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36話

未だ不安は残るようでメヒテルト殿と兵士殿たちは長く見送って下さいました。

ディーと友人になって貰いたいと言って下さったメヒテルト殿がほんの僅かでも安心して下さるように、ディーは小生が抱えて行く事になりました。羊の姿のままですし抱えているのは構わないのですが、もふもふのふかふかで眠くなってきます。


姉上も手を繋いで下さっていて両手が塞がっている状態なのですが、不思議と不自由は感じません。強く握る手が少し痛いとは感じても、それだけ心配させてしまったのだと思うと申し訳なさの方が先に立つので文句も言えません。



「あの、姉上…。移動魔法でいらっしゃったのでしたら、移動魔法で直ぐに帰れば宿を取る必要が無かったのでは?」


「あ、その説明してなかったね。帰りは徒歩になるの。」



……なんですって…?

移動魔法は以前聞いた通り移動先を知っていないと使えないものです。姉上はこの街に訪れた事はないのだそうです。フレッド殿のお知り合いの方に繋いで貰って移動だけを済ませたとのこと。術者の方はお仕事があるのでお戻りになった為に帰りは自力で戻るしか無くなったのだそうです。その為、護衛という形でフレッド殿が同行したという事なのですが…団長という肩書がどれ程のものかまでは分かりませんがそうそう簡単に動けるものなのでしょうか?

長とつくからにはその騎士団なるものをまとめる人物だと思うのですが、それ程姉上が心配だったのか…小生が相変わらず勇者だと思われているからなのか…。

まぁ何にせよ戦力が居るのは有難い。有事の際も無い力を振り絞って戦う必要がありませんしね。



「クロガネ、どうして姉上殿はお前をヒロトと呼ぶんだ?」


「……あ。」


「ヒロト、王子様に偽名でも名乗ったの?」



リゼンたちと共に過ごしていてすっかり忘れていました。小生はこちらではヒロトと名付けられていたのでした。リゼンたちがクロガネと呼んで下さるのが心地良くてすっかり慣れてしまっていたようで、ディーたちにもクロガネと名乗ったのでした…。

経緯をお話するには少々込み入っていますし、要点だけで説明しても納得して頂けるかどうか…。姉上の言うように偽名でしたと答えてしまえば簡単なのでしょうが、人間とあまり良い関係ではない半獣に偽名を名乗ったとあればディーやメヒテルト殿たちが不信感を抱くでしょう。姉上には折を見てお話するつもりではありましたが…。



「あ、いえ…、実は、小生はクロガネと生前呼ばれていたのです。神官長殿が見て下さったヒロトという名は何処から来たのやら…。母上も姉上もヒロトと呼んで下さいますし、お話する機会を窺っていたのです。」


「神官長様が見間違える…、そんな事あるの?」


「小生にもさっぱりです。」


「ヒロト君は勇者様なんだよね?そういう前例のない不具合も起こるんじゃないかな?」



詳しい話は母上と姉上にだけしようと思っています。

小生を勇者と思っている人たちが、小生はただの猫だと知って落胆するだけなら良いのです。小生を罵るのも構いません。…まぁ、暴力は止めて頂きたいですが。

でも、もし…その矛先が家族に向いてしまったら…そう思うと誰にでも明け透けに話そうとは思えないのです。

母上と姉上なら受け入れて下さるかも知れないという期待があります。受け入れて下さらないのでしたら何処か山奥にでも住処(すみか)を持ってのんびり生きようと思います。


一応はそこまで考えていますので、家族では無いディーとフレッド殿に聞かせられるのは此処までです。知らぬ存ぜぬで通すのは人間らしいではありませんか。



「兎も角、お前はクロガネで良いんだな?」


「ディーのお好きなように。小生は転生者で、名前があります。しかし神官長殿はヒロトだと仰る。此方に生まれる前はクロガネでしたので、どちらでも。」


「ふむ…、転生者の話は耳にするが…詳しくはない。私に名乗った名が嘘ではないというなら、私はお前をクロガネと呼ぶ。」


「はい、どうぞ。」


「……神官長様が間違うなんて信じられないけど…、ヒロトが嘘を吐いても何の得も無いし…。」


「姉上のお好きにして下さって構いません。ちゃんとお話出来なかった小生がいけないのですから。…ね?」


「うん…。帰ったらちゃんと教えて?ちょっと混乱してるみたい。」


「はい、必ずや。」



姉上からそう言って下さるとは…、有難い限りです。

これで帰ってから話を切り出し易くなりました。母上にも同席して貰ってちゃんとお話しましょう。本当の勇者に成り得た方は此方に来ていない事を。







メヒテルト殿たちが残った宿よりは格が下がるものの繁盛しているらしい大きな宿に到着しました。

この街は半獣が多く住んでいるらしく、ディーが半獣でも快く部屋を貸して下さいました。街に因っては半獣を泊めて下さらない宿もあると姉上に聞きました。



「いや、せめて二部屋なんとかなりませんか?」


「色男の頼みとあっちゃ聞いてあげたいところなんだけどね。この時間じゃ何処もいっぱいだよ。さっき帰った客が居たからうちも一部屋だけは空いてるような状況さ。」


「それは、分かりますが…っ。」


「フレッド、一部屋でも空いてるなら贅沢言わないの。でも…そんなに混んでるなんて、何かあるんですか?」


「隣街でお祭りがあるからだろうねぇ。毎年派手にやってるよ。」


「へぇお祭り…。どうせ通るならちょっとくらい寄り道しても良いかもね。」


「一週間ほど掛けて盛大にやる祭りさ。楽しんでいくと良いよ。」



隣街までは徒歩で二日ほど掛かるのだとか。馬か馬車を借りられたらもっと早く到着出来るそうですし、クロッドに戻るにも必要になってくるとの事で明日はその調達という予定を立てて部屋へと向かいます。

フレッド殿は姉上に何度も同室は困ると話していましたが、一部屋しか借りられないのであればどうしようも無い事かと。何をそんなに嫌がる事があるのでしょうか。



「わ、思ったよりも広いね。凄い、シャワーも付いてる。」


「私にもシャワーなるものを見せよっ。」


「はい、王子様。ほらこれ。」


「して、シャワーとは何だ?」



姉上とディーがはしゃいでいる間もフレッド殿は頭を抱えてしまっていました。

着替えなどの荷物を収納魔法から取り出して支度している姉上と、はしゃいでいるディー。楽しそうで何よりですが、ベッドは二つ。…床に寝るのは遠慮したいところです…が、ここは姉上とディーに譲るべきでしょうか…。

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