35話
半獣は人間に嫌われているらしい事は分かりました。
その為、ディーの今の姿を人間に見られないようにと兵士殿二人が扉の前で見張りをしていた筈です。その扉を強引に開いた女性は、姉上でした。
「会いたかった…っ!」
「姉う…ぐえっ!」
「心配したの!ずっとずっと探してたの!」
「姉う、え…、息、が…っ。」
「サーシャ、ヒロト君が死んじゃうよっ。」
姉上の抱擁は予想を遥かに上回る程強いものでした…。お連れの男性が止めて下さらなかったら本当に息の根が止まっていたかも知れません…。
少し背が伸びていて助かりました。姉上の胸に顔を包まれたら窒息死か圧死でした…。
「ヒロト…、良かった…。ごめんね、ごめんね?」
「姉上…、姉上に涙は似合いませんよ。小生はこの通り、元気ですから…泣かないで下さい。」
「サーシャの言っていた通りの子だね…、さらっとそういう事言えちゃうんだ…。」
「うん…、天然女タラシなの…。」
「姉上?その不名誉そうな称号は遠慮しておきたいのですが…。」
泣きながらでも小生を弄ってくるのは紛う事無き姉上です。
クロッドの町と此処がどれ程離れているか分かりませんが、姉上が此処に居る経緯を訪ねてみました。
探知魔法というものを使って、あの日からずっと小生を探してくれていたのだそうです。今まで全く反応が無かったそうですが、数時間前に反応があったとか。
ゴートランドの中ではその探知魔法は効果が出ないのでしょうか?数時間前という事は竜殿がこの地に送って下さった頃合いですし。
「そうだったのですか。此処へは移動魔法で?」
「うん、彼から連絡を貰って直ぐに。」
「あ、初めまして、ヒロト君。セレンクーリア国セレスタ所属、菫青騎士団団長、フレッド・オリファントです。」
「団長!?」
「え…、サーシャが驚くの?」
「下っ端だと思ってた…。」
「うん、慣れてる…。」
彼の肩書を聞いて一番驚いていたのは姉上でした。それとメヒテルト殿も驚いておいででした。
羊のままのディーを抱え上げながら姉上とフレッド殿に深々と頭を下げて、ディーが王子である事を明かしました。騎士団は確か警察のようなものだったと記憶していますが…、権力があるのでしょうか。
「グレオノール王国、王太子親衛隊隊長メヒテルト・マウエンと申します。セレンクーリア国王に謁見させて頂きたく、馳せ参じました。」
「……え、あれ、偶然…ですか?」
「はい、事前の連絡をする余裕が無く申し訳ありません。急ぎ謁見をと思い馬車を飛ばして来たのですが…。」
「……襲われたんですね。」
「…お恥ずかしながら…。」
「国政に関しては今この場でお答えする事は出来ません。ですが、急を要するお話でしたら取り計らいますので……一応真面目な話してるからね!?どうせなら他でやって貰える!?」
メヒテルト殿とフレッド殿が話をしている間、姉上は小生の身体を触って怪我が無いか確かめておられました。
耳飾りや首飾りを見て、装飾品を付けているのが珍しいと言われたので貰った物だとお答えしました。耳飾りは離れた人物と会話の出来る物で、姉上の分も頂いたからと姉上の耳に付けて差し上げました。
姉上には少々質素過ぎるような気がしますが喜んでいらっしゃるので良しとしましょう。
…そんな話をしていたらフレッド殿に叱られてしまいました…、何故でしょうか。
「真面目なお話をこんな場所でするフレッドが悪いんでしょ。」
「え、俺が悪いの!?」
「フレッド殿…、明朝出立という事で宜しいでしょうか?」
「あ、はい。では宿を変えましょう。此処は知られているでしょうから。」
「そうですね…、また狙われるとご迷惑が…。」
「え、この宿を取っているならそのままで良いんじゃないの?」
お二人の話を聞いていた姉上が口を挟みました。
メヒテルト殿もフレッド殿も兵士殿たちでさえ困ったように笑っておいでです。フレッド殿が優しく姉上に話して下さいました。
王子を狙った襲撃者を撃退出来たとはいえ、裏で糸を引く人物が居るとしたらまた他の襲撃者が来るかも知れないから同じ場所に留まるのは危険だと。
「ちょっと、フレッドの癖にバカにしてる?分かってるわよ、それくらい。だから、でしょ。」
「うん、他国の騎士の前で、癖にとか言わないで欲しいな…。」
「…だから、とは何故でしょうか?」
姉上の何時もの態度に項垂れているフレッド殿の横からメヒテルト殿が問い掛けてきました。姉上の態度からフレッド殿の上司か何かと思っているらしく、敬語で話して下さっていますが…今は平民です。下級貴族でしたが教会に預けられる時に貴族ではなくなったと聞きましたので。
「フレッドが王子様を連れて他の宿を取るの。で、メヒテルトさんたちは此処に泊まる。もしもう一度来ても王子様は居ないし、メヒテルトさんたちが制圧出来れば捕まえられるでしょ?それに取った部屋をキャンセルしたらそれこそ移動したんだって教えるようなものだと思うけど。」
「…何で俺が王子様を預かるの?」
「……本気で言ってるの?」
「その目は止めて…、胸が痛い…。」
「あぁ、フレッド殿が守っていれば良いという事ですね。姉上はフレッド殿なら守り通せるとご判断された、と。」
「半分正解。半分は、私も一緒だから。ふふっ、ヒロトが居たらお姉ちゃん最強なんだよっ。」
「…居なくても最強だと思いますが…。」
小生の呟きが聞こえたらしいフレッド殿から、小生が居ない間は凄く落ち込んでいて寂しそうだったと教えて頂きました。
帰ったら母上と姉上に色々とお話しようと思います。心配させてしまいましたし、無事を喜んで下さっていますし。
「…フレッド殿、王子を守って頂けるのは有難いのですが…、我々は半獣でして…、その…。」
「……はい、存知ておりますよ?」
「ですから、その…。」
「…?はい。」
「フレッド、本当に騎士団長なの?私もフレッドも人間だから、一緒に居て半獣の王子に危害を加えないか不安だって察しなさいよ。」
「えぇ!?そんな事しないよ!?」
「…メヒテルト殿、小生がディーを守ります。小生は戦えませんし、弱いですが…小生がディーを庇えば姉上が助けて下さいます。恐らくフレッド殿も。…そしてこの通りフレッド殿は姉上には弱い様子なので。」
半獣を嫌う人間が居ると聞いていたのでメヒテルト殿が仰りたい事は何となく分かりました。大切な王子がぞんざいに扱われないか、半獣だからと暴力を振るわれたりしないか…そういった事を心配しておられるのでしょう。小生の言葉で安心して下さるか分かりませんでしたが、納得して頂けたようで何よりです。




