかな。王子様も居るしね。」
「ディーで構わん。王子と呼ばれては私が王子だと知られてしまう。それに…、…クロガネの姉上だからな、その、ディーと呼んで欲しい。」
「あら、良いの?じゃあお言葉に甘えようかな。流石にメヒテルトさんたちの前じゃ呼べないけど、宜しくね…ディー。」
「あ……、う、うむっ。…へへっ。」
姉上に名を呼ばれたディーは何故か上機嫌でした。
朝食を摂る為に部屋を出る時、ディーは人間の姿を取っていました。朝食のパンを頬張っているディーに服は収納魔法を使ったのか問い掛けてみたところ、半獣の国には特殊な服があるのだと答えて頂きました。収納魔法で衣類を持ち運ぶ事も可能ではあるそうですがその特殊な服は持ち運ぶ必要はないのだとか。
感情の昂りや命の危険となった場合に獣の姿になる場合、身体の大きさにも因るそうですが服を置き去りにしてしまったり破けてしまったりと面倒らしいのです。また、獣の姿から人間の姿を取る時にそのままでは裸になってしまうのだとか。
その為に魔力を込めた糸で織りあげられた衣装を身に纏い、その衣装は獣の姿になった場合は装飾品に姿を変えるのだそうです。なんとも便利なものがあるのですね。…といっても人間には不要なものでしょうが。
朝食を終えた頃合いに、まるで見計らったかのようにメヒテルト殿たちがいらっしゃいました。
フレッド殿と姉上にディーをセレンクーリア国まで護衛して欲しいという話をしています。何でも、昨夜また襲撃があったそうで…このまま自分たちが囮役として別の街に向かいたいとのこと。兵士殿の一人が羊の姿をしたディーとそっくりなぬいぐるみを抱えていました。
「メヒテルト、私はそんなに小さくもないし、不細工でもないぞっ。」
「申し訳ありません。一番似ている物を選んだつもりなのですが…。」
「可愛いと思うけどなぁ。」
「…む、…そうか、姉上が言うなら…良かろう。」
話を脱線させそうなディーの手を引いて、宿の女将の元へと向かいます。紅茶のおかわりを貰ってそちらに意識を向けようという魂胆からです。小生も牛乳のおかわりを頂きたいと思っていたところですしね。ディーと初めに食事をした宿の牛乳より質が落ちますがクロッドでは飲めないので有難いです。
女将が子供である小生とディーにクッキーのサービスまでして下さいました。クッキーはサクサクとした食感が好ましい食べ物です。
以前、飼い主殿のクッキーを盗み食いしたら夕食を抜かれました。誰の目も気にせず食べられるのは幸福といえます。
「ん?なんだ、クロガネ。食べるのが遅いな。腹がいっぱいなら私が食べてあげよう。」
「あ、駄目ですっ。大事に食べているんですっ。」
「そんなに残っているじゃないか、一つ寄越せ。」
「お断りしますっ。ディーは自分の分を食べていて下さいっ。」
「もう無いわ。だから一つ…っ。」
「いーやーでーすっ。」
「あ、狡いぞ、ちょっと背が高いからってっ。」
クッキーが乗っている皿を高く上げて奪われるのを阻止しているとディーは飛び跳ねて奪おうとします。王族というのはこうも意地汚いのか。小生のクッキーを譲るつもりはありませんよっ。
ディーの方にしか意識が向いていなかった為に姉上の接近に気付きませんでした。小生のクッキーを一枚ひょいっと奪ってディーに与えたのです。
「姉上っ、なんてことをっ。」
「一枚で文句言わないの。小さい子には譲ってあげなさい。」
「私は小さく等ないぞ、姉上っ。…クッキーは貰っておくがなっ。」
「あ、小生のクッキー!」
「まぁまぁ、帰ったら私が焼いてあげるから。」
「……っ!!そ、それは遠慮します!」
「もう酷いなぁ。ちょっとは上達したんだからねっ。」
姉上に料理をさせてはいけません。以前、豪い目にあいました。リアム殿とは雲泥の差です。叱られそうなのでそれは黙っておきますが。
ディーが皿へと伸ばしてくる手を防ぎながらクッキーを頬張りました。もっとゆっくり味わって食べたかったのですが…。
メヒテルト殿と兵士殿たちはぬいぐるみを身代わりとして遠回りしつつセレンクーリア国に入るという事になり、小生たちは本物のディーを一足先にセレンクーリア国にお連れする…という事で話はまとまったそうです。
馬車は流石に手配出来なかったそうですが、メヒテルト殿が馬を二頭手配して下さいました。
小生とディーは馬に乗れません。フレッド殿と姉上は乗れるそうなので丁度良かったです。
メヒテルト殿たちと別れてガリアの街を後にしました。ディーが狙われている理由は分かりませんが、また襲撃される事も想定して少し速く馬を走らせるそうです。
しかし何故小生はフレッド殿の馬に乗っているのでしょうか…。ディーが駄々を捏ねるからです。姉上と一緒が良いだなどと言うので、姉上の前に座っているのです。
姉上は小生を甘やかしてくれれば良いというのに…。不満です。
「姉上、移動魔法で帰る事はどうして出来ないのですか?」
「えー?何ー?」
「ヒロト君、昨日サーシャから聞いて無かった?」
「聞きました。ただ、ガリアに来ることが出来ないとのお話で納得してしまったのですが、クロッドに帰る事は出来るのではないかと気付いたのです。行き先を思い描ければ良いと聞いたので。」
「あぁ、なるほど。今居る場所から、行き先までの距離や行程もある程度知っていないと駄目なんだって。つまり、此処からクロッドまでの行程をある程度把握していないと移動出来ないって事。」
「……そうでしたか。」
「大変だけど、ちゃんと守るから安心して?」
「いえ、結構です。姉上に守って頂くので。」
「……本当にサーシャの弟だね…。」




